「“癒し”と“感動”の融合。京アニの劇場版って、マジやばくね」小林さんちのメイドラゴン さみしがりやの竜 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
“癒し”と“感動”の融合。京アニの劇場版って、マジやばくね
《ADMIX》にて鑑賞。
【イントロダクション】
異世界から人間界にやって来たドラゴンをメイドとして同居させる事になった普通の会社員・小林さんの日常を描いたクール教信者による原作漫画『小林さんちのメイドラゴン』、その人気エピソードを劇場映画化。
監督はTVシリーズ第2期を手掛けた石原立也が続投。脚本は山田由香。
【ストーリー】
普通の会社員・小林さんの家に居候し、現在は小学4年生として生活している混沌勢ドラゴンのカンナ。夏休みを迎え、カンナは友人の才川らと都市伝説の調査に向かう。
久しぶりの休日を満喫していた小林さんの元にやって来て、共に酒を酌み交わしていた傍観勢ドラゴンのルコアは、ただならぬ気配を察知して姿を消してしまう。
ビールのストックが切れた為、買い出しに出た小林さんは、人一倍大きな姿をした謎の男が持つ酒に惹かれ、彼と酌み交わす事になる。やがて、酒が切れて用事があるからと別れる事になったはずだった謎の男だが、小林さんと進む方向が同じ事から、結局自宅マンションまでやって来る。
2人を待ち構えていたのは、小林さんちでメイドとして同居している混沌勢ドラゴンのトールだった。
男の正体は、カンナの父親であるキムンカムイだった。キムンカムイを退けようと臨戦体制に入るトールだったが、キムンカムイの側近で軍師であるアーザードの介入により、話し合いの場が設けられる。
キムンカムイは、自身が牽引する混沌勢ドラゴンの勢力と調和勢ドラゴンの勢力が一色触発の状態であり、戦局を有利に進める為、かつてカンナがイタズラで壊してしまった“竜玉”を求めてやって来たのだ。カンナをあくまで仲間としてしか見ていないキムンカムイの姿勢に怒りを抱いた小林さんは、彼を罵倒する。
交渉決裂により大規模な戦闘が開始されるかに思われたが、竜玉があればカンナが異世界に帰って来なくても良いとするアーザードの提案により、事なきを得る。
事情を知ったカンナは、父への複雑な思いを抱えつつ、竜玉を完成させる決意をする。一方、異世界ではアーザードが調和勢ドラゴンの密偵として、彼らと接触していた…。
【感想】
原作は未読。TVシリーズ第1期&第2期鑑賞済み。
まず、このシリーズのアニメ展開に新しい動きがあった事が素直に喜ばしかった。というのも、この作品は2019年の京都アニメーション放火殺人事件(通称:京アニ事件)により、TVシリーズ第1期の監督である武本康弘氏が亡くなった事(以降、武本監督は“シリーズ監督”としてクレジットされている)により、TVシリーズ第2期は石原立也氏に引き継がれ、そんな第2期のラストが、「小林さん達の愉快な日常は、これからも続いていきます」というエンディングだったので、これ以上の続編は無いものと思っていた。
京アニとしても、事件後初の元請制作のTVアニメとなった作品から、エンディングを大団円のハッピーエンドとしてキリの良い形でアニメシリーズを締め括り、綺麗な思い出として仕舞っておきたかったのだろうと邪推もした。
とはいえ、原作漫画は現在も連載中(掲載誌を休刊となった『月刊アクション』から『漫画アクション』に移籍)であり、新しい展開自体は可能ではあったのだ。そして、それがまさかの劇場映画版である。まさに、「マジやばくね」である。
劇場映画らしく、TVシリーズでは見られなかった流血表現や現実のネグレクト問題や人種間による対立問題といったシビアな問題を盛り込みつつ(原作のエピソードにどの程度忠実かは分からないが)も、普段の『メイドラゴン』らしいコメディ要素と可愛らしいキャラクター、愛情のある美しい落とし所は、ファンならずとも楽しめるはず。
中盤のイルルvs.アーザード、トールvs.ファフニール戦、クライマックスでのキムンカムイとの決戦と、映画版らしくアクションシーンも満載で、CG頼りにならない手書きによるアクションは、京都アニメーションの底力を感じさせる。
専務から渡された魔導書を元に、クライマックスで小林さんが自身の持つ一生分の魔力を犠牲にして放つ一撃は、まさかの元気玉である。トールとカンナの魔力も追加され、魔法によって大気圏からキムンカムイに向けて放たれた渾身の一撃は、彼を一撃で沈める。どれだけ才能あったんだ小林さん?
