秒速5センチメートルのレビュー・感想・評価
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秀逸な原作の再構築
原作の再構築により、より分厚く丁寧に描かれ、もはや実写版というより、
新たな『秒速5センチメートル』が誕生したといって過言ではない。
再構築というのは、原作の紡ぎあげ方とは異なり、
現在の貴樹と明里をはじめ美鳥までもが丁寧に描かれているのは好感が持てた以上に
グッと胸にきた。
森七菜演じる花苗の一挙手一投足が実にリアルだ。
貴樹を見る表情、髪をかく仕草、ヨーグルッペを飲む仕草など、枚挙にいとまがない。
花苗をみているだけで泣きそうになるくらいせつない。
これは原作を観ているだけに余計にそう感じるのかもしれないが、
もはや森七菜の演技が異次元過ぎて、もはやこのパートだけで持っていかれた。
宮﨑あおいが演じる美鳥も実に深みを増している。
現在パートに登場し、貴樹とのコミュニケーションがはかられるのもグッとくる。
高校時代の貴樹に向ける表情が厳しさも優しさもあり、宮﨑あおいの魅力全開で
私としてはうれしすぎる起用であった。
木竜麻生演じる水野理紗も原作よりも丁寧に描かれていて、
貴樹といっしょに過ごすシーンや、
メールだけではなく、ちゃんと貴樹とお別れするシーンがあることにグッときた。
そして高畑充希演じる明里も、原作では幼少期のイメージしかないのだが、
しっかり現在パートで今の明里を描いていたり、
貴樹とニアミスが複数回起きるところは、もどかしい気持ちでいっぱいになる。
それにしても高畑充希がとても魅力的で、ハマり役だと思う。
貴樹を演じた松村北斗は、こういう拗らせ系の男子を演じさせたら右に出るものは
いないくらいに自然だ。
松村北斗が主演だからこそ助演の俳優陣が映えているのかもしれない。
奥山由之監督の映像も素晴らしい。
デジタルで撮影したものをフィルムに焼き付ける手法をとったとのことだが、
このアナログのような質感は本作とマッチしていて、観ていてすごく気持ちがよかった。
原作を観ていなくても充分に楽しめる。
私としては今年ベスト級の作品。
※女性の俳優陣は私の推しの方ばかりで、このキャストでなければ評価4.5だった
大島依提亜さんデザインのパンフレットを読んで、余韻に浸ろうと思う。
10/13おかわり観賞。
明里の思い出に終わらず現在と続いているとの心情は
実際に行動にあらわれていて、あらためて感動した。
自販機のボタンを2つ同時に押す。小惑星1991EV。天文手帳などなど。
「貴樹くんは大丈夫」のセリフは貴樹との決別だったのだと
わかった。立派な大人になっているから、もうここで会わなくても大丈夫。
だから16年後の約束の場所に明里はこない。
そのことに貴樹がわかったのは現在のプラネタリウムの中。
このプラネタリウムの中で前に進むことを決意した
貴樹の顔つきは確かに変わっていた。
ラストシーンの交差する電車は貴樹と明里は
別々の道を進んでいることへの示唆か。
そういえばボイジャー1号2号もそう言えるかも。
踏切で明里の姿が見えなくなっても貴樹は追わない。
しっかり前を向いて歩き出す。
だから、単純な恋愛ストーリーではないのだな。
小川館長(吉岡秀隆)と美鳥(宮﨑あおい)がいかに重要な
役どころかあらためて気づかされた。
映像も街の明かりや自然の風景など素晴らしすぎる。
私としては完璧な作品。
ひとつひとつのシーンに無駄がなくつながっている。
思わず唸ってしまうほど完璧。
新海誠の知らない思い出を植え付けられる心中みたいな自傷行為。なのに最後は宇宙に一人放り出されるようなそんな映画。
タカキの恋のペースが5センチメートルだよな。
お互いに呪いを掛け合ってるし、特にあんだけ遅れたのに待っててくれるとか完全に落ちます。勘違いもします、両思いなのに伝えられなかったのが悲劇だね。だから何も起こらないし始まらない。でもやっぱりずっと初恋の子に送るメール作っては消してを繰り返してるのは気持ち悪いよ、タカキ。
でもめちゃくちゃ共感できるんだよな。中学時代にあんなゴリゴリの恋したら戻りたいって思うし苦しいもん。その先の人生が先の見えないトンネルになるわけだ。
タカキくんにとってあの頃、というか明里が人生の全てだし唯一縋れる道標だったんだな。明里にとってはタカキくんを形成する周りのコンテンツが日常だけどタカキにとってはキラキラした思い出そのものみたいな明里がすべて。そのすれ違いもあるしタカキは言葉にしないからな幸せにはなれないよ。俺への当てつけだよな、新海誠?わかってるよ。タカキは俺だ。日々気取って動のない日を生きてるよ。
どんでん返しは無いんだけど心に確かな引っ掛かりを残された。生半可な気持ちで見に行ったちょっとナードなカップルは刺さりすぎて眠れないんじゃ無いかな。
細かな表情での感情表現も素晴らしく、こっちまで泣きそうなくらいだったし、子供のころのどこか依存じみた恋愛模様がものすごくアダルティックででも変に背伸びしてなくて等身大の全力な恋で、こんな恋愛したかったなあって、あれ?でもしたことあるんじゃないか?って思わせるパワーがあってすごくいい。
