「98点 / ★4.8」秒速5センチメートル 映画感想ドリーチャンネルさんの映画レビュー(感想・評価)
98点 / ★4.8
『無いはずの記憶』
記憶にないはずなのに、胸の奥から込み上げる熱が、頬を伝って零れる。
息が詰まり、胸を締め付けられたように痛む。
自分のものではないはずの記憶を、振り返ったような不思議な感覚。
何故こんなにも切なく心を震わせるのだろう。
新海誠作品に共通して流れるのは、遠い夏の匂い、夕暮れの光、そしてもう二度と戻らない時間の煌めき。
映像と音楽が溶け合い、純粋だったあの頃の自分を静かに呼び覚ます。
観るたびに、無垢だったあの頃と、今を生きる現実の対比で胸の奥が痛む。
本作は、新海誠のアニメ映画『秒速5センチメートル』を実写で蘇らせた一作。
アニメの実写化と聞けば、多くのファンが顔を曇らせるのは当然。
名作ジブリ『魔女の宅急便』や『耳をすませば』のように、原作を汚すことを危惧されることもある。
しかしこの作品は、そうした不安を乗り越えていく。
物語は、現在の彼から始まる。
タイトルが映し出されるまでの3分の映像で心の全てを奪われた。
映像の美しさ、表現の豊かさ、こだわり抜かれた細やかさ、編集の巧みさ、たった数分の間に全てが凝縮されたディレクションに確信を得た。
現在と過去を交差しながら紡がれる記憶。
東京の小学校で出会った少年と少女。
転校生同士という孤独が、静かな共鳴を生み、やがて絆となる。
互いの瞳に映る世界は、子どもながらにかけがえのない宝石のように輝いていた。
だが再び訪れる転校が、二人を遠く引き離してしまう。
中学生になった二人を繋ぐのは、細い糸のような手紙。高校生になりいつしか連絡は途絶え始める。
種子島の陽光と海、栃木の雪と桜。
季節が巡るたび、あの時の二人の想いは儚く遠ざかっていく。
やがて社会人になり、いつしか現実に追われ君のことも朧気になり30歳を迎えようとする。
忘れかけていた懐かしいあの時の想い、約束の日、もう一度君に会いたい、奇跡がもし起こるなら。
原作の63分という繊細な短編を、121分の長編として再構築した今作。
新たなエピソードと対話が、物語に深い息吹を吹き込んでいる。
特に印象的なのは、退職後の主人公が、元上司の依頼でプラネタリウムの仕事に携わる場面。
プラネタリウムのプログラミングの中に、かつての想い人への軌道を重ねる。
その瞬間、天文学という果てしないロマンが、二人の繋がりと別れを深く表現する。
過去に囚われた彼を演じる松村北斗の微細な感情。明るくも切なさを背負った花苗を好演した森七菜。物語の核となる幼少期を支えた子役たち。彼らを取り巻く元上司を演じた岡部たかし、館長の吉岡秀隆、恩師の宮崎あおいの新たな役割、元カノの木竜麻生の存在も光る。
天文学、プラネタリウム、ゴールデンレコード、人工衛星、現在の彼女との別れと再会、恩師の新たな役割など新たに付け加えられた設定が活きている。
「人生で五万語を覚えるなら、最後に残したい一言は何か」
「三十歳の道のりは、地球一周分の距離だ」
「彼女はきっと、いつも空を見上げて生きてきた」
追加されたセリフたちが、花びらのように散りばめられ、原作には無かった新たな余韻を残す。
そして、別れ際に彼女から受け取った「大丈夫」という一言が、過去の痛みを包み込み、彼の未来を照らす灯火として再び輝く。
98点 / ★4.8
あれほど強く願った想いも、どうしようもないほど真剣で切実だった感情も、二度と離さないと想った決意も、
大人になるにつれて少しずつ風に溶けていく。
切なくもほろ苦い美しい記憶は、思い出ではなく『今』という日常を創る宝物。
「彼に会いに行かなかったのは、前を向いて生きて欲しいから」
大丈夫。きっと大丈夫。
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