名もなき者 A COMPLETE UNKNOWNのレビュー・感想・評価
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音楽が、恋が、生まれる、死ぬ瞬間が詰め込まれている
ティモシー・シャラメが斜めの目線で世の中を見る。
さっき生まれた詩コード進行メロディが身体から溢れ出る瞬間、そこに他の誰かの声ギターの音オルガンの音が重ねられる瞬間、まさに音楽が生まれた瞬間を何度も何度も観ることができる。
そしてこの映画の素晴らしいところは、そんなマジカルな瞬間がたくさんあるだけでなく、それが終わる瞬間も描写してしまっているところだ。
それらを一人の男が抱え込み音楽に昇華するまでを描いている。
こんな映画、これから先また新しく観られるだろうか。
140分間終わらないでくれと思い続けた映画でした。
画も歌も最高です。ありがとう…👏✨
ほぼ音源でしか知らないボブ・ディランさん
なので、喋り方もそんなだったの?とか
あんなに表情出さない若者だったの?とか
そして、本当に嘘つきだったの?とか…
分からないけど、
あんな風な歌詞がツラツラと出てくるなんて凄いよなぁ
余談ですが、
私の推しのシンガーソングライター石崎ひゅーいさんは
親の影響でボブ・ディランを幼少の頃から聴いてたそう。
彼の書く詩も、やはり普通の言葉では無い表現が多いです。
でも、訴えたい事は人の心にちゃんと届くんだ!
毎回ライブで号泣してしまいます💦
世の中やる人も聴く人も変わってくから
フォークでもロックでも良いんだよ!!
だって60年たった今でも耳心地よい歌ばかりですよ。
言うまでもなくティモシーシャラメとエルファニングとても良かったー
切ないラブストーリーと音楽映画
両方観た感じ。しかもボブの歌真似上手すぎ👏
応援上映あったら絶対行きたい‼️
140分なのに全然もっと観てたかったわ
また明日も行こうかな🎶
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行って良かったー
ピートの教育番組で登場したブルースおじさん
あの人最高!!
トリプルギターでセッションしたのチョーかっけー!
ボブが野次飛ばされながらしてる演奏を
ステージサイドで結構ノリノリで聞いてたのも良いよね〜
ティモシー・シャラメがボブ・ディランしか見えなかった!
ティモシー・シャラメの演技が凄く良かった。彼は『君の名前で僕を呼んで』や『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』でピアノやピアノのの弾き語りを披露していたのでビアノは得意なのだろうと思っていたがギターはこの映画の為に練習した初心者だった。しかし見事にやりとげた。素晴らしい!
元々の声の質が全然違うのにかなり似せていたのにも驚いた。声だけでなく表情、仕草、顔の傾け具合まで研究しつくされた演技は見事だった。映画の最中はティモシー・シャラメではなくボブ・ディランにしか見えなかった。冷静になって良く聞くと実際のボブ・ディランの声とはかなり違うにも関わらずボブ・ディランにしか見えなかったのだ。恐れ入りました。ティモシー・シャラメ恐るべし。素晴らしい才能の演技者です。主演男優賞あげて欲しかったなあ。
巧過ぎる
休日にいつもの映画館で
会員価格1,500円と駐車場代は300円と
何だか最近多い音楽伝記ものだが
ボブディランとあっては観るしかない
ティモシーシャラメって初めてかも
若いのにすごい役者だ 巧い 巧過ぎる
すごく練習したんだろうなぁ
ジョーバエズとの部屋でのコーラスとか
エドワードノートンとのセッションも最高
あと黒人も混じった生テレビでの即興も超クール
エドワードノートンは好きな役者 知的だ
最初気づかなかった 鼻の形を変えていたような
裁判のくだりはよく分からなかった
フォークという型に収めたい体制側と
そのときどきの衝動を表現しようとするパフォーマー
ファンも聞きたいのは風に吹かれてなんだよな
何だかよく分かった
好きだったミュージシャンがどこに行くの…って
思ったことはオラもあるな
その気ミステイクの後の大沢誉志幸とかそうだったな
SOMEDAYの後の佐野元春とかも
あとキャロルの後の永ちゃんもきっとそうだったと思う
革ジャンを脱いでラブソングを歌った
永ちゃんは後楽園を満員にした後で
パッとファミリーを解散して単身渡米もした
アーティストにしかわからない境地なのだろう
で1週回って元に戻った時に同じ曲でも深みが出たりする