たしか高校時代のとこでケータイポチポチしてるとこって居酒屋で言ってた宮沢賢治味のあるポエムを書いてるのは嘘で明里へのメールを書いては消してを繰り返してた覚えがあるんだけど、こいつめちゃくちゃ気持ち悪いって思ってた。電車のシーンで「大丈夫」って言ったの聞いてればちゃんと引きずらず次の恋もできたはずだし高校時代ももっと充実したものになってたはずだよ。
見終わった後の心にぽっかり穴の空く独特の浮遊感は他では味わえません。ほんとなんでもっと早く好きって伝えなかったんだよタカキ。
心にしこりが残りすごく苦しくなるそんな原作の感覚をそのままに実写化されててほんとにほんと良かった。個人的には過去一の実写映画。米津に釣られて行ったけど映像も夢みたいで良かった。大ヒットはしてほしく無いな。自分だけの思い出にしておきたい。
美しさに酔って、核心を見失った映画
久しぶりにスクリーンで宮﨑あおいを見た。
年齢を重ねていた。当たり前だが、宮﨑あおいも歳をとるのだと実感した。
そして、同じ時間を生きてきた僕らもまた、あの「秒速5センチメートル」という映画の登場人物と同じように歳をとった。だからこそ、この実写版には期待してしまった。アニメ版が描いた“時間に置いていかれる痛み”を、いまの時代でどう再構築するのか。その答えを見たかった。
結果的に、私はこの実写版に期待しすぎたのだと思う。
アニメ版が放ったあの「痛みの静寂」、時間と記憶がすれ違っていく切実な美しさ――それを現代的な映像技術で再解釈する、という触れ込みを聞いた時、誰だって胸が高鳴るだろう。だが、結果的にこの映画は、美学を再現することに成功したが、情緒の再構築には失敗した。新海誠の作品世界を“表層的な映像詩”として理解したまま、構造的な悲しみの仕組みを見落としてしまった印象だ。
まず、時代感の扱いが中途半端だ。アニメ版が2000年代前半の通信文化――手紙、PHS、ガラケー、そしてドコモタワー(ドコモ代々木ビル)の風景――を象徴的に配置し、「つながらない時代の痛み」を描いたのに対し、実写版はスマホ時代との折り合いをつけきれない。
登場人物の持つ端末がauのezwebだったり、背景にドコモタワーがそびえていたりと、時代をまたぐ“過渡期”のリアリティは確かに正確だ。だが、観客にそれを意識させる導線がない。つまり、作り手の中では「通信の変遷」が物語の重要な背骨であるはずなのに、それが映画のリズムとして立ち上がってこない。結果、「懐かしさ」と「古臭さ」のあいだで宙吊りになった。
そして、もっと致命的なのは、「言葉の間」に宿る情緒が抜け落ちていること。
アニメ版で新海監督が描いた“間”――数秒の沈黙、メールを打ちかけて消す指の動き、降りしきる雪の音――には、観る者が自分の過去を投影できる余白があった。ところが実写版では、説明的なセリフと演技がその余白を埋めてしまう。監督は誠実に物語を再現しているのだが、観客が想像で埋める余地を失った瞬間に、この作品は単なる失恋映画に後退した。
映像は、確かに美しい。光の粒子の描き方、風の質感、夕暮れに沈む街の空気――どれも一級品だ。だが、その美しさがどこか“義務的”。これは、Instagram以後の映像感覚の罠でもある。すべてが美しいが、どこにも焦点がない。美しさを重ねれば重ねるほど、物語の輪郭がぼやけていく。新海監督作品の本質は「風景の美」ではなく、「風景の中に取り残された人間の孤独」である。そこを履き違えている限り、どれだけカメラが精密でも、観客の心をえぐることはできない。
もちろん、実写化そのものを否定する気はない。
むしろ、新しい世代に“秒速”の世界観を伝えるという意味では、意義はある。俳優たちの演技も悪くない。ただ、どこか「誰もがわかる感動」に寄せようとした結果、原作が持つ繊細な温度差が失われた。
秒速5センチメートルというタイトルは、「桜の花びらが落ちる速度=人が別れを受け入れる速度」の隠喩だ。だが実写版の貴樹と明里は、あまりに説明的に“別れを受け入れて”しまう。観客に「この二人はもう戻らない」と悟らせる構成があまりに直線的で、詩ではなく報告書のようになっている。
結局のところ、この映画は「思い出を再現する映画」にはなっても、「思い出を更新する映画」にはならなかった。つまり、過去の名作に敬意を払いながらも、その“痛み”を現代の文脈に翻訳しきれなかったということ。映像の美と音楽の感傷に酔いしれたまま、肝心の“秒速”――人の心が変わる速度――を見失ってしまった。
静かに、琴線に触れ続けている
原作のアニメ映画は未見です。
なので元々の作品ファンの方にとっては気になる箇所もあるのだと思いますが(自分が原作ファンの作品はそうなりがちなので)、少なくとも初見の私には無理な改変や要素は感じられず自然に物語を追うことが出来ました。
まず俳優陣の演技が良かった。
とても自然で、喋り慣れていない人が言葉を選びながら話す時の話し方、繊細な仕草や表情。言葉で多くを語りすぎない、静かな心の動きが伝わってきました。
