「言葉の魔力と音楽の進化」名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN ノンタさんの映画レビュー(感想・評価)
言葉の魔力と音楽の進化
映画はディランのデビューから、名曲『ライク・ア・ローリング・ストーン』を収録したアルバムを完成させるまでの約3年半を描いている。
興味深かったのは、若きディランの姿だ。彼が入院中の先輩ミュージシャン、ウディ・ガスリーを訪れて歌う冒頭シーンは特に印象的だ。ガスリーと付き添いの音楽家ラム・ブランクに才能を見出される姿は、ガスリーに憧れて、真摯にフォーク音楽に向き合っていたディランの原点を見せてくれる。
また、ディランにもレコード会社の意向で最初はカバー曲を歌う時代があったことや、スターとなっていくにつれて恋人との関係がうまくいかなくなる。互いの才能を認め合ったジョーン・バエズとの関係性が、売れない時代からスターになった後まで描かれ、成功がもたらす人間模様の変化を巧みに表現している。
「フォーク界の救世主」のように持ち上げられながらも、エレキサウンドを導入した途端に観客から猛烈なブーイングを受けるシーンは衝撃的だ。だが彼はそれを音楽の力で乗り越え、ファンを納得させていく。ジャンルを壊すことによって新しい表現を切り開く、ディランの姿が描かれていた。
字幕のおかげで初めてじっくりと味わったディランの歌詞は、まさに「言葉の魔力」だった。ノーベル文学賞授賞者の歌詞の魅力が日本語字幕で、初めてじっくり味わうことができた。
ファンの中には「なぜあの詩は自分ではなくディランに降りてきたのか」と嫉妬する者もいるという。それは共感が深ければ深いほど、自分の気持ちの代弁者への複雑な感情が湧くことを示しているだろう。
ボブ・ディランという稀有なアーティストの魅力と、彼を取り巻く時代、音楽、そして人々の心情を見事に捉えた作品だった。
コメントする