全く文句はない出来なのだがマイナス0.5
音楽伝記フォーマットに対しての若干の抵抗
この作品をボブディランは喜んでいるのだろかと
ジョーンバエズにとってはよかっただろう
83歳でまだ新作を出しているみたいなことを聞いた気がする
みうらじゅんの本作レビューないだろか
Like A Rolling Stone
観終わって調べてみると、映画の中で描かれていた様々なエピソードは、創作というより、実際にあったことが散りばめられていたようだ。もちろん、シルビィはこの映画のために造形された人物だし、フィクションの部分も多かったのだろうけれど、ボブ・ディラン自身に関しては、本人がそこに存在しているんじゃないかと思われるほど、ティモシー・シャラメがディランそのものに感じられて、まるでドキュメンタリーのようだった。
創作した歌が世の中に受け入れられるにつれて、自分の気持ちにはお構いなく、大衆からは「フォーク=社会運動」の代表曲としてアイコン化され、孤独感を募らせていく感じがよく伝わってきた。
ピッタリした表現が見つからないが、ボブ・ディランという人は、「0→1」の人というより、「1」を驚くほどに膨らませられる人という感じがした。目にしたもの、耳にしたフレーズ、それが彼の中でミックスされて、結果として生まれた作品は、人々に「私のことを歌ってくれている歌だ」と思わせるような普遍性を帯びる。凡百のアーチストは、それを狙って成し遂げるために、くどかったり、ありふれていたりするのだが、ディランは、あくまでも、その「1」に触れて湧き出たインスピレーションを形にするだけなので、人々には自然に受け止められるし、ディランからすれば、そこに別の意味を持たせられても困惑するだけなのだと思った。
シルビィと、チャイニーズレストランで、映画の感想を語り合う場面が象徴的だ。
シルビィは、「自分探し」や「成長」という言葉を使い、ディランは、あくまでも「変化」を主張して譲らない。
この映画で描かれているのは、彼が求めている生き方自体が、「Like A Rolling Stone」なのだということだろう。(身も蓋もない言い方をすれば、彼は飽きっぽいってことかもしれないけど)
個人的には、フォークフェスの最終日前夜、ピートの出した例え話の齟齬が、とても考えさせられた。
動かないと思ったシーソー(世論や世の中の風潮)をスプーンの数を増やす(賛同者を集める)ことで、動かすという、同じ例え話なのに、ピートは社会変革を目的に置き、ディランは、ジャンルにとらわれない音楽の自由さを思い描いてすれ違う。なんとも切ない瞬間だった。
切ないつながりでいうと、やっとジョーン・バエズに勝てたと思っていたシルビィが、2人の掛け合いを見ながらだんだんと顔を歪ませていくシーンも、切なかった。2人が語りあっている「そこ」に自分は入って行かれない切なさ。それは、恋愛とか抜きでも、感じたことがある人は多いのではないだろうか。ちょっとグッときた。
とにかく、自分が生まれる頃の話なので、描かれている風景や出来事もとても興味が惹かれた。とりわけ、キューバ危機の緊迫感などは、そこまで深刻だったのかというのは、ちょっと衝撃だった。
そんな中、ベトナム戦争については、直接的には出てこないあたりが、当時のアメリカ国内の雰囲気のリアリティだったのか気になるところ。
ミュージシャンの映画は難しいけど
ミュージシャンを俳優が演じた映画は、これまで期待外れのオンパレードでした。
この映画も主人公のルックスがボブ・ディランのイメージと違っていたり、恋人(スーズ・ロトロ)が本人より可愛くなかったりするけど、ティモシー・シャラメの歌とギターはかなり練習した感じで、ちゃんとした音楽映画と言えるものでした。
史実とは若干違ったりするけど、いろんなエピソードが散りばめられてディランのファンとしてもとても楽しめました。
「時代は変わる」のシーンでは、その時代の人たちにとっては本当に感動的な瞬間だったんだなと思い至り、知らずの間に涙が出ました。60年代前半音楽シーンのいろんなミュージシャンも出てきてこちらも楽しめました。
鑑賞後は胸が高まった状態のまま、真っすぐロック喫茶へ行き、ディランのファーストアルバムをリクエストして、コーヒーと煙草でしばしあの頃の気分に浸りました。
余談ですが、映画館の観客は私のような初老のオッサンばかりと勝手に思い込んでいましたが、オバサン(或いはオバーチャン)の一人観が多いのに驚きました。ディランって女性ファンもいるんですね。いや、もしかして、主演のティモシーの甘いマスクが目当て?