小学生の頃の淡い恋の思い出、
遊びながら帰る住宅街の通学路、
他愛無い話題で溢れた手紙のやり取り、
親には秘密の待ち合わせ、
意味もなく寄り道したコンビニ、
心に折り合いをつけるためにただ泣きじゃくるしか方法を知らなかったこと
映画を見ながらふと自分のことを思い出してしまう、考えてしまう。そんな心の琴線に触れる瞬間が幾度もありました。映画を観た人の誰しも、どこかに共感できる箇所があるのではないでしょうか。今となっては愛しい学生時代。そうして少し、子どもの頃の自分にちゃんと向き合える大人になっているのかと、幼い遠野くんの言葉に不安になります。
何度も何度もすれ違い、出逢いそうになってはまた離れる二人。転勤族の孤独な小学生たちの出会いは0.0003%の奇跡で、二度目の奇跡はなかったけれど、どれほどかけがえのないものだったか。彼らの日常に、あるいは約束の場所へ駆け出す衝動に、見出すことができました。
お互いに忘れることなく、ただ果たされなかった約束。ロマンチックでドラマチックな恋愛ドラマのように、約束の桜の下で再会することも、踏切の前で待ってることもなかったけれど、だからこそとてもいろいろな感情を引き出され、観終わった後の余韻からなかなか抜け出せない作品と感じました。
さくらの落ちるスピードは秒速5cm
小説とかは読んでないので映画で初めてです。
最後大きな木で出会いラブな感じで終わるかと予想してたのですが全然違いました。
でも、、それもそれで儚い感じがあってとても良い !
見たかった映画なので楽しめました🥴
後年たまさか目にした人の琴線に静かに触れて忘れ得ぬ余韻となるような映画
完成披露試写会で拝見。公開初日に再見。帰り道に見た空を美しく感じるような、まっすぐ帰宅してしまうのが、日常に戻るのが惜しくなった。それ程に美しくて残酷で素敵な作品だった。
奥山監督が口にされた「誠実で切実」がまさに正鵠を射ていた。
物語としての起伏やあっといわされる瞬間はほぼない。ヒトの人生を誠実に描けば普通そうである。カタルシスを求める人の需要には見合わないかもしれない。
映像は終始、記憶の中のように少し靄がかかっていて、物語を追うよりも折々の遠野貴樹と篠原明里、それを取り巻く人達の感情を追体験する、あるいは関連した自分の感情を想起させられる。そして、目の前にいずとも”同じ物を飲んで、その感想を聞きたい”相手の存在が「思い出ではなく日常として生き続けている」ことや、幼い2人の切実さに胸が痛くなる。この作品は、例えば後年たまさか目にした人の琴線に静かに触れて忘れ得ぬ余韻となるような映画だと思う。
PCにばかり向かっている人ならではの肩甲骨が開いて上背部が丸くなり左肩の落ちた背中。目、鼻、口…顔を構成する要素が全て縮まってしまってたかのような世に飽いた顔貌。身も世もなく泣く姿…全身でその人間のおかれた状況、内心、特に諦念、焦燥、鬱屈、屈託を顕在化せしめる松村北斗の身体表現能力は相変わらず素晴らしい。が、全編伏し目がちで光を失った目が、あるきっかけで生気を宿していく「たこ焼き」シーンがとにかく凄まじかった。しおれた花が水を得て生気を取り戻していく様を撮影して高速で流しているので例えるのは正解かはわからないけれど。ほぼ動きも台詞もない中、固定したアップの表情がほんの少しずつ溶けて光を得ていく様の素晴らしさ。松村北斗の来し方を知るからこそそこが透けてみえているのか、うけた印象はファンの贔屓目なのか、そういうことを今まで考えてしまったけれど、もうそんなことどうでもよくて、ただ、ただ「人が回復する様」を見て感動していた。
だが、実はこの作品で最も印象深かったのは上田悠斗さんであった。前述の背中の丸さが松村・遠野貴樹と同じ。鼻筋も、少し甘く舌足らず気味になる声(最近松村北斗の滑舌を気にしたことはないから、この作品で冒頭のモノローグから少しその感をうけるのは敢えてなのだろうか)までも酷似している。似せていることだけが素晴しいわけではなく、幼少期の貴樹と明里の綴る、相手への思いに満ちた言葉。電車の音がひどく雄弁に聞こえたのも彼らの綴る言葉の切実さを彼が体現していたからだと思う。さらに、その切迫感あればこその、次なる青木・遠野のどこか達観したような感じ、松村・遠野の世を捨てた感じに説得力が生まれるのだと思った。
完成披露試写会で観た時には自分には印象をうまく言語化できなかった青木柚さんの貴樹は、初日の鑑賞時思うにやはり、見た目だけだとむしろ玉木宏さん等の系統で全く松村北斗には似ていないし、むしろ高校生としては色っぽ過ぎるくらいの表情で、抜け殻感の強い29歳の貴樹より大人に見えるくらい。それは森七菜さんが恋するJKそのものだったこととの対比からかもしれないけれど。ここにない何か、を見ている18歳の貴樹の存在に説得力あってこその、29歳の貴樹であるだろうから青木さんと奥山監督すごいなと改めて。