本作のキーパーソンでもある、カンナの父・キムンカムイのキャラクターが魅力的だった。強さと戦いにのみ興味を示し、カンナの事も一戦力としてしか見ていない姿勢にネグレクト親父ぶりが発揮されている。また、声の出演が『BLEACH』の更木剣八、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇ゲンドウの立木文彦さんなのが、演じてきたこれらのキャラクターと共通する面があり面白い。
軍師アーザードの過去、そこから来るドラゴンへの激しい憎しみによる復讐計画は、ベタながらも共感出来る。村を焼かれ、妹を殺された事で、全てのドラゴンを暴虐な種として捉え、種そのものに対する憎しみを抱いているのは、現実での人種間の対立にも繋がる普遍的な要素だ。演じた島崎信長さんの狂気を含んだ笑みや叫び声も素晴らしい。
また、第2期でイルル役を演じた嶺内ともみさんの声優引退による引き継ぎにより、新たにイルルに命を引き込む事になった杉浦しおりさんの演技も違和感なく自然と溶け込んでいた。
本作の白眉は、クライマックスでの黄金色に輝く麦畑でのシーンだろう。
傍観勢のルコアは、アーザードの抱える思いを否定せず、しかしてトールが彼を始末しに現れた事にも関与しない。アーザードはドラゴンへの憎しみから、「彼らに人間的な感情などあるはずがない」としつつも、そんな彼らと共に歩む小林さんの姿に困惑する。トールに敗れたアーザードは、彼女によって魔力を奪われ、小林さんと同じくただの人間となる。小林さんによって人間的な感情を理解したトールは、「命の旅の過程で得た思想が、終着の思想ではない。命の終着点でどのような思想を持って終えるかだ」として、また「小林さんなら“殺すな”と言うに決まっている」からと、未だ憎しみを捨て切れずにいるアーザードにトドメを刺す事なく去って行く。美しい背景を舞台に、このビターなエンドが味わい深い。
ラストでカンナの為に命懸けの大冒険を繰り広げた小林さんへのやきもちから、「私の時はどこまでしてくれますか?」という質問を投げかけるトールに対し、「有給取るよ」と返す小林さんの姿も微笑ましい。彼女にとってのその台詞は、本作ならではの「命を懸けるよ」という返事に他ならないのだから。
【小林幸子の主題歌、“マジやばくね”】
“小林”繋がりで、歌手の小林幸子がゲスト声優&主題歌起用というのは、シャレもありつつ、これまでも名作劇場アニメ『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』(1998)や『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001)の主題歌を手掛けてきた実績から、妥当なものでもあるから面白い。そして、本作に提供された主題歌『僕たちの日々』も例に漏れず名曲だったので、“ラスボス”恐るべしである。
また、本作では混沌勢ドラゴンのフェリキタス役を演じているが、台詞が少ないとはいえ、美しくも威厳ある姿のドラゴンを違和感なく演じていた。お見事でした。
【総評】
作品の持つ“癒し”の雰囲気と、劇場版らしいスケール感と感動要素、それらを成立させる京アニらしい美しく安定した作画と、あらゆる面においてバランスの取れた作品だった。ファンならずとも、この愛らしいドラゴン達の織りなす物語は楽しめる事だろう。
余談だが、入場者特典の色紙は、本作の主役であるカンナでした。マジやばくね。
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