満ち足りた家族のレビュー・感想・評価
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実に、後味が悪い
起こりうる不幸
器を満たすものは喜ばしいものだけでもないようだ。
色んなストレスが撒きちらかされていて、韓国ならではのものもあれば、そうでないものまで。多かれ少なかれ僕らはそんなストレスと共に生きている。
まるで降り積もる雪のようだった。
徐々にゆっくりと蓄積されていく結晶たち。そんなものが日常から降り積もる。
まだ耐えれる。
まだ逃がせる。
まだ流せる。
…そんな呟きを日々、呪文のように唱えてる。
でも限界はくる。いや、きっかけかもしれない。
それが子供の問題ならば尚更捨ておけない。
浮浪者を子供たちが2人がかりで暴行する。
そんな問題が降り掛かってきた日にゃ、それまでどうにかしてやり過ごしてきたストレスは、一気に満たされ溢れ出す。とめどなく土石流の如く。
トドメは子供たちの本心なのだろう。
次世代モンスターが育ってる。
アレらが大人になった世界は救いがない。
自首させる決断をした兄は正解だと思う。
何がどうなってあんなモンスターが育つのか?その土壌にこそ問題があるのだと思われる。
で、弟は兄を轢き殺す。死人に口無し…とはいかない。問題を先送りにしただけだろう。嫁は一部始終を聞いている。そして、腕のいい弁護士を雇って過失致死を勝ち取るのであろう。
兄にとっては因果応報ではある。
とは言え…全く救いのないはなしである。
正直、趣味が悪い。
人と社会のダークサイドの話だ。
たまに出くわすその手の韓国作品…後味が悪い。
とは言え、おそらく万人に関わる話ではあって、些細なキッカケで同じような境遇には陥る。
ハッキリと他人事とは言えない話だ。
考えたくない問題が満載の作品だった。
すれ違う、入れ替わる
ドストエフスキー、キューブリック
カラマーゾフの兄弟の罪と罰と時計じかけのオレンジ。
英題は「A Nomal Family」
「こどもたちを〈守る〉親たち」
本作は母親、継母、兄、弟という異なる価値観を持つ4人の大人たちが、
それぞれの方法で子供たちを「守ろう」とする姿を描く。
母性の愛、自主性を重んじる継母、法の力、そして誠実さ、
これらの多様な価値観が衝突し、家族という枠組みを揺るがしていく。
本作の最大の特徴は、その高度なシナリオ構造にある。
いわゆるセカイ系とメタ構造を巧みに組み合わせることで、
観客は物語を俯瞰し、
登場人物たちの行動の裏側にある心理を読み解くことができる。
弁護士の兄の家で赤ちゃんのオムツ交換、
医者の弟の家で老婆のオムツのオムツ交換、
だれもが経験した、なおかつ、経験する、
記憶にない、なおかつ、認知できない、
象徴的な描写は、単なる比喩を超えて、
それぞれの家族が抱える問題の本質を暗示しながら、
それらを韓国映画特有の十字架が包み込む。
さらに、被害者と患者を共有するという設定は、
登場人物たちの関係性を複雑に絡み合わせ、
物語の展開を予測不可能にする。
チャン・ドンゴンとソル・ギョング、
過去の作品のイメージであれば、
論理的な弁護士の兄はチャン・ドンゴン、
感情的な医師はソル・ギョングだが、
(ソル・ギョングが両方できるは言うまでもない)
その役割を反対にしてきたのも興味深く、
後々その意味も腑に落ちるしかけになる、