そして、実は最も書きたかったことの一つが森七菜さんのことであった。「フロントライン」「ファーストキス」「国宝」、そして本作と、2025年の話題作どの作品にも出ていて主人公に影響を与える役や影響されて変わる重要な役を演じている。それだけで凄まじいことではあるけれど、個人的には本作の澄田花苗が最も素晴らしいと思った。どう表現したらよいのかわからないのだけれど、澄田花苗の、あの時期の女子のもつ溌溂さと内向と切実さと失意と、そういった感情が全て内包されていて「自ずとわかる」のである。森さんが今年演技で賞をうけるのであれば、個人的にはこの役でであって欲しい
白山乃愛さんはもう、360°どこから見ても紛う方なき由緒正しき美少女。上田さん・貴樹の”切実さ”は初演技という彼自身の状況も若干加味されたものだったかもしれないけれど、白山さん演じる明里の”真摯さ”にはプロをみた。プロフィールから本作の撮影時にはドラマ撮影を数回経験されたところだったと推測するけれど、年齢らしい新鮮な美しさに既に大女優の風格すら漂わせている感。さすが東宝シンデレラ。美し過ぎて、ねたまれるのでなければ転校生であっても地味でクラスで仲間外れになる存在とは思えないと思っちゃうけれど(笑)
その白山さんから一足飛びに高畑さんの明里になると、迷いのない、菩薩のような雰囲気すら。原作は敢えて未見なので明里の扱いが若干異なることしか知らないけれど、悩み、惑い続ける貴樹に比べてのこの達観は女性よな、というより高畑さんのもつ要素を反映しているようにも思った。というのもこれまでドラマや映画で拝見する高畑さんからは超越した母性みたいな感じを受ける事が多かったのである。その後のバラエティ番組ご出演の際や2度の舞台挨拶での言動から、さらに菩薩感、達観した感が増していて(笑)。あの、けたけたとあっけらかんとした笑い方と、目の前にはおらずとも確実に自分の土台になっている存在を思い起こす仕草の繊細さ、思い起こしつつ現実的でもあるところ、全部が同じ人間の中から普通に混在して表出されているのがすごい。ただ、明里の夫となった人には何となく同情してしまう。そんな深い強い同年齢の異性の存在を、心中だけのこととはいえ受け入れ難いのではないだろうか。
奥山監督の手になる映像は間違いなく美しいし、松村北斗の「たこ焼き」のあの表情を撮って残して下さったのだけでも大感謝。演技経験の浅い白山さんと上田さんが様々な点で期待以上に素晴らしく(実は自分が泣けてきそうになったのは幼少期パートであった)、二人の幼き真摯さがあってこその青年期の貴樹だから、本作では松村北斗が絶賛されがちだけれど(演技の萌芽期の「ぴんとこな」「TAKE FIVE」辺りから出演作を観てきて、推しとして9年来応援してきた身としては涙が出る程嬉しいことではある)、白山さんと上田さんの才能と努力、そしてそれを引き出し得た奥山監督あってこその作品だと思うのだ。
そしてこの座組を支える方々。実は日本国民みんな大好き宮﨑あおいさんと吉岡秀隆さん。このお二人を私は苦手だったのである。たいした理由はない。今回も配役が明かされていく過程で少々それを思ったことは否定しない。しかし、自分の苦手が一作品で覆ることの嬉しきことよ。岡部たかしさんは「エルピス」や「虎に翼」「新宿野戦病院」「ばけばけ」での一癖ある役の印象が強いけれど、今回のような役の普通の市井の人の温かみもあるのですね。
強いて言えば、堀内敬子さんと戸塚君!もう少し出ていて欲しかった。短時間にピリッと薬味利かせる職人芸みたいでかっこよいとは思うけれど(笑)
ほんのり切ない
松村北斗って映画でした。ピッタリだな。
途中、森七菜が出てきてあかりとごっちゃになった。
彼女の登場はなんだったんだろうか。必要だったのか。
ストレートにあかりと職場の彼女だけの方が良かった。
最後、プラネタリウム ニアミス。
踏切 切ない
会えて欲しかったなー。
あかりはもう彼のことは好きじゃなかったのかな。
松村くんは今も思っていたのかな。
アニメ版と較べてしまう
アニメ版から入っているのでどうしても較べてしまうのですが・・・。
・社会人になってからの貴樹と明里のニアミスが多すぎ
理紗とのデートで貴樹が寄った書店で明里が働いていたり、花苗の姉と明里が仕事で繋がっていて、偶然再会した貴樹を明里に紹介しようとしたり、またプラネタリウムのシーンなど「会えそうで会えない」シチュエーションを重ねた意味が不明です。最後の踏切の場面のみで十分と思います。
・なぜ貴樹と明里は文通を止めてしまったのか
アニメ版ではその理由は分からず、もしかして実写版では説明あるかと思いましたが結局明らかにならず・・・普通に考えると面倒になったり新しい恋人が出来たりしたからだと思いますが、特に貴樹はあんなにこじらせるぐらいなら、頑張って繋がっていた方が良かったのではと思いました。
うんうん
アニメ版とは時系列を変えて大人部分を長くした感じですかね。
まぁ新海さんがOKならそれは良しとしましょう。
個人的にはアニメ版の小→中→高→大人の流れが主人公貴樹の心の成長と停滞を見事に表していて良かったなと思いましたが、全く同じに作っても意味がないということでしょう。
