「シュヴァンクマイエルが好きな方は是非」ストップモーション Tiny-Escobarさんの映画レビュー(感想・評価)
シュヴァンクマイエルが好きな方は是非
単体で『怖い話』として成立しそうなストップモーションアニメを題材としながら、それを主人公の生き様にがっつり被せる心理的なホラー要素もあり、恐怖の欲張りセットのような映画でした。
主人公のエラを演じたアシュリンフランチオージは、笑っているときは気さくでいい人そうなのに、どん詰まっているときは挨拶代わりに耳を噛みちぎってきそうな鬼気迫る表情をしていたり、とにかく顔の振れ幅がすごい女優です。
本作は、ストロボのように明滅する光の中でのフランチオージ表情博覧会からスタートしますが、その時点でお腹いっぱいであるのと同時に、母親の操り人形であるエラの自我がいかに歪んでいるか、最初から答えが提示されているようで背筋が寒くなります。
母が倒れたのと入れ違いのように少女が出てきたとき、お約束的にこれはエラのやんちゃな別人格か? と予測しましたが、母の作品を見て「つまんない」と屈託なく言う辺り、もう一歩踏み込んで幼少期のエラそのものなのではないかと思いました。
そして、この少女が提案する『森で灰男から逃げ回る女の子の話』は、かなり不気味です。ホラーの才能アリアリです。しかも、死に化粧に使うワックスで人形を作ったり、ガチの肉を詰め込んだり、こだわりも強い。
地味に怖かったのは、エラがこの作品プロジェクトに『Me』とタイトルをつけていたことです。GirlとかWoodsではなく、あくまで自分。
だとしたら、森の中を追ってきて二日目には触れてこようとする灰男の正体を、エラは無意識に知っているのでないか。もしかして全く登場しない父親ではないかとか、虐待されていたのではないかと変に想像が働きました。
現実との境目は、この辺りからぼやけてきます。
ポリーに『あんな会社で働くかよ!』と啖呵を切った後に、同じ会社にしおらしく入社してたり、物語を大きく動かす要素(母のサイクロプスをゴミ箱にドーン)とかが、結構あっさりと軽く描かれるので、ほんまに起きてるんやんなと、常に疑ってしまいました。
その疑念を補強するように、少女が登場してから、まるで自身が人形になってしまったように、アーマチュアのギコギコ音が生身のエラの動作に少しずつオーバーラップしてくる音響の巧みな演出は、見事でした。
そして、灰男がやってくる三日目、エラは作品に食い尽くされます。『物語』だったはずの人形劇が、急に四次元の壁を突き破ったようにエラの方へ向かってくるときの怖さは、近年中々味わったことのないタイプのやつでした。
最後は少女が満足そうに『I love it.』と言い、操られ終えたエラは箱の中へ。
この展開を見ていると、外の世界では何が起きたのだろうと気にかかります。
例えば、本当にポリーとトムを殺したのかとか、色々と考えてしまいました。
エラは消火器を顔面に打ち下ろしていましたが、ポリーは骨がめちゃくちゃ固いのか、鼻血ぐらいしか出していませんでした。
そして、終始『それは母さんが悪いね……、じゃあ、コマ割るね……』な雰囲気のトムも、いびきを止める要領でそのままあの世行き。
ほんまか?
これは、エラに箱へ戻ってもらうまでの、少女の物語なのでは? だとしたら、ハッピーエンドです。
想像するとキリがない映画でした。
映画の中身からちょっと距離を置いて細部を楽しむにも、いい感じです。例えば、ステーキ肉がちょいちょい登場するのは、シュヴァンクマイエルの『肉片の恋』かなとか。
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予告でトムヨークという名前を見たとき、レディオヘッドの人だと勘違いして、本編中全然出てこないので『あー、ハンニバルのゲイリーオールドマンみたいなノリで、灰男役かな?』とか失礼な想像をしていました。