「動物の鳴き声だけで90分」Flow 弁明発射記録さんの映画レビュー(感想・評価)
動物の鳴き声だけで90分
これを作ろうと思ったことがそもそもすごい。台詞一切なしで動物の鳴き声、効果音、音楽だけで物語を進める。
台詞に頼れないから状況を分かりやすく描写する必要がある。
かなり大規模な洪水から始まり猫が舟に乗って旅に出るのだが猫のミニマムな視点でスタートしつつ壮大な世界を描いてやろうとする意気込みがすごい。
そもそも動物同士のやり取りだけでは単調になりそうなところを次々と色々な展開を起こし飽きさせないようにしている。
これは本当にすごい。作るのは大変だったと思う。だって、そもそも猫の猫らしい動き、犬の犬らしい動き、その他動物の動きをリアルに見せつつ、かつ演技もさせつつっていうのは、リアルすぎると地味になるし、演技させすぎるとわざとらしくなるから、そこら辺の案配が大変だったと思う。
これが結構すごいと感じたのは、かなりミニマムな小規模な物語になりそうなんだけれども、かなり大きい空間を作ろうという意思があるところ。
そこがまずすごい。
冒頭から、猫の銅像がたくさんあって、猫好きの人間が飼っている猫だということが示される。猫を描いている最中の絵もあって、割と大きな家で、この家の主人は猫が好きなんだろうなというのが描写でわかる。
ただ、肝心な人間は出てこない。にも関わらず、この家の主人がとっても猫が好きなんだなということが、部屋の小物とか肖像でよく表されている。
これがまずすごい。
で、洪水が突然襲ってくるんだけれども、これも最初に鳥がたくさんの飛んでいく描写を猫が見て、その後に鹿の大群が逃げ行く光景を地上で見せる。
そうしたら、その後でとんでもない津波がドドドッと入ってきて、一旦猫が波に飲まれる。そこの音も、水中になると音を変えるというところがしっかりこだわりが感じられる。
猫は何とか水の中から抜け出して、船を見つけて、船に乗り込むんだけど、船に乗ったらそこにカピバラがいたという、出会いの描写も面白い。
その船にどんどん仲間が加わってくる。犬が入ってきたり、猿が来たり、鳥が来て、どんどん色々な動物が増えていくと。
猫が割と主に操縦してたんだけど、鳥が来たら鳥が結構しっかりリーダーとなって、声出してくれると。やっぱり空飛べるやつは一目おかれるんだろうか。
人間が住んでいた町に行くんだけれども、この町の描写も水没した町が、CMでも使われてるとこであるんだけど、すごい美しくて、かつ人間の姿は全然ない。というところにロマンを感じる。
猿が色んなものを集めるのが好きで、籠の中に人間が作ったものをどんどん入れて、特に鏡がお気に入りで、鏡で自分の姿を見て遊んでいる。
この物好きの猿が、水に浮かぶボールを持ち込み、そのボールを犬が気に入って遊ぶ。しかし、鳥が蹴っ飛ばし、船の外に落としてしまう。
ボールは流されてしまい、猿は「あああ、残念だ、ボールが行っちゃったよ」という表情をする。そこで映画館で笑いが起きた。
池袋の観客はちゃんと笑うポイントで笑ってくれるところが良い。
これ船に乗ったままどこに行くんだろうという感じだが、ちゃんとその目的地、何か高い場所を目指して進めているというのが、色んな視点の切り替えで分かるようになっている。
明らかに何かすごい高い場所があって、ちょっとあそこにむかって船進めようぜという感じでどんどん進めていくと。
この辺が。目的地だとか、特にそういうセリフがないにも関わらず、何か高い場所に向かってるなとなんとなく分かるというところがすごい。
この辺は本当に説明なしだと分かりにくくなりやすいとこなんだけど、ちゃんと分かりやすいのがすごい。