ボブ・ディランって、意外とロックなんだね
冒頭のウディ・ガスリーを讃える歌でもう泣けました
人生、終わりかけのウッディにとって、あんな歌、歌われたらね
グッときました
最後のフォークフェスティバル、昔は体制批判していたフォークソングが、体制になってしまってたんですね
ぶっ壊したディランが痛快でした
結局、最後にフォークを歌っておさめたのは、フィクションじゃなくて、また趣きがあった
ボブ・ディラン世代って、もうかなりのお歳なんじゃないかな
三田の田舎では客が入らなくて、さっさと終わる見通しです
実際、僕もあまり知らない
”学生街の喫茶店”で名前が出てくるレジェンドらしい人
”風に吹かれて”くらいは知ってるけれど、ジョーン・バエズが歌っている印象が強い
ジョーン・バエズ
深夜のラジオでよく流れてました
よくとおる美しい声に聞き惚れてましたが、ボブ・ディランが同時期に活躍してるとは知りませんでした
もっと昔の人だと思ってた
ビジュアルといい、既成概念をぶっ壊すハートといい、意外にロックンローラーなんだ
身長、170cmを切るヤサ男だったのも驚き
あんなにタバコ吸ってても長生き
神に選ばれ許されている人なんだろうね
立ち止まりたくないのに…
音楽映画に外れなし
最高にカッコ良い映画でした!!
合同会社everfreeの代表、梶清智志です。
noteでも書いたんですが、久しぶりに映画館に観に行って最高でした。
音響が良いスクリーンだったのでよりLIVE感味わえてよかったです。
映画を観てよかった点をいくつか書いていこうと思います。
まずは音楽!
名曲が出来上がっていく様子が描かれていて、痺れました。
特に「風に吹かれて」。あまりにも有名なこの曲が、こんな感じで出来上がっていって、演奏されていくんだというのが感慨深く、素敵でした。
「LIKE A ROLLING STONE」も。。。
最後のここぞというところでのこの曲。出来上がっていくところと最後の演奏痺れました。
この2曲だけではなく、全てのLIVEシーン、めちゃくちゃ雰囲気出ていてカッコよかったです。僕はフェスを開催するのが夢なので、あのような音楽イベントを開催したいなと映画を見ていて感じました。
そして、個人的に映画中ずっとかっこいいな〜と見とれていたのがバイク。
トライアンフT100がめちゃくちゃかっこいい!欲しい!