その役割を二人ともしっかりと具現化した、
シナリオに負けない丁寧な芝居をしている。
彼らの対比は、物語のテーマでもある、
善悪、理性と感情といった対立を鮮やかに浮き彫りにする。
【蛇足】
近年、子どもが弱者を襲う事件が報道されることが増え、
社会に大きな衝撃を与えている。
映画史でいうと、
キューブリックの「時計じかけのオレンジ」がその象徴的な作品として有名だ。
キューブリックは、その世界観の構築を、
機能重視の衣装や美術、人工的なビジュアル、
そしてベートーヴェンの音楽を駆使して、
現実とは一線を画した虚構の空間をつくった、
いわばSFの括りの狙いもあったのだろう。
これにより、観客は登場人物たちの暴力や異常な行動を、
現実の延長ではなく、独自のフィクションとして体験していた。
しかし、本作は、あるいは昨今の作品は、
そのアプローチを大きく異にしている。
本作はチャンネル争いやファーストフードといった、
私たちが日常的に目にする場面や小道具を通して、
現実と密接に結びついた世界を描き出す。
「虚構」の中で何か異質なものを見出すのではなく、
私たちが実際に生きている社会に潜む不安や断絶を照らし出すことに焦点を当てている。
英題「A Normal Family」に込められた意味は、
まさにその「普通」や「満ち足りた」家族という前提に潜む不完全さ、
足りない何かを問いかけるものであろう。
「満ち足りた家族」において、
家族は一見して完璧に見えるが、何かが欠けている、
それは、物質的には満たされているが、
精神的な豊かさや他者への共感、
または社会全体の健全性において重要な何かが欠けていることを示唆している。
この点において、ドストエフスキーの作品やキューブリックの映画に通じるが、明らかに違うテーマが浮かび上がる。
時計じかけでもない、異常な愛情でもない、
〈満ち足りた普通〉だ。
天秤が
韓国映画らしい
子供が偉いこっちゃ→親はどうする?
ってテーマ韓国好きですね。そういうのの印象が強いからそう思うのかしら。
善悪入り乱れ正否の区別も付かない、親の在り方を問う。
問題が身内に起きたとき善人は善人のままではいられないし悪人は悪人のままではいられない。
ある程度流れは読めるし衝撃的なシーンや展開はないけど、「おもしれー兄弟」とはなるわね。
冒頭の煽り運転三男坊も含めて全員ブタ箱行きで良いと思う!
子供たちは見逃したらまた「何しても親が何とかしてくれる」って学習しちゃうし、善人は償わない限り一生引きずるし、悪人も乳児の兄弟に悪影響ないかハラハラしちゃうし、ぶちこんどけば全て解決すると思うヨ!!!
とはいえ、これが自分の子供だったら…
屁理屈並べたり先を見越して理路整然と考えたらもっと違う答えもあるだろうけど、後先置いといて感情で突っ走るラストも韓国映画らしくて好感。これを見にきた。
下手なホラー映画よりも怖い
人間は弱く愚かで簡単に壊れる
この映画では動物の命が失われる象徴的な場面が3つある。
意味なく押し潰されるテントウムシとホームレスは息子にとっては同じなのだろうか?
医師にとってイノシシを狩猟するのと弁護士の兄を殺すことは同じなのだろうか?
飛びだしてきた鹿がもし人間だったら彼はどうしたのだろうか?
金で罪を逃れる殺人犯と赤ん坊をあやしながら笑う子供たちと、はたまた殺されたホームレスの母のもとに金を渡す父親に何の違いがあるのだろうか?
