劇場公開日 2025年2月21日

「民族と国家 世代を超えて受け継がれる闘い」ノー・アザー・ランド 故郷は他にない レントさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0民族と国家 世代を超えて受け継がれる闘い

2025年3月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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難しい

第三次中東戦争でパレスチナ全土を占領したイスラエルによる入植活動はオスロ合意後も止まることはなく、また国連が定めた境界をはるかに越境した分離壁の建設も続けられていた。

ガザ地域を巨大な壁で覆い封鎖した監獄化政策はここ西岸地域でも同様に行われていた。パレスチナ自治区を細分化して互いの住民の行き来を検問で厳しく規制し、人々を分断しパレスチナ人社会の弱体化を図る。住むところを奪われた人々は都心部に移り住まざるを得なくなり、そうして人口を一極集中させる方法は難民を狭いガザ地域に押し込めたのと同じ手法だ。もはやオスロ合意で期待された二国家解決の希望は水泡に帰した。

人々は自分たちの家や学校が取り壊されてゆく様を黙って見ているしかなかった。そんな光景をカメラに収めて世界中に配信する活動家の二人、パレスチナ人のバーセルとユダヤ人のユバル。彼らが先日のアカデミー賞授賞式に姿を見せた時には少し安心した。無事であったことに。おまけにバーセルは最近子供を授かったという。彼はスピーチで子供には自分と同じ思いをさせたくないと言っていた。はたして今回の停戦で長きにわたるパレスチナ問題の最終解決となるんだろうか。

イスラエルによる入植活動や入植者たちの傍若無人な姿を映し出した映像を見ていて終始胸を締め付けられる思いだった。先祖が暮らしたこの土地で生まれそして家庭を築いて暮らしてきた愛着のある家が無残にも取り壊される光景はもし自分が同じことをされたらと想像するととてもつらかった。そして一番悲しかったのは子供たちが学ぶ学校が取り壊される映像。怒りを覚えたのは入植者による発砲の映像。しかしここに収められた映像はまだましな方で女性や子供が入植者に撃たれて殺される事件も現地では起きていると聞く。なぜここまで非人道的な行為が行えるのだろうか。もちろんこれらの入植行為は国際法に違反していて国連から再三勧告を受けてはいるがイスラエルはそれを無視し続けている。

本作は10.7のハマスによる攻撃の直前までを撮影したドキュメントであり、この直後にイスラエルによるガザへの攻撃そしてこの西岸地域にも攻撃が行われ多くの住民に犠牲が出た。
さすがに10.7によるイスラエル側の犠牲者が多かっただけにその報復攻撃も苛烈を極めた。戦闘開始からひと月でガザだけでも一万人の死者数、その内4,000人が子供だった。これはロシアによるウクライナ侵攻での犠牲者が二年間で一万人だったことと比べても膨大な数だ。その同じひと月で使用された火薬の量がヒロシマ型原爆二個分に相当するという。
ただでさえ封鎖が続いていて貧困にあえぐガザ地域、今回の攻撃で支援物資も滞り餓死者も多く出した。また攻撃は避難キャンプや病院にまで及びこれも明らかな国際法違反だった。
国連はイスラエルの一連の行為をジェノサイドだと非難している。しかし、イスラエルのこのような無差別殺戮は今に始まったことではない。過去にもガザへの侵攻で多くの子供を含む市民を虐殺している。

こうしたパレスチナ人への強硬的な姿勢は極右の後ろ盾に頼るネタニヤフ政権によるものだが、さすがにここまでの非人道的行為に対して国際的非難は免れられない。アメリカや欧州でイスラエルに対する抗議デモが巻き起こった。
もはやホロコーストの被害者という免罪符は通用しないだろう。同じホロコーストの子孫からの批判の声も大きい。

そもそも、ハマスをテロリストと名指しして非難し、イスラエルによる報復攻撃を黙認したのは西側諸国だ。アメリカのバイデンは人道的措置を求むと言いながら軍事支援を続けた。もちろんハマスの行為はテロに該当するとしても、それだけを切り取って判断するわけにはいかない。そこに至るまでの背景を知る必要がある。長年のイスラエルの占領政策に住民たちの不満がたまり、過激派のハマスを支持せざるを得なかった事情は十分理解できる。ただ、二十年近く選挙は行われていないため現在のハマスが民意を反映しているとはもはや言えないだろう。
パレスチナの人々の共通の思いはあくまでも対話による平和的解決だ。それは多くのイスラエル人も同じ。ネタニヤフ政権への支持率はいまや15%ほどだという。
結局は修正シオニズムとイスラム抵抗運動の戦いに多くの人々が巻き込まれているともいえるこの戦争。実際、犠牲者の割合は一般人が圧倒的に多い。

このような血で血を洗うような無益な戦いが報道され、またイスラエルによる非人道的行為がバーセルたちのような草の根活動により世界に知らしめられたことで国際的世論はこの戦いの終わりを早急に求める方向に大きく傾いて行った。

たとえ高い壁を築き社会の分断を図ろうとも、もはや人々の思いはその高い壁を飛び越えて世界中に配信されることが可能となった。壁で人々を分断できるなどと先端技術に強いイスラエルにとっては足をすくわれる形となった。

アーティストのバンクシーの活動の原点でもあるパレスチナ。分離壁に彼はその思いを数々の作品にして描いた。分離壁を破り向こう側に広がる海の景色や風船で体を浮かせて壁を飛び越えようとする少女の絵のように彼が作品にかけた思いが今や現実のものとなりつつあるのかもしれない。

授賞式に現れた二人はパレスチナ人とユダヤ人、長きにわたりパレスチナ紛争で争いあった異なる民族同士の二人が力を合わせて今回の賞を勝ち取った。まさにこの姿がパレスチナの未来を予感させる。異なる民族同士でも共存共栄できるのだという。
今回の停戦合意がたとえうまく行かなかったとしてもいずれはパレスチナの地に平和が訪れると信じたい。
他人が住む土地を無理やり奪い取ろうとする修正シオニズムにノーを突きつけるユダヤ人も多い。また武力でイスラエルを排斥しようという過激派もいまや支持を得られない。
もしこのままイスラエルがパレスチナ人に対してアパルトヘイト政策を続ければ国際社会からの孤立は免れ得ないだろう。互いの民族がこの地で共存できる二国家解決こそがパレスチナ問題を終焉させる唯一の方法だ。

一日のサービスディに鑑賞。日に一回きりの上映のみ。朝8時台の上映のためか客席はまばらだった。パレスチナ問題に関するこの国の関心度合いをそのまま表している気がした。
今回の受賞で公開館数を是非とも増やしてほしい。今のところ本年度ベストワンの作品。

レント
talismanさんのコメント
2025年3月6日

イスラエルとパレスチナに関する私たち(だけでない、世界)の無関心と知識のなさに愕然としました

talisman