バイクもだし、乗っている姿も。音もカッコよかったです。
そして、そして。
この映画でもっとも良かったのは、
それまでの歩みから一気に変える時、反発を喰らうが自分の信念を貫き通すことで、周りが変わっていくということです。
人生を変える時って、理解されにくいことも多いし、周りの反対に会うことも多い。それでも成し遂げたいことなのか?と自分が試されている感じがあります。
劇中でもボブディランがずっと葛藤していて、最後に決断して、自分の思いを貫くシーン、カッコよかったです。
僕も経営者になると決めた時、周りからの反対にも合いましたし、お店を出すときもそう。
それでもやってきたので、この先チャレンジしていく中でも、この精神を貫いて生きていこうと映画をみて改めて思いました。
本当に個人的に素敵な映画だったので、ご興味ある方はぜひご覧になってみてください。
とても良いボブ・ディラン作品
採点3.9
尺が長めなので時間が中々合いませんでしたが何とか足を運べました。
ボブ・ディランが無名の少年から、稀代のフォークシンガーとして駆け上がる時代を描いた作品。
ティモシー・シャラメがまずすっごい合っている。
歌も頑張っていたが、それよりも気だるい喋りや掴めない雰囲気が実に良かった。
もちろんエドワード・ノートンにエル・ファニングもとても良かったです。
いわゆるロックスターと違い派手な浮き沈みがないが、その淡々とした描き方が余計に彼にフィットしてました。
ジョーン・バエズとのステージや距離感がやっぱり印象的になってましたね。
そしてブリティッシュインヴェイジョンへ触れてから、徐々に変化していく音楽性。
クライマックスは「フォークへの裏切り」を確実にした、ニューポートフェスティバルのステージ。
このシーンが凄いよくできており、実に見応えがありました。
ここから更に大化けするのでもう少し見てみたい気持ちもあるのですが、ここで止めるのも収まりが良かったとも思います。
若かりし、とても良いボブ・ディラン作品でした。
謎は謎のまま・・
当時のクラブの雰囲気とか時代背景とかが想像できた点面白かった.
フォークからの転換期の雰囲気などなかなか良かったし,歌い方もディランそっくりで見どころのひとつだった.
だけど,映画のディランは気取っていて,二人の女を転がすだけ転がすあまり好感が持てないやつだった.あれだとなぜか音楽の才能だけものすごい謎のロクデナシじゃないか.
あまりにもステレオタイプのディラン像すぎて新鮮味が全然なかった.
ディランの実像や人間性とかそのへんもう少し掘り下げてほしかった・・・
まあ,結構ディランは詩人であったり歌手であったり時にはペテン師みたいであったりと,一般人には謎な人なので,謎は謎なまま,この映画では何も解き明かされることはなかったということか.
偉大な音楽家誕生の瞬間
ボブ・ディランのファンでもなく、60年代のフォークソングに興味があるわけでもない。
鑑賞の目的は今をときめくティモシー・シャラメがボブ・ディランをどう演じたのかに興味があることと、名将ジェームズ・マンゴールドが監督だから。
演奏も歌もシャラメ本人が演じたボブ・ディランはあえて似せようとはしていないが、時代を先取りするカリスマを圧巻の演技でシャラメ流のディランに昇華していた。
なのに、映画全体を通して心が揺さぶられるものがない。なぜだ。
映画はボブ・ディランの伝記映画ではなく、19歳の青年が故郷を離れ、ギター片手にニューヨークにやってくるところから、才能を認められ天才フォーク歌手として成功するが、フォークのレッテルに嫌気がさし、65年のニューポート・フォーク・フェスティバルで禁断のエレキギターをかかえ「ライク・ア・ローリング・ストーン」を歌い、会場の大ブーイングを受けながらも歴史的パフォーマンスと称賛され、時代が移り変わる、というおよそ5年間を描いている。
個人的ではあるが、登場する当時のフォーク歌手ピート・シーガーもジョーン・バエズもジョニー・キャッシュも知らない。
ディランのこの頃の曲はどれも名曲でよく知っているが、あまりにスタンダードで当時のフォーク界においてどれほどの衝撃を持って迎えられたかの実感がまるで無いのだ。
また、ディラン本人がそういう人なのかわからないが、曲作りの苦悩や人間関係の苦悩などはまるで描かれない。
恋人のシルヴィ(エル・ファニング)や恋仲にもなるフォーク歌手バエズ(モニカ・バルバロ)もいつの間にか部屋にいたり別れたり、復縁したり経過は描かれない。
実話の音楽映画と人間ドラマの両立はなかなか難しいのは過去の音楽映画をも然りだが。
ただ、本当に20世紀を代表する音楽の天才は人間関係は苦手なのかもしれない。
尾崎豊が長生きできたら‼️❓ノーベル賞を貰えるだろうか‼️❓
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