この映画の中では印象的な言葉がいくつも出てくるが、今回見て特に印象に残ったのは中学生の時に岩舟駅で会い翌日電車を見送る時に明里が言った「貴樹くんはこの先も大丈夫だと思う、絶対」と言う言葉だった。
アニメ版でも同じセリフがあったと思うがその時はその重要性に気付かなかった。
これって別れの言葉だったのですね。貴樹は「手紙書くから!」と未来を信じていたが明里は既にこの時にこれが最後になると悟っていたとは。。
気付かなかったのは不覚でした。
貴樹はその後も明里のことが心から抜けず恋愛にも消極的で覇気のない青年になっていく。
明里のその後の学生生活はどうだったのだろう。
同じような葛藤はあったと思うが貴樹ほどではなかったと想像される。
このあたりが男性と女性の違いなのかな。
男はどこまでもウジウジした生き物だ。
今回は実写化して十分意味のある作品だと思う。
各キャストの演技も申し分ないと思った。
特に小中の明里を演じた白山さんはやばいですね。
この歳で妙な色気があるというか。。大物になりそう。
納得いく結末
アニメを見た人がほとんどだと思うのですが、さすがにアニメと同じ構成では芸がなさすぎるので、アニメでの3話目を主軸に記憶をたどっていく感じの構成にしたのはよかったと思います。プラネタリウムや科学館など実写版だけのオリジナル要素もまぁ良かったと思いますが、唯一大人の明里が一般人になりすぎた感がいただけないかなと思いました。やっぱり貴樹が未練たらたら思い続けるに足る感じが欲しかったです。子供の明里は可愛かったのに、大人になって急に普通になって書店員っていうのも、現実感溢れすぎてアニメのファンタジーっぽい感じがなくなってしまった感がありますね。
とは言っても、アニメを見た側としてはラストが結局会えるのかすれ違うのかというところが肝なわけで、この実写版では貴樹と明里のニアミスを作りまくってこれは会ってハッピーエンドなのかな?と思わせる部分は上手かったと思います。それで最後はまさかの踏切のシーン、、、このシーンが特に2台目の電車が入ってくるタイミングや貴樹の動きがアニメ版そのまま再現していて個人的には感動しました。
アニメ版は説明が足りな過ぎて、踏切でのすれ違いエンドがトラウマのようになっていましたが、この実写版はしっかりとエピソードや心理描写を積み重ねていって、すれ違う2人の心情もよく理解でき納得のいくすれ違いだったと思います。アニメ版の貴樹はコイツ大丈夫なんか感が出ていましたが、実写版貴樹はこれからも大丈夫感が出ていましたので、安心して映画を見終えることができました。
ということで、アニメを見ていない人がこれを見てどう思うのかは分かりませんが、少なくともアニメを見て多少なりともトラウマを植え付けられた人のことは救ってくれた映画だと思います。
アニメ版はどことなく人の心が欠けた冷たさがありましたが、実写版はしっかりと人間の温かみを感じるちゃんとした大人の映画だったと思います。
まぁ、と言ってもせっかくなので2人で会ってハッピーエンドでも良かったかなと思うので、星4.5にさせていただきました。
後は雑感なのですが、
種子島編の花苗はいかにも高校生って感じだったので子役だと思ってたら、森七菜でびっくりしました。自分は森七菜と言えばこの恋あたためますかの印象が強いので、まったくの別人に見えましたね。
子役と大人役、顔とか雰囲気とか似てる人をよく探してきたなって感じで感心しました。
映像も昔のシーンとかはオールドレンズで撮ったかのような色使いやフレアが良かったですね。アニメを再現したシーンもいくつもあって楽しめました。
原作アニメとは違う痛みを感じた
原作アニメの尺を約2倍にした実写版映画。どこをどのように変えているのだろうという興味があった。
一方で、原作で感じたセンチメンタルさやナイーブさという印象が、柔らかさのあるアニメ画像ではなく、実写で表現されることで、生々しく、現実味のある痛みを感じる重い作品になっているのではないか?という先入観もあった。だから、若干観るのを躊躇した。
鑑賞してみると、自分の先入観は当たっていた部分があったように思う。アニメ版はどこかファンタジー世界を見ている感があり、そこまで登場人物達の痛みを感じることはなかった。しかし、実写版からは、主人公の貴樹(松村北斗)、明里(高畑充希)、花苗(森七菜)、理紗(木竜麻生)の抱えるそれぞれの痛みを感じた。生身の人間が演じるということは、やはりこういうことなのか、という再発見でもあった。
実写版は、原作アニメの重要な要素をしっかりと取り入れながら、社会人時代の話をより膨らませた内容となっており、原作に登場しない人物、登場場面が限られていた人物にも重要な役割を持たせていた。
プラネタリウム館長の吉岡秀隆は貴樹と明里を間接的に繋ぐ役割として。
元教師で花苗の姉美鳥役の宮﨑あおいは、貴樹と明里のよき先輩、理解者として。
オーストラリアに旅立つ明里との別れ際に美鳥が放った「気持ちはそのとき言葉で伝えないといけない(と妹が言っていた)」という言葉が印象に残った。
