「自分が自分らしく生きるための解放」ブラックバード、ブラックベリー、私は私。 Tofuさんの映画レビュー(感想・評価)
自分が自分らしく生きるための解放
2023年4月ぶりに観るジョージア映画。どこにでもいそうな市井の人をめぐる死と生を描いた作品だ。
ジョージアの小さな村に住む48歳のエテロは、自分を産んだ直後に母親を亡くしており、結婚もせずに父親と兄の世話をしてきたが、その二人もこの世を去って、現在は日用品を売る店を営みながら自由に一人暮らしをしていた。ある日、いつものように山にブラックベリー摘みに出かけたエテロは美しいツグミ(ブラックバード)が飛び立つのを見惚れているうちに足を滑らせて崖から落ちてしまう。幸い軽い怪我で済んだが、一瞬、自分が転落して死んでいる構図が頭をよぎる臨死体験をしたエテロは、更年期も始まりかけているこの時期に、(ツグミが自由に飛び回るように)狭い世界の中での生き方に縛られない自由な人生へと踏み出していこうと配達員のムルマンに迫っていき、人生で初めて男性を知る……。
若い頃には選択肢が無限に広がっているかも知れないが、人生の折り返し地点を回った後、人はどんな選択をするのか?全てを諦めて惰性で生きるのか、それとも全く新しい扉を開けてみるのか?
「いい歳をして何を今さら…」と考えるのは前者で、実は程度の差こそあれ、ほとんどの人がこちらを選ぶのではないだろうか?未踏の地に足を踏み入れるのは怖く、とてつもない勇気が必要だからだ。でも、そんな勇気を振り絞って一歩を踏み出したら、奇跡が起きるかも知れない。まぁ、「奇跡」が良いことなのか悪いことなのかという価値判断は別として……。
まだまだ不完全とはいえジェンダーを隔てる壁が崩れつつある近年、逆にクローズアップされているのが世代を隔てる壁なのではないだろうか?それは、SNSで年寄りが若者を批判し(これは昔からあるか…)若者は年長者を老害扱いをする対立と分断が、実際の選挙の結果に影響を及ぼすまでになっている様を見ても顕著だ。しかし、先ほどの「いい歳をして…」に象徴されるような捉え方こそ、まさに世代に対するステレオタイプであり、その偏見こそが分断を生み出す原因だろう。
その意味では、本作はまさに《いい歳をした》中高年の性についても真正面から扱っており、それが何も若い世代だけの特権ではないことを示している。
自分が自分らしく生きるためには性別にも、年齢にも、世間の目にも、社会慣習にも縛られる必要なんてないんじゃないか。邦題にだけ加えられた「私は私。」に込められているように、そんな《解放》のメッセージを投げかけてくれる作品だ。