劇場公開日 2025年10月10日

「天文手帳、久しぶりに買ってみようかな、と思った」秒速5センチメートル ぽんすけさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 天文手帳、久しぶりに買ってみようかな、と思った

2025年12月4日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

踏切シーンや岩舟駅を忠実に再現しているし、種子島のコンビニや高校でもロケをしていて、ファンはそれだけでもニッコリ。机には原作と同じ技術書「マスタリングTCP/IP」が積んである

貴樹が種子島で煙草を吸っているのは、もう一冊の小説版「秒速5センチメートル one more side」に由来する。こちらの小説では原作と反対側の視点で語られ、美鳥先生との関わりも濃く描かれている。花苗は本作一番にまぶしく映っているのに、あくまですみっコぐらしで、愛犬カブも出てこない

花苗からの好意を心地よい距離へ遠ざけたり近づけたりする貴樹のズルさが原作以上に目立つ。(あとで理沙がグサリと言って、花苗の無念を晴らす。)飲み物で迷ったり、「時速5km」と言ったり、ロケット打ち上げを見たり(明理とは火球を見た)と、昔の恋人の残像がどうしてもちらついて、目の前の花苗に焦点が合わなくなっている

改変も違和感がない。原作の小学生時代は「カンブリア紀」とハモっていたが、本作では天文の話に変更されて、物語の背骨になっている。館長が「月まで歩いて11年」とラジオで言ったが、これは11歳で出会った2人のことを言っているし、他にも月があちこちに登場する。結局、どっちが月でどっちが太陽なのか。隣の席が空いていたみたいだし、明理が転校する前の貴樹も暗い子だったのだろう。似た者同士の小学生だったのに、なんで貴樹は30歳手前になっても貴樹のままで、明里は大人の女性に見えるのか(多分、新海誠が作ったから)。

文句をつけるとしたら「来年もまた桜見れるといいね」が冒頭ではないので、その焦らしが憎たらしい。回想シーンを挟まなかったので、岩舟駅まですぐ着いたような感覚で、原作より焦らしが足りない(その分、大人貴樹があっさり岩舟に行けるシーンとの対比が明瞭になる)。又吉直樹がハマリ役で面白すぎて初見では視線が吸い込まれる。でもトータルでは監督への感謝がボコボコ湧いてくる

全然関係ないが、男女別々の視点で書かれた「冷静と情熱の間」という2冊の小説がある。こちらは30歳の誕生日にイタリアで待ち合わせする壮大な約束の話で、「思い出は過去、約束は未来」という台詞がある。明里との約束が過去になって、登場人物の思いがリレーのように繋がる。この物語のあと、貴樹もきっと少しずつ変わっていく。劇場が明るくなった時、原作とはちがった不思議な感覚で、そっと背中を撫でられたような気持ちになった。自分だったら付箋に何を書くか、しばらく考え続けたい

ぽんすけ