お互いに気持ちを言葉で伝えなかった貴樹と明里へのメッセージとして挿入されたシーンだろう。約束の場所に行き、現実を受け入れざるを得なくなった貴樹が、別れた理紗に会い、伝えられなかったことを伝えたシーンとの繋がりを感じた。
原作アニメと同様、空、光、電車という新海作品でよく登場する要素が美しく撮られていて、映像監督・写真家としての奥山監督のセンスの良さが感じられた。ミラー越しに人物を写すカットにも何かこだわりを感じた。
どの俳優も演技は素晴らしかったが、明里の小中学生時代を演じた白山乃愛のピュアさには釘付けになった。花苗を演じた森七菜は高校生役なのにもの凄くハマっていて驚き。
松村北斗は、「夜明けのすべて」を思い出した(プラネタリウムという共通点もあり)が、抑制した演技が非常に上手いと思った。
岡部たかし、又吉直樹も好印象(本好きの又吉にはピッタリの役柄だったと思う)。
男性のセンチメンタルさやナイーブさだけでなく、本作には女性側の視点も入っており、生きて行くうえで避けて通れない理不尽、ままならなさ、痛みのようなものを感じるものの、前向きな希望も感じられる作品になっていた。
登場人物と同じような経験をしたことがなくとも、どこかに、誰かに自分と重なる思いを感じることができる作品と言えるのではないだろうか。
アニメの実写化が非常に上手くいった作品だと思う。
なんだか哀しい…
花びらが散る速さを『秒速5センチメートル』と表現したところがとてもステキだと思ったので観ることにしたのですが…
あまりにも哀しいお話でした。
映像もキレイだし、登場人物もキレイだし、時系列が行ったり来たりするところは『新海ワールド』全開なので騙されそうになるのですが、平たく言うと『いつまでも子供の頃の初恋を忘れられずにいて10年以上も前に進めずにいた男と、昔のことはとっとと忘れてとっくに自分の幸せを掴んでいた女の話』なのではないかなぁと。
それをここまで美しい話に仕立て上げられる新海誠という方は、やはり只者ではないなぁと。
ずっと前に進めずにいたことによって人間関係も上手に形成出来ずに生きてきた主人公だったけど、転職したことによって理想の職場と上司に巡り会えたことで、前に進めるようになればいいなぁと、新しい幸せを掴んでほしいなぁと、願わずにはいられません。
主人公・遠野貴樹の転職先を紹介してくれた職場の上司を演じられた岡部たかしさんもステキでしたし、転職先の上司を演じられた吉岡秀隆さんもステキでした。
もちろん主演の松村北斗さんも、初恋相手の高畑充希さんも、学校の担任の先生役の宮﨑あおいさんも、あおいさんの妹役の森七菜さんも、皆さん本当に本当に素晴らしくて…
“オチ”だけが残念でした(笑)
山崎まさよしさんの『One more time one more chance』が、また余計に哀愁を誘うんだなぁ…
まさにあの歌詞の内容と同じなのではないかと。
哀しいお話…(涙)
明里の旦那が又吉じゃなくてよかった
森七菜と松村北斗が主演のライアー×ライアーがすっごい好きだったので期待してましたが残念ながらツーショットはなし
それはいいんですけどさっぱり面白くない
自分と同じ陰キャなのにまったく共感できないイケメンだからかな
周りが雑談で盛り上がっててもいいじゃないか
二人がすれ違ってばかりでイライラMAXです
なぜ出会わないの?0.0003%だからか
人生なんて0.0003%の積み重ねでしょう
このクソレビューを読まされる確率だってそんなもんでしょ
宇宙に持って行きたい言葉どこまで引っ張るんだよ
気になってイライラするわ
結局見損なったよ
何度も帰りたくなるのも我慢して最後まで見ましたが待っていたのはクソみたいなラスト
せっかくエンカウントしてるのに逃げられんなよ
スタート時から何か変わりました
仕事辞めて30歳になって顔つき変わったくらいですよね
お金と時間無駄にしました
今年同じ気分になったやつを星一つにしたのでこれも星一つです
10/14 追加
評価が高いので念のためもう一回見ました
面白くないので宇宙に残したい言葉でそれっぽいのがないか探しながら見てました
桜の木の下の約束
あの感じじゃ女の子は来ないよね行かないって言ってるようなもんやし
プラネタリウムの解説するくらい立派になってるしね
残したい言葉は結局分からないんですね
それが気になって見たんですけど
レイトショーだから無料券もったいないんでお金払ったんですけど
ほんとどこまでも人をコケにしてくれるなあ
もういいよもういい忘れよう
どうせバーカモームリ滅亡この辺でしょ
人が出会う確率0.0003%って言葉に強烈な不安があったが
人と人との間に存在する時間、距離、速さの違い
これを丁寧に描いた作品がありました。
そう、アニメ版「秒速5センチメートル」です!
そして、それが実写化されるとのこと!!
意気揚々と予告編を見てみたところ、、
「0.0003%なの知ってた?人と人が出会う確率」
えっ?何言ってるの??
出会えた奇跡、ミラクル
明日今日よりも好きに〜みたいな展開が待ってるの?
そんな茫漠とした不安がどうしようもなく横たわってしまったんですけど、、!
