「偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃。 メッセージ云々以前に、主人公を甘やかしすぎじゃない?」ナイトビッチ たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃。 メッセージ云々以前に、主人公を甘やかしすぎじゃない?
専業主婦となった元アーティストの女性が、育児ノイローゼから奇妙な妄想に囚われてしまう様を描いたブラック・コメディ。
主人公である「母親」を演じるのは『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』や『魔法にかけられて』シリーズの、名優エイミー・アダムス。本作の製作も手掛けている。
日本人なら中島敦の「山月記」(1942)を思い出す内容。「山月記」同様、本作でも主人公の芸術家ならではの苦悩が描かれているが、そのせいでテーマが少しブレてしまっているのが気になる。彼女の狂気が育児ノイローゼから来たものか、それとも芸術家としての自分が死んでゆくことへの焦りから来たものなのか、どっちつかずになってしまっているのである。
この映画はフェミニズムをテーマとして押し出しているのだから、いっそのこと「芸術家」というファクターは捨ててしまった方が飲み込みやすい作品になったのではないだろうか。
「家事や育児に参加しない夫への苛立ち」や「ひとりで子供を育てることの苦労」はわかる。「母になる=キャリアを絶たれるという理不尽さに対する怒り」もわかる。ただ、中世ならいざ知らずこの現代においては「結婚」も「出産」も自分の意思と選択で行うことであり、「芸術家としてのキャリアが〜」とか「夫がムカつく💢」とか「育児辛すぎ〜😭」とか言われても、「全部自分が選んだ結果やんけ!そんなもんこっちの知ったこっちゃないわい!!」としか思わないんですけど…。
この映画の問題点は生活の臭いが全然しないこと。労働者としての夫の描写はほぼ「サザエさん」レベルであり、何をしている人なのかさっぱりわからない。
そのくせ、生活はかなりハイソ。良い家に住んでいるし、別居中の夫の住まいも一瞥したところそれほど悪くなさそうである。さらに、芸術家として復活した主人公はめちゃくちゃ広いスペースを貸切って個展を開いている。一体彼らの潤沢な資金はどこから出てきているのだろうか?
今の世の中には戦争で住まいを奪われた人が大勢いるし、そうじゃなくても庶民は物価の高騰で生活もままならない。そんな中、金持ち夫婦の悩みなんて描いてどうしようというのか。勝手にやってろバカ!!
「母親の苦悩」を描きたいのであれば、まずは生活をしっかりと描かなければならない。生活の実感がないところには、また「母」も存在しないからである。ハリウッドのリッチな方々は知らないかもしれないが、日々の営みにはお金が掛かるのですよ。
主演のエイミー・アダムスはダルダルになった肉体を惜しげもなく曝け出している。『魔法にかけられて』(2007)の可憐な姿が嘘のような、見事な中年オババであります。
彼女の演技に不満はないが、彼女がこの主人公に相応しいかは疑問である。だってこの時のアダムスの実年齢は50歳くらいでしょう?2歳の息子がいる母親を演じるには、ぶっちゃけとうが立ち過ぎてる。彼女がプロデューサーも務めているのだからこの人選は自らの意思なのだろうが、普通に考えてもっと若い役者を起用するべきだったと思う。
主人公が犬人間として覚醒して、あの鼻につく芸術家仲間たちを血祭りにあげていれば評価も出来たが、結局はすかしっぺ。甘えたことを言ってる主人公を甘やかすだけ甘やかした結果、なんとなく丸く収まるという全く見どころのない作品だった。正直この甘さは不愉快ですらある。
猫を殺した人間が幸せになるなんて許されるのか…。最後はどこからともなく現れた猫人間に主人公が惨殺されるという展開なら溜飲も下がったのに。残念っ!!
