劇場公開日 2025年2月28日

「自分を貫く信念」名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN kenshuchuさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0自分を貫く信念

2025年3月11日
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鑑賞方法:映画館

ボブ・ディランのことはそこまで好きではない。好きな曲はいくつかあるが、そこまでハマらなかった。フジロックフェスティバルでライブも観たことがあるが、これもなかなかハードルの高い演奏だった。有名な曲は全くと言っていいほど演奏しない。ライブ直前に友人に聞いて驚いたのが、最近のライブではギターを弾くことはないということ(実際はそのときちょっと弾いていた。機嫌がよかったのかもしれない)。気難しい印象がますます強まった。
この映画を観て思い出したのが、そのフジロックの演奏だった。観に来た客の期待なんかクソ食らえとばかりに自分が演りたい曲を演奏する。あぁ、そんな姿勢が今でも貫かれているんだなと。
無名の若者だったボブ・ディランが認められ売れていく前半、時代の寵児となり周りからの重圧に苦しみ自分のやりたいことを貫こうとする後半に分かれる本作。彼のエピソードを順になぞっていくだけで彼らの心情があまり深掘りされていない印象。それも仕方がない。有名曲の誕生シーンやジョーン・バエズやウディ・ガスリー、ピート・シーガーといったアーティストとの関わりを押さえていったらこんな感じにもなる。
観客から罵声とブーイングが起こったというあのシーンは、ボブ・ディランがそこまで好きじゃない自分でも知っている有名なエピソード。当時のフォークミュージックの社会性を考えると、ボブが裏切り者となじられるメンタリティも理解できなくはない。単に新しいものを受け入れることができない層はどんな時代でもいるということだ。
ボブ・ディランのことをそんなに好きでなくても、知ってる曲がたくさん流れるし、とても楽しい鑑賞体験だった。本作で演奏される曲を全て知っているわけではないのに。しかもティモシー・シャラメの演奏と歌声が素晴らしい。エンドロールでわざわざ全部彼が歌ったとクレジットするだけはある(ボブ・ディラン側から楽曲使用の許可が下りなかっただけかもしれないけど)。ミュージシャンの半生を描いた名作がまた誕生した。

kenshuchu