難問を完成度高く描き突き付ける映画である。
揺れ動く実利と道徳
楽しんで観る映画、、、ではない。
トロントなど多くの映画祭や映画賞で高い評価を受け、また米国の映画レビューサイトでも評価が高い本作。ソル・ギョング、チャン・ドンゴンの競演も楽しみにTOHOシネマズシャンテへ。ですが、会員サービスデイの9時40分からの回は思いのほか寂しい客入りです。
最初に断っておきます。あくまで個人的な意見ですが、決して「楽しんで観る映画」ではありません。何なら、観終わってこのレビューを書くために映画を振り返るだけで、腹立たしかったり、気持ちが落ち込みます。とは言え、それだけ印象に残るという意味では「映画として優れている」と言わざるを得ず、甚だ複雑な気分ながら悪い点は付けられません。
なお、本作の英題『A Normal Family』は原題『보통의 가족』そのままの直訳(注・あくまで字面として)。一方で邦題『満ち足りた家族』はこれを「普通」とすることに距離を置いているような気もします。ですが、このストーリーで起きる問題には「格差」が影響していることも確かで、題名の付け方だけでもいろいろと考えてしまう一本です。
兄シュワン(ソル・ギョング)とジェギュ(チャン・ドンゴン)はそれぞれ弁護士と医者であり、二人の暮らしぶりに差はあるものの社会的には共にエリート。お互いに思うところはあっても疎遠になることはなく、普段から顔を合わせていてしっかり交流を持っています。ある日も「母の介護」についてを本題として集まる兄弟と彼らの妻たち。そしてその隙をついて遊びに出かける彼らの子供たちが問題を起し、そこから事態が展開していくわけですが、、、
それぞれの立場で考えることは想像を裏切らず、だからこそ「尤も気」で丸め込まれそうになるものの、聞き進めれば誰の意見も行き過ぎていてみんな利己的。だからこそ一向に噛み合わず、ずっとまとまらないまま問題は棚上げされ続けます。身内がしたことに対する落とし前を「家族」「親と子」と言う関係性を言い訳にして免れようとしますが、結局のところ「自分ら(家族)の利害」しか考えておらず全てが胸糞悪い。そもそも、それについて話すのに「高級料理店での食事会」にする意味が解らんし。そこに「確かな倫理感」は僅か1ミリでも存在するのか?なんて、ずっとイライラしながらのラスト、観る前からすぐに「オチ」は判るのですが、映画に大事なのはその落とし方・・・あゝただただ空しい。。。からのタイトル、ドーン!はい、もう降参です。
いやはや、ちょっとナメてました。今回もまた「韓国映画」にしたたかに打ちのめされ、更に傷口に塩を塗られた気分。ホ・ジノ監督、もう勘弁してください。
こういう結末
が一番現実的な気はしますが、捻りは足りないですかね。この後、隠匿は露呈してしまうんでしょうね。
子ども間のいじめ、暴力、息子粘着・・日本じゃあり得ないとは言い切れないですよね。
愉快な要素はイノCG、シGカの違和感。チャンドンゴンのスタイル良すぎな件。ソルギョングが内野聖陽に見えてくる件。
自分を守っていたはずの盾は、いつしか自分を刺し殺す剣に変わり果てていた
2025.1.21 字幕 TOHOシネマズ梅田
2024年の韓国映画(109分、PG12)
原作はヘルマン・コッホの小説『The Dinner(邦題:冷たい晩餐)』
子どもたちの行動によって右往左往する大人を描いたスリラー映画
監督はホ・ジノ
脚本はパク・ウンギョ&パク・ソンジュク
原題は『보통의 가족』、英題は『A Normal Family』で、ともに「普通の家族」と言う意味
物語の舞台は、韓国の京畿道
弁護士として成功している兄・ジェワン(ソル・ギョング)は、金のためなら犯罪者の弁護を買って出て、罪と罰を捻じ曲げることも多かった
彼には前妻との間に高校3年生になる娘・へユン(ホン・イェジ)がいて、後妻・ジス(クローディア・キム)との間にも赤ん坊・サランを授かっていた
また、ジェワンの弟・ジェギュ(チャン・ドンゴン)は小児外科医として働き、多くの命を救ってきた
彼の妻ヨンギョン(キム・ヒエ)もNGOに所属してボランティア活動に専念し、二人の間にはへユンと同じ歳の息子・シホ(キム・ジョンチョル)がいた
へユンは時折シホに勉強を教えるのだが、彼女の影響はそれだけにとどまっていなかった
ある日のこと、相談を目的としたディナーが開かれ、ジェワン夫婦とジェギュ夫婦はともに高級料理店へと足を運んだ
