「オーソドックスながら、確かなオリジナリティのあるミステリー」モルグ 屍体消失 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
オーソドックスながら、確かなオリジナリティのあるミステリー
「ヨーロッパで最も恐ろしい映画」「ヒッチコック以来、最も緊迫したスリラー」と評され、カンヌ国際映画祭をはじめ、各国の映画祭で絶賛された1994年のデンマーク映画。97年には、本作の監督・脚本であるオーレ・ボールネダルによって、ユアン・マクレガーを主演に『ナイトウォッチ』としてハリウッドリメイクもされている。
日本では当時VHSが発売されて以降は、長らくソフト化も配信もされておらず、視聴不可能な作品であったが、本国公開から30年の時を経てデジタルリマスター化。
遺体安置所(モルグ)で夜間警備員のアルバイトをする事になった法科学生マーティンは、悪友のイェンスや恋人のカリンカ、イェンスの恋人ロッテらと共に、自身の誕生日パーティーを開いていた。だが、TVでは巷を騒がせている連続殺人鬼の報道がなされており、事件を担当するウォーマー警部は深刻な表情でインタビューに答えていた。
夜警のアルバイト初日、前任の警備員である老人から仕事の説明を受ける中で、病院内の曰く付きの過去を説明される。それは、「昔、ここの警備員が夜な夜な屍姦をしており、犯人が院長の親戚だったという事もあって、事件は病院側に揉み消された」というものだった。
夜警のバイトを始めて間もなく、マーティンは大学の講義中にイェンスから2週間の“命令ゲーム”を提案される。「互いに好きな時に命令を出し、実行出来なかった場合はパートナーと結婚する」という内容で、マーティンも面白がってこれを承諾。イェンスの何処か箍が外れた過激な行動、17歳の娼婦ジョイスと親しくしており、金で何でも言う事を聞くから週末彼女を抱けと命令され、戸惑いながらもレストランに赴く。
夜警のバイトにも慣れ始めたマーティンは、イェンスのモルグ内の屍体に化けるという笑えない悪戯を受けたりしながらも、日々の業務をこなしていた。
しかしある日、連続殺人事件の被害者の遺体が運び込まれてきた事を皮切りに、彼の生活に暗雲が立ち込めていく。やがて警察から屍姦趣味や妄想癖の疑いを掛けられたマーティンは、自身の身の潔白を証明する事が出来ず、次第に追い詰められて行くーー。
曰く付きの遺体安置所、怪しげな登場人物、死体嗜好・屍姦・皮膚を剥ぐという異常な猟奇殺人犯と、ミステリーとして盛り上がる要素が満載だ。
正直な話、海外批評の絶賛の数々を思うと、そこまで殊更に優れたミステリーであるとは思えない。しかし、遺体安置所を舞台にした本作ならではの要素や役者陣の好演が、確かな魅力を放っている事も確かである。特に、劇中の命令ゲームが事件解決の鍵を握るというのが面白かった。イェンスが娼婦であるジョイスに、自身をマーティンであると名乗った事で、週末の食事ではマーティンがイェンスを名乗る羽目になる。その事を知らない犯人がジョイスを殺害した際、マーティンに罪を着せる為、彼の名前をダイイングメッセージで残した事が仇となる。
劇中マーティンが度々発言する「これが映画なら」というメタ要素も、本作が本当にハリウッドリメイクされたのだから凄いと思う。
ラスト、無事に事件を解決して生還したマーティンとイェンスは、それぞれのパートナーとダブル結婚式を行う事になる。最後の命令ゲームとして、マーティンはイェンスに「誓いの言葉を拒否しろ」と、あくまで冗談として告げる。しかし、牧師がそれぞれのパートナーの名前を間違えてしまい(マーティンとイェンスが名前を交換したネタに絡んでいるから上手い)、笑いに包まれる式場内で、イェンスはにこやかに「イヤです」と告げ、本作は幕を閉じる。緊張感に溢れた本編を、この見事なハッピーエンドっぷりで締める様が個人的には大ヒット。
パンフレットの作りが面白く、リバーシブルでキービジュアルのB3サイズポスターにもなるという折り畳みチラシなのだ。しかし、作品解説、特にデンマークという国の事情や主要キャストの活躍が詳細に記載されているのが嬉しい。
主人公マーティン役のニコライ・コスター=ワルドーは、本作がデビュー作。端正な顔立ちと高い背丈が、まるでファッションモデルのような雰囲気を与えながらも、何処かあどけなさの残る表情は、“最悪の事態に巻き込まれそうな顔”として抜群の説得力に満ちており、真犯人が仕掛けた罠に追い詰められていく彼と共に物語を追っていく事で、誰が黒幕か分からない不安を共有出来る。悪友イェンスとの過激な「命令ゲーム」に翻弄され、戸惑いの表情を浮かべる姿も印象的。そんな彼も、今や『ゲーム・オブ・スローンズ』(私は未見)のジェイミー・ラニスター役で本国デンマークに留まらない世界的な活躍を見せる俳優に成長しているそう。
本作のトリックスターにしてMVPでもあるイェンスを演じたキム・ボドゥニアの常に怪しさと胡散臭さを漂わせた演技には拍手喝采。特に、眼の演技が非常に素晴らしかった。本作での演技が絶賛され、デンマークのアカデミー賞と呼ばれるロバート賞で助演男優賞を受賞したというのも納得だ。私生児という生い立ちによるコンプレックスから来る破滅思考が、クライマックスまで善人か悪人かの全容を掴ませない絶妙なキャラ設定にもなっている。彼がこうした複雑な背景を抱えるキャラクターを演じたからこそ、本作のミステリー要素をより一層盛り上げている。
しかし、ウォーマーがマーティンを追い詰める為に遺体を廊下に運び出したトリックが描かれない点や、カリンカが訪れる事を知らないはずなのに、モルグ内でマーティンにバットを渡して自身を殴らせ誤解を与える点は脚本の都合や粗が目立つ。
特に遺体の移動方法については、日本の推理小説や推理漫画だったら、そのトリックこそがメインになってもおかしくない程の美味しい要素なのに、そこに心血を注がなかったのはあまりにも勿体ないように思う。劇中の発生時点では、それが犯人による罠かマーティンが見た妄想なのかは判別しないが、事件の真相があくまで人の手によるものであった以上、あの部分にもアッと驚くトリックが欲しかった。ましてや、犯人はあの病院にかつて勤務していたのだから、老警備員やマーティンの知らない搬入口や内部事情に精通していても何ら問題はないのだから。
宿直室の壁に貼られた謎の若者の写真も、昔の犯罪者ではなくウォーマーの昔の姿というのがお約束だろうが、結局意味深なだけの小道具に終わってしまったのは残念。
最後に、これはツッコんでは野暮なのかもしれないが、夜警時代に違法行為で解雇処分になった人物が、いくら病院側が揉み消したとはいえ、その後刑事となって警部にまで昇進しているというのは、些か無理がないだろうか?
オーソドックスなミステリーながら、舞台のオリジナリティや役者陣の好演が、脚本の粗を埋め合わせ、佳作もしくは優秀作の部類にまで押し上げた印象。本国では昨年、30年ぶりの続編として、本作の主要キャストが再集結した『Nightwatch:Demons Are Forever』が公開されたそうなので、そちらの日本上陸にも期待したい。