「大事なのは言葉じゃない」Flow まじぽんさんの映画レビュー(感想・評価)
大事なのは言葉じゃない
大本命のロズを差し置いてアカデミー長編アニメ賞を受賞した一作。色々な力学が働いたのだろうなとは思われるのだが、個人的にはロズよりも確かにこちらを推したい。
ロズとの比較で対象的なのはやはり言葉の有無。今作はセリフ無しのアニメーションだ。でも彼らの思考や感情はその挙動、視線、行動を通して如実に伝わってくる。
私が今作とても見やすいと思ったのはそこだ。言葉は多くを語りすぎる。言葉は時にノイズになる。それがなくても伝わることが多くある。
言わなくてもわかることを言ってしまうことで陳腐になってしまうこと、軋轢を生むことは多くある。今作はそれを上手く捨象し、鑑賞者を信頼し委ねることで、その表現の幅と質を確率することに成功している。
Blenderで全編作成したことが話題になっており、無料のソフトウェアでここまでハイクオリティな作品ができるのには驚き。
動物や植物の質感がとても目に優しく心地よい。
猫とカピバラ、ワオキツネザル、犬、そしてヘビクイワシのロードムービー。それぞれの役割や性格がとても際立っていて対照的で、魅力的に描かれている。
一見マイペースだがどっしり構えていて安心感のあるカピバラ、物に執着するワオキツネザル、少々頭が悪そうだが天真爛漫で可愛い犬、猫に同情的でスマートな態度でチームを引っ張るヘビクイワシ。
そして本作の主人公の黒猫は、どうやら以前は飼い猫だったようなのだが、飼い主がいなくなり、野生の生活を始めたばかりでまだ適応できておらず、外界に臆病な性格だ。
"""""ここからネタバレ”””””
最も印象的だったのはやはりヘビクイワシ。
この鳥自体が個人的に好きなのもそうだが、理由なく黒猫を身を挺して守り、その後も理知的な態度でチームを率いる。
終盤、塔の頂上から天に召されるように消えていく。死のメタファーか、それとも片翼が回復し飛び立って去っていったのか、それはわからない。
黒猫とヘビクイワシの出会いは洪水と共にあり、最後も水の中に浮くことで別れた。この洪水という大量の水が、多くの時間や出来事という日々の情報のメタファーであるように思われた。その中で出会いと別れがあるのだと。
次に印象的だったのはクジラ。
重要なのが、この生物のみが空想の生き物だということだ。明らかに現実に存在するクジラではない。
クジラは洪水でのまれた世界を自由に謳歌するが、最後は陸地に戻った地面であえなく死ぬ。実際のところ、このクジラが本当に存在していたのかどうか自体わからない。なにしろ空想の存在なのだから。水という存在そのものを具現化した存在なのかもしれない。
根源的な恐怖でもあるし、しかし一方で自由に闊歩する偉大な存在で、かけがえのないものでもある。
そして泳げるようになり、魚を自分でとれるようになり、水を克服した黒猫にとって、最後に現れるクジラは以前ほど恐ろしいものではなかった。むしろ自分を慈しむように見えたし、クジラに同情的にすらなれる。自分の立場が変わることで対象の見方がこれだけ変わることを描いているようだ。
ワオキツネザルは物に執着するのが顕著で、それが元でよくトラブルを起こしたりしている。明らかに迷惑な存在でもある。
しかしカピバラはそんな彼を率先して船に乗せることにする。カピバラはこの映画のテーマである「共助」を最初から体現しているように見える。だから彼に頼りがいを感じるのだろう。
猿が途中で海に放り投げた浮玉が終盤猫の命を救うことになる。単なる物への執着は悪であるとする描き方なら、こうはならなかっただろう。これはその執着すら受容しているとも言える。
猿は終盤、割れた鏡で自分の顔を見る。猿の自己イメージが変わったことがここで暗示されていている。この瞬間から仲間を助けようと黒猫と行動を再び共にする。
本作では水面に映る自分の顔を見るシーンが度々登場する。おそらく自己イメージ、心の有り様を示しているそれは、ラストシーンで4匹の動物が映り込むことにより、水面に波がなくなり平静になる。
この映画のテーマを明確に表すとても良いシーンだった。


