「惜しすぎる」スタントマン 武替道 Katkatさんの映画レビュー(感想・評価)
惜しすぎる
惜しいなぁ。
というのが率直な感想。
香港映画なのに小室少数とは言えシネコン上映なのは、トワウォの信一と九王にあやかってなんだろうけど。それにしてもサービスディなのに入りが少ない。皆、信一と九王は好きだけどテレンス・ラウとフィリップ・ンにはあんまり興味ないのかしらね。龍兄貴の「柔道龍虎房」とか「導火線」は結構入ってたけどなー。(まぁどっちも映画として名作やし共演者も大物やからしゃーないか。)
きっと低予算映画(笑)なんだろうけど。
『太秦ライムライト』を観た時の「惜しいなぁ」に似ている。
題材も役者もいいのに、いかんせん脚本が良くないのよぅ。
※こっからネタバレ
トン・ワイ演じるサム、かつて香港映画の全盛期である80年代に名を馳せ、起用したスタントマンの事故により現場を去ったアクション監督の描かれ方が、「ただのパワハラオヤジ」になっちゃってる。彼はリアルを求める演出と映画製作への情熱のせいで、家族を失い、かつての同僚や関係者からも恨みを買っている。
そしてなぜサムがそこまで、映画製作に情熱を傾けたのかが全然描かれていない。
だから「面白くするために無茶をするただのパワハラオヤジ」になってしまっていて、全く共感できない。何よりトン・ワイ自身が京劇学校出身で幼少の頃から武術と京劇の訓練を受け、俳優としての出演はもちろん、武術指導で長年香港アクションを支えてきたレジェンドなのだ。そんな彼がただのパワハラオヤジに見える脚本が悲しい。
スタントマンが大変な危険を冒して苦労をしている、というのが映画の主題であっても、なぜ彼らがそんな危険を冒してまで頑張っているのか、彼らが取り戻したいかつての香港アクションの輝きが描かれていないのよね。
ジャッキー・チェンやサモ・ハンが大活躍した香港アクションの全盛期(ジャッキーはそんな好きじゃなかったので初期作品以外あんまり観てないけど)を知っている身としては、熱に浮かされるようなあの時代の作品の恍惚感とそれに魅入られた様子を描いてくれれば良かったのにな、と思う。そうすればサムの情熱に説得力があるのに。
一応、テレンス・ラウが演じる若手スタントマンのロンが「スタントを命がけでやったあの時代を俺は知らない、俺にもやれせてくれー」的な発言で香港アクションの全盛期を示唆しているけれど、あの時代の作品のクオリティや熱狂を表現しきれてないのよね。
サムが事故で先輩を再起不能にした事を恨み、無茶な撮影を敬遠するサムの弟子ワイ(フィリップ・ンが演じる現在のアクションスター)もかつてはその輝きを知っていた人。
最後に思い出話的に「あの頃は無茶したよねー」からの現作業でのサムの手腕で「いい作品を作りたい」という着地点に和解するけど、かつての輝きをワイが共有すれば、サムの情熱と同様に和解にももっと説得力があったのにな。
あと、スタントマンのアクションがどんどん過激、危険になっていったのは、スタントマン出身のスターがスタント無しで自ら過激なアクションをこなした事も起因していると思う。スターがやってるのにスタントが断れないよね、そういうのも全然描かれてないし、当然彼等は危険な落下や組み手で怪我をしないための受け身のような凄まじい訓練をしているはず。無謀ではなく、そういう訓練に基いた職人技でアクションをこなしているはずなんだけど、そういうのも描かれてない。
80年代回帰映画にする必要はないけれど、世界中が当時の香港アクションに熱狂した理由はもっと丁寧に描いた方が良かったと思う。