しかし!不安は完璧に拭われたと言っていいでしょう!!いやーほんと最高でした
人と人が出合う確率0.003%
それは人と人とが再び巡り会うことができない、物理的ではない「距離」のように存在していました!!
原作のテーマを引き継いでおり、追加シーンで補完するような素晴らしいものでした。
おすすめです!!
「会いたい人には会えるものだ」の先。
原作アニメ好き。楽しみにして鑑賞。
予告映像のとおり本当に映像がきれい。
子役の2人の掛け合いの尊さに泣けた。
森七菜さんの瑞々しさだけでも泣ける。
原作アニメにないシーンの追加には違和感なし。尺を増やすためだけでなく、実写映画としての深みが増している感。
宮崎あおいさんのセリフにあった「会いたい人には会えるものだ」が、ストーリーのメインストリームになったか。
人生の同じ時期に「日常」となる価値観を共有できた者たちはその後もニアミスできるような近い場所に存在し続けられる、というストーリーには、希望をもらえる。
でも、会えたパターンの作品として「君の名は。」があるのだから、やはり「秒速」では会えないんだよな、と納得もできた。
惜しい、アニメ版を超えることもできたのに!
アニメ版のほうはすごく感動して聖地巡礼で岩舟駅まで行ったほど思い入れのある映画だった。
第1話「桜花抄」の雪の日、ストーブのある岩舟駅で2人が再開するクライマックスシーンがこの実写版には出てこなかったのでちょっとがっかりした。
ところが何と中盤になって出てきた。この演出はなかなかうまいと思った。
運命の日に岩船駅に行こうとする遠野貴樹。これはアニメ版の方にはない展開だったので大いに期待が膨らんだ。
夜の7時に彼女は岩舟駅で待っていると思った。
駅にはいなかった、でも桜の木の前にはいるかもしれない。
桜の木の前にもいなかった。
でも目を閉じて7時になって目を開けたら彼女が桜の木の後ろから顔を出すような気がしていた。
そうなっていたら、アニメ版以上の感動を覚えて涙ぐんでいたと思う。もちろん満点の評価を与えていた。
結局彼女は来ていなかった。なんてもったいない展開にしてしまった脚本なのだろう。そもそもアニメ版とはかなりの部分で違っているので、ハッピーエンドにしてしまってもよかったのではないか。
うん、いい感じ!
まずは篠原明里ちゃん(白山乃愛さん)のピュアな可愛さにドキュンでした。(オジさんが気持ち悪い⁈)
遅れてやっと駅に着いた貴樹(上田悠斗くん)の袖を掴んで涙ぐむ姿に、クラスの可愛いマドンナに憧れて何とか会話しようと頑張ってた半世紀前のいにしえを思い出してしまいます。当時は僕もピュアだったな、なんて!
澄田花苗(森七菜さん、まだまだ高校生いけますね。)のやるせない乙女心も彼女のこれまで役どころで一番泣かせてくれました。
水野理紗(木竜麻生さん)も、 付き合っている頃は1センチくらいしか近づけなかった貴樹に再会時は心持ちとして接近できたことは、確かに遅すぎた感はありますがよかった展開でしたよね。(実際にありそうなカップルなんでは?)
小川館長(吉岡秀隆さん)、とても重要な役どころでした。原作には出てこない役割りですがこの作品の最重要案内人かもしれません。またこの職場を紹介してくれた先輩、岡部たかしさんも最近とみにご活躍です!ドラマでは松たか子さんのおじさんだったのにCMでは夫婦になったりとお忙しい様子で注目です。
あと原作の各エピソードがどう繋がるのかアニメを観た時にはうまく繋げられなかなったのがこの作品を通して種明かし的に伏線回収できた感じで貴樹の先生であり花苗のお姉さんでもある宮崎あおいさんの位置付けはとても感慨深いものがありました。新海誠監督の原作でもそうなってたんでしょうか?そうでないとしたら奥山監督、あるいは脚本家の鈴木史子さん凄いです。
主人公 遠野貴樹(松村北斗さん)は最近安定の演技でプラネタリウムで館長に語りかけながら感極まるところはこちらまで極まってしまいました。なかなかコミュニケーション的には難あり(幼少期はそうでもなかった気がしますが)の彼がどうしてそうなってしまったか、これからどう成長していくかが気になるエンディングでした。
最後は『君の名は』してました!
アニメ版を予習してから観た方がいい気がします。(観てないと中だるみしそうで)
アニメそのものを実写化したものと思うと若干違和感あるかと思いますが、新たな展開と解釈を加えた作りで少し前の時代設定ではありますが現在にも通じる心洗われるいい作品だったと思います。
余談
松村北斗さん
若き日のあんちゃん(江口洋介さん)を彷彿とさせる雰囲気でいい感じです。
追伸
高畑充希さんのこと書き忘れました。ま、いいか!
