「覚醒した腐敗警官」おんどりの鳴く前に かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
覚醒した腐敗警官
本作の舞台となったルーマニアがEUに加盟してからというもの、それはそれはひどい汚職が蔓延し、官僚の腐敗たるやウクライナのそれにまさるとも劣らないレベルに達しているという。カンヌのパルムドーラーであるルーマニア人映画監督クリスティアン・ムンジュウが証言しているので、ほぼ間違いないだろう。おそらく自由主義になっても共産主義時代の支配システムをそのまま移行したがために、ソ連というタガがはずれた途端、今まで押さえつけられていた欲望が一気に吹き出してしまったからではないだろうか。
この映画に描かれているルーマニアは、同じ共産主義国家だったC国の現状ととてもよく似ている。GDPの3割を賄賂が占めていたというだけあって、地方政府の腐敗ぶりは目を覆わんばかり。売れもしない電気自動車や太陽光パネル、乗車客の全くいない地下鉄駅に人口よりも数倍多い住居建設。作れば作っただけ中共から補助金がもらえるというのだから、不正が蔓延らないわけがない。しかも、共産主義の最たる悪癖、“競争”という自動チェックシステムが働かない分、バブルがはじけ飛ぶまで突っ走ったつけがここに来て一度に噴出してしまったのだ。
そこへいくと、本作の舞台ルーマニア僻村の村長や神父、その取巻き連中が犯した罪なんて可愛いものだ。煙草や酒の密輸、果物の窃盗、酔っ払いの殺人、被害者の妻や新米警官への暴行…本作の主人公警官のイリエが変な気を起こさないよう、以前から欲しがっていた果樹園の権利を無償提供(つまり賄賂)し、夕食まで振る舞って抱き込もうとするのである。「世の中白黒つかないグレーなことばかり」と公言して憚らない検事も、冤罪だろうがなかろうがはなっから気にもしていない。もともと警官という職務を全うする気などサラサラなかったヘタレのイリエだったが…
しかし、単独で殺人事件の捜査をしていた新任のヴァリが何者かに襲撃され、密かに思いを寄せていた被害者の美人妻に軽蔑の眼差しを向けられた瞬間、イリエの中で何かが変わったのだ。覚醒したのである。果樹園経営で生活基盤さえしっかりすれば、一度は失敗した幸福な家庭をまた築けるかもしれない、という甘い目論見が吹き飛んでしまったのだ。人間の性根が腐っていれば、その手で作られる果実もまた腐敗していることに気づくのである。
ラスト、ダーティ・ハリーと化したイリエは一人で悪党一味と対峙する。はたして、孤立無援のイリエはクリント・イーストウッドになれたのだろうか。はたまた“水上歩行”するイエス・キリストのごとく、イリエはグローバリズムがもたらした腐敗に対して奇跡を起こすことができたのだろうか。ドロドロとしたフォークミステリーかと思いきや最後は古き善き時代の西部劇でしめくくる、意外性抜群のシフトチェンジが“そんなに悪くない”1本だ。