ジェワンの提案は「二人の母(ビョン・ジュンヒ)」を施設に入れるとのことだったが、これまで面倒を見てきたジェワンはその提案を受け入れられなかった
一方その頃、へユンはシホとともに大学生の飲み会に参加していた
へユンの連れジェイデン(パク・サンフン)たちが集う会で、未成年ながらも飲酒を勧めてくるような集まりだった
物語は、この翌朝に「ホームレス(イ・ションシク)殺害事件」が発覚するところから動き出す
目撃者によって暴行の瞬間が撮影され、それが瞬く間に拡散され、メディアでも取り上げられるようになる
ヨンギョンは動画の暴漢がシホと同じ服を着ていたことに気づき、本人に確かめるものの、彼は「違う」とだけ答えた
また、へユンも父に「友人のトラブル」として相談するものの、ジェワンも動画に映っている女の服装から、その人物が娘であると確信し、どうしたら良いかと考え始める
ジェギュは見逃せないと考え、ジェワンは揉み消したいと言う
本人たちは反省しているし、将来のある若者で、ホームレス殺人事件の犯人となるのは酷だと考えていた
だが、それは同時に自分たちが犯罪者の親にならないための保身であり、ジェギュはそれを看過できなかったのである
映画では、この正義と保身の関係が、ある動画の存在によって逆転する様子が描かれていく
それは、へユンとシホの様子をおかしく思ったジスが隠し撮りしたもので、そこでは事件をどのように起こしたかとか、どう立ち振る舞えば親が守ってくれるかなどを赤裸々に話している様子が映っていた
この動画によって、ジェワンは「更生させる必要がある」と考え、ジェギュは自身の患者のトラブルを持ち出して取引を考える
それでも折れないジェワンに対し、ジェギュはある行動に出てしまうのであった
最後まで救いのない話だが、この親にしてこの子ありと言う内容になっていた
正義の執行人でありながら、自分の欲望のために法を悪用するジェワンの娘は、父と同じように「未成年であること」を悪用して開き直っていく
人助けのためと医療現場で働くジェギュもまた、シカを撥ねても隠蔽工作に走り、シホも同じようにホームレスを引きずって隠蔽をしようとしていた
シホは「自分の行動が誰かを守っている」と勘違いしていて、自分以外の人間を見下しているし、善行について歪んだ考えを持っている
これはヨンギョンの影響が強く出ていて、彼女は自分の善行が悪行をチャラにできると考えていて、その歪んだ思想が見透かされていたとも言える
冒頭は煽り運転トラブルから殺人事件に勃発した案件で、人を轢くと言う行為がその後も何度となく「故意か過失か」と言う線引きに引用されていく
ジェワンはヒョンチョル(ユ・スピン)の弁護をする上で「過失」を強調するものの、被害者の妻(チュリ)は納得できずに裁判へともつれ込んでいる
ヒョンチョルは示談のために被害者に会って謝罪をしろと言われるものの、彼は父に示談金を上げさせて、自分の行動を改めようとはしない
この構図がへユンとシホにもあって、自分たちの特別さと言うものを利用しつつ、自らの欲望を満たそうとしているからタチが悪い
この映画に爽快感があるとすれば、へユンとシホが報復を喰らうことだが、映画はその方向には向かわずに、親の行動によって、更なる凶悪な事件へと発展することになった
結局のところ、親を利用しようとした子どもが親を失うことになり、これまでに享受できたものも全て奪われるようになる
へユンとシホの犯罪も明るみになるし、その証拠を握っているジスは二人はおろか、ジェギュもヨンギョンも許さないだろう
そう言った意味において、描かれてはいないものの、因果応報は果たされていくのかな、と感じた
いずれにせよ、かなり凝った構成になっていて、子どもの本性が明確になる部分はなかなか強烈なものがあった
冒頭から子どもたちの異常性は描かれているので、甘やかしたツケを払わされていることになるのだろう
勝ち組だと思える人々も、その過程によって、何かを蔑んでくれば報いを受けるし、数々の善行も一度の悪行で全てが無意味になってしまう
晩年を汚して相応の死に方をできない人を思えば、世の中は意外とまともに動いているように見える
だが、そう言ったところからも距離を置いて安全圏にいられる人がいるのも事実だが、そう言ったものにもメスが入るのが現代なのかなとも思う
現在進行形の様々な現実にも重なっていくものがあるので、人生を一瞬で終わらせるものには注意を払いつつ、その行動を起こさせる思想について深く考える必要があるのかな、と感じた