時の流れ
原作未読。北斗ファンなので観に行きました。
満開の桜、夜空の流れ星、種子島のロケットと、綺麗な映像が多いです。一方で、子どもの頃の初恋が中1の冬で終わり、その後、何故、心閉ざす男になったのか分からなかった。転校が多いから、誰にも心を開かない癖が染み付いたのか。自分に失恋した女子高生の涙が嫌だったのか。色んな数値cmや%や日付が出てきますが、忘れても問題有りません。子どもの頃に約束した日に、大人の貴樹が行きますが、勿論明里は来ません。中1の冬、何時間も駅でお弁当を用意して待っていた彼女ではなくなっている。時の流れと共に人は変わる。それを実感した男の話に感じました。
【”昔、出会った大切なものは、想い出ではなく日常。”今作は、同名オリジナルアニメーションの掌編3話をほぼ忠実に描きながら、センスあるアレンジメントを施した見事な実写化作品である。】
ー ご存じの通り、今作は2007年に公開された新海誠監督の短編(63M)アニメーション映画の実写化作品である。
間延びしていないだろうか、という懸念を抱えつつ、映画館へ。
結論から言うと、間延びどころか、あっと言う間の2時間であり、且つ随所で沁みるシーン多数の作品であった。-
■粗筋
1991年春。東京の小学校で出会った貴樹(長じてからは、松村北斗)と転校して来た明里(長じてからは、高畑充希)は隣同士の席になり、貴樹が”僕も転校生だった。”とノートに書き明里に優しく接した事で、二人は急速に仲良くなる。
卒業後に離れ離れになるが、二人はガラケーでメールのやり取りを続けており、中学生になった時に、貴樹は栃木に引っ越した明里に雪の中会いに行き、桜の木の下で抱擁した後に18年後に会おうと約束を交わす。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・冒頭、貴樹はプログラマーとして働いているが、余り周囲と交わろうとしない。同じ職場に恋人、水野(木竜麻生)が居たが、彼女の家に行っても一緒にTVを見たりするだけで、進展はしない。貴樹の眼は水野を見ていないように見えるのである。そして、貴樹は会社を辞めるのである。
明里に”大人になった時に、キチンとした人になっているかな・・。”と言っていたのに。
・次に、貴樹が高校時代を過ごした種子島のシーン。同級生の花苗(森七菜)は彼の事が好きで、”Radio Head"のファーストアルバム”Pablo Honny"を借りている。ここでバックで流れるのは”アルバム内の”Thinking About You"なのである。
更にカラオケに誘い、姉が好きな映画「月とキャベツ」のメインテーマである山崎まさよしの”One more time ,One More chance"を流すが、進展はない。花苗は”彼は、私を見ていない・・。”と言って涙するのである。
・貴樹は、先輩の紹介でプラネタリウムの或る天文研究所でプログラマーとして働き始める。そこに書店で働いている明里が、配達漏れがあった本を雪の中、運んできて館長(吉岡秀隆)の誘いもあり、貴樹がナレーションするプラネタリウムで夜空を眺めた後に、雪降る風景を見ていた小学生達に”雪って、秒速5センチメートルで落ちるんだって。”と且つて貴樹に言っていた言葉を掛けてその場を去るのである。
貴樹は、小学生達からその言葉を聞いて、外に駆け出すが明里はいない。
・貴樹は明里と約束した29歳の時の3月26日に、且つて抱き合った栃木の小さな駅の近くにある桜の木に出掛けるが、そこに明里は来ない。
ー だが、彼は且つて、明里が良く言っていた”貴樹君は大丈夫だよ。”という言葉を思い出すのである。
そして、久しぶりに水野と出会い、彼女から借りていた折り畳み傘を返してから彼女の好きだった多くの点を初めて口にするのである。水野は嬉しそうに聞いていたが、”遅いんだよ。”と言いその場を去るのである。
貴樹は何かが吹っ切れたかのように歩いている。
そして、ある桜舞う踏切で明里と擦れ違うが、二人は相手に気が付かない。が、少しだけ振り返った二人の前を列車が通り過ぎ、貴樹だけがそのまま線路の向こうを見ると、明里はもういないのである。ー
<今作は、オリジナルアニメーションの掌編3話をほぼ忠実に描きながら、センスあるアレンジメントを施した見事な実写化作品なのである。>
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<以下、オリジナルアニメーション「秒速5センチメートル」の拙レビューです。>
第1話「桜花抄」
小学6年生だった貴樹と明里の仄かなお互いへの恋心。
そして、中学生になった貴樹が、栃木に引っ越しした明里を、雪が降る中訪ねて行く心の不安と、久しぶりに再会した二人の雪が舞う中の接吻と、朝日が差し込む中での二人の姿が、二人の未来を暗示するようなシーンが印象的。
第2話「コスモナウト」
貴樹も中学の半ばで東京から引越し、遠く離れた鹿児島で高校生生活を送っていた。
同級生の花苗は、中学生のころから貴樹をずっと思い続けていたが、彼の心は別のところにあると知っていた・・。
ー 花苗自身の心中を自ら語るモノローグの言葉が、切ない・・。-
種子島から発射されたロケットが、”二人のそれぞれの将来に祝福あれ・・”と言うことを暗示していたシーンが印象的。ー
第3話「秒速5センチメートル」)
社会人になり、東京で働く貴樹。だが、明里の事が忘れられず、付き合っていた理沙から”心が私に向かっていない‥””と指摘され、別れ、やがて会社も辞める。
だが、春が訪れると、貴樹は昔から歩きなれた道の踏切で"ある女性"とすれ違い・・。
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■男は、いつまでも初恋を忘れられずに、女は逞しく今を生きるのである・・。
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