金子差入店のレビュー・感想・評価
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結末が中途半端だったね
東京拘置所とその周辺を舞台に元受刑者の主人公が面会や差し入れを仕事...
命の差し入れ
幼女を殺害した小島が語る二割の働かない蟻の話。どんな社会でも必ずルールからはみ出す人間は存在して、そんな人間は生きる価値はないのかと問いかけてくる。
真司の母容子はどうしようもない母親で真司は忌み嫌うが妻の美和子や叔父の星田は生きているだけでもありがたいとして彼女をかばう。
美和子の両親はすでに他界しているのだろう。生きてる間しか親孝行できないからと何かと容子に気遣う。星田も今自分が甥の家族と暮らせるのは真司を生んでくれた容子のおかげだとそこだけは感謝しているという。
元ヤクザの横川は出所したそばから殺人を犯し再び刑務所に戻ってしまう。もはや人生は終わった、こんな自分は生きる価値はないとして独房で首を吊ろうとする。そんな彼に毎日のように面会に訪れる佐知。彼は自分を救ってくれた。真司が機転を利かせたおかげで面会を果たせた彼女は横川に生きてくれと何度も呼びかける。真司は命を差し入れしたのだ。
残虐な殺人を犯しなんの悪びれる様子もない小島との面会は真司には応えた。なぜこんな人間が存在するのか、こんな人間に生きる価値があるのか、できるなら自分の手で殺してやりたいとまで真司は思った。
小島との面会で精神的に追い詰められた真司にさらに息子のいじめの問題が追い打ちをかける。彼は息子を愛するあまり学校でトラブルを起こす。かつて激高しやすいその性格から過ちを犯したころの記憶がよみがえる。
こんなどうしようもない自分を妻の美和子は見捨てなかった。彼が立ち直れたのは家族の存在があったからこそだった。美和子や星田があんなどうしようもない母容子をかばう気持ちがわかった気がした。人はそこに存在してるだけで価値がある。生きる価値のない人間なんてこの世には存在しない。たとえ残虐な殺人を犯した人間であろうとも。
本作は問いかける。生きる価値のない人間なんてはたしてこの世にいるのかと。今の社会は何かと生産性だの人間の価値を数字で推し量ろうとする時代。障害者や犯罪者のような存在は社会のお荷物として何かと排除対象とされてしまう。しかし二割の蟻のようにそれらを排除してもまた新たに排除対象は生まれてくるだろう。排除対象などと考えている限りは。二割の蟻を排除し続ければやがて蟻はすべていなくなってしまうかもしれない。
人間は生きてるだけで誰かの心の支えとなっている。誰かを支えとして生きているその人はまた誰かの支えになっている。誰かは必ず誰かの支えになっているから存在してるだけで価値があるのだと本作は訴える。生きているだけで価値があると本作はそう訴えている。
本作を鑑賞して相模原事件で犠牲になった寝たきりの障害者の子供を持つ母親がただ生きていてほしかったと涙ながらに話していたことが思い出された。
本作はあえて小島のような誰が見ても忌み嫌う存在を観客の目の前に提示してこんな人間でも生きる価値はあるのかと問いかける点が秀逸だった。
地元に近い大阪都島区には大阪拘置所がある。元首相銃撃事件の犯人や和歌山カレー事件の犯人として収監されてる人物がいる拘置所のすぐ隣には普通の住宅地やら高層マンションが立ち並んでいる。
その高くそびえたつ拘置所の壁を隔てて全く異なる空間が広がっている。そしてそのそばには本作で描かれたような差し入れ店の丸の家がある。その外観はやはり本作のような普通の日用雑貨店の佇まいだ。
昔からこういう差し入れ店があるのは知っていたが、刑務所によって差し入れの規則は細かな点で異なるという。
差し入れを代行する商売があるのは理解できるが、弁護士でもないのに受刑者との面会を親族から依頼されて行うというのは現実にありうるんだろうか。特別な事例で