鳥が猫をかばってくれてて、猫が鳥の群れの中に誤って入ってきてちょっと攻められてて、鳥がかばってくれて。鳥と鳥の長のバトルになってる、その鳥バトルもなかなか見所。
鳥の長と喧嘩の後に負けて鳥が船に乗り込んでくれる展開なんだけれども、ここら辺のドラマの作り方、アニメーションの見せ方も面白い。
結構この鳥がいるからこそ高い視点でも物語が自然に見れている部分がある。視点が低いところ、高いところと巧みに使い分けてるのがうまい。
いよいよ後半になると、すごい、うわあ、嵐で船が揺れる、船が揺れるう!っていうのを乗り越えた先に、すごい高いところに到達すると。
猫はどんどんこの高い塔を登っていく、登っていった先、頂上で鳥が待っていて、鳥と一緒に神秘体験をするわけよね。
体が浮く、宇宙に吸い込まれるのかっていう風に体が浮いていって、鳥だけが浮いてって、どんどん空に行って空の彼方に消え、猫の方は落ちて、何だったんだこれっていうところで神秘体験が終わると。
塔が結構人工的な感じ、人間が作ったような感じに見えて、かつ、この神秘体験の後、一斉に水が引いていって洪水がおさまるという描写があるから、この高い地点が生贄を捧げる場所で、その生贄が捧げられる、生贄と鳥が生贄になってくれたから、降水が収まったのかなみたいな感じがなんとなく示される。
ちょっとそういう解釈であるかどうかはっきりとは分からないところであるんだけれども、ちょっとそういうあの、ストーリー上の仕掛けというか見せ方がある。
だいぶ水がバーッと引いていって、猫が自由に地上をはしゃげるようになって、猿も仲間を見つけて楽しそうになってたところで、船が木に引っ掛かってるよと。
木に引っ掛かってカピバラだけが船に取り残されて、ああ、カピバラ助けなきゃと。結構頑張って猿や犬、猫も加わって助けようとする展開が熱い。
途中で助けた犬どもが結構薄情で、すぐどっかに行っちゃうところがなかなか切ねえなというところではあった。
せっかく助けた犬たちは!猫も鳥に対して助けてやろうよ的な感じで、わざわざ助けたのに。餌を食うは、場所を占拠するは、なかなかだよ、せっかく助けたのにちょっと迷惑集団であったというところもなかなか考えさせられる。
ラストは、冒頭との対比。冒頭で猫が水面を見て、水面に映った自分を見ているというところから物語はスタートする。その対比で、猫がのぞく水面で水の流れ、フローが静まっていき、洪水がおさまっていくことが示される。
かつ、最初は1人だった猫が、最後には仲間の猿、犬、カピバラがいる状態で水面を見れたというところで終わる。
ここはちゃんと冒頭の猫一匹との対比になっていて、仲間ができたことが分かりやすく示されている。非常に良い、分かりやすく良い。
これは本当、ある意味実況向きというか、観客がそれぞれ、この猫はこういう風に喋ってんじゃないか、犬はこういう風に喋ってんじゃないかみたいなことを想像できるというところも良い。
各国の人が各国の言葉で、こんな感じで会話してんじゃないかと想像させるところが良い。
もちろん、猿の集団が妙に冠かぶってておしゃれじゃないか?とか、動物こんなに人間っぽい動きする?みたいな、作為的な面はある。
しかし、エンターテイメント的な面があるからこそ良いというところもあり、ここら辺のリアルとファンタジー的なところのバランスも、すごいなと思った。
こういう全くセリフがないストーリーというのは、うまくいけば本当に言葉のわからない人とか、世界各国で翻訳なしで上映できるし、それぞれの人に訴えることができるから、うまくいけばすごいんだけれども、やっぱり作るのはすごく難しくて、セリフなしで動きだけで表現するのは本当に結構大変で、そこを90分やってのけたというのは、それはアカデミー賞を取るよなという説得力を感じた。