親の役割
先週末公開の新作は観たいものが多くて時間が足りず、本作の鑑賞は迷いました。しかし、公開4日目時点で4.1の高評価を得ており、これは観ておかねばと、仕事をそそくさと切り上げて鑑賞してきました。後味はめっちゃ悪いものの、高評価に納得の作品でした。
ストーリーは、弁護士の兄ジェワンは、前妻との娘で高校生のヘウン、若くて美しい後妻ジス、彼女との間に産まれた赤ちゃんと高級マンションで優雅に暮らし、医師の弟ジェギュは、年上の妻ヨンギョン、高校生の息子シホ、痴呆気味の母と暮らし、ジェワンとジェギュは妻を伴って4人で毎月恒例のディナーをしていたのだが、ちょうどその夜、ヘウンとシホがある問題を起こしてしまい、これがそれぞれの両親を深い苦悩へと追いこんでいくというもの。
冒頭、あおり運転をきっかけにした事件が描かれます。運転していた男は、躊躇なく人をはねとばしながら、反省も後悔も全くありません。終わってみれば、このシーンが本作を最も象徴的に表していたように思います。と同時に、以降の重要な伏線になっています。
また、この男の弁護を担当するジェワンは、発言を巧みに誘導して裁判を有利に進め示談にまとめようとします。車内で重傷を負った少女を手術したジェギュは、母が手術代を払えないと知りながらも、必要な2回目の手術を同僚医師に指示します。これにより、金を優先する兄と、命を尊重する弟という構図が印象づけられます。さらに、それぞれの妻も、家事を家政婦に任せて自分磨きに勤しむジス、家族を大切にしながらボランティアに精を出すヨンギョン、と対照的に描き出します。
ところが、話が進むにつれ、この印象はだんだん変化し、最後は見事にひっくり返されます。そういう意味では、序盤の全てが重要な伏線になっていたとも言え、計算し尽くされた立ち上がりの描写に驚かされます。
本作では、このように4人の親の印象が大きく変化するのですが、それほど人の本性は捉えにくいということでしょう。また、心の中にはさまざまな思いがあり、それは何かをきっかけに右に左に大きく傾くのでしょう。親たちが我が子かわいさから間違った判断を重ねていくのは十分に共感できます。本当は人として正しい選択が何であるかはわかっていたはずですが、親としてはそれを選べず、我が子と我が身を守ることを選んでしまったのでしょう。しかし、そういう親だから、子どもたちも大切なものが欠けたまま成長してしまったのかもしれません。
人は弱いです。簡単に流されてしまいます。だからこそ、そばで誰かに正しく支えてほしいです。そこに親の役割があるように思います。子どもを正しく導くのは本当に大変なことです。でも、それを通して、親も成長していくのでしょう。終盤、ジェワンの心境に変化が見られます。実の親でないジスの言動と子供部屋の監視カメラがきっかけだったと思われます。どちらも全体を俯瞰し、客観的な視点を与えてくれるものです。とかく自己中心的な考えが蔓延るようになった現代だからこそ、自身の言動を客観的に見つめることが重要なのだと思います。そういう意味では、まさに本作はその一助になっていると言えます。
それにしても韓国映画は、あいかわらず人の醜い部分を容赦なく抉り出して見せつけてきます。また、その見せ方も絶妙にうまいです。同じテーブルで食事しながらスマホしか見ない家族、ディナー中のギスギスした会話、窓辺で虫を指で押しつぶす息子、手を上げそうになるジェギュに痴呆気味の母が投げかける言葉、犯罪隠蔽を正当化するヨンギョン、路上生活者の死亡連絡を受けた時のそれぞれの反応、自分の意見を通すための激昂と脅迫など、人の闇が垣間見える描写がそこかしこにあります。そして、その全てに現実味がありすぎて暗鬱となります。
ラストはなんの救いもないですが、それこそ一人一人がどうすべきかを自分の頭で考えろという、強いメッセージなのかと思います。
キャストは、ソル・ギョング、チャン・ドンゴン、キム・ヒエ、クローディア・キムら。
人間の本質に問いかける
リメイクしたらオスカーも?
苦しい……
そうなるだろうな‥とは思ったけど、
やっぱりかい…て、放心状態になった。
救いゼロ、一筋の光も見えず、終わっちゃった。
自分だったらどうするかな…
弟の奥様に一番共感したな、間違ってるけど。
映画でよかった…(夢でよかった…的な)
全111件中、61~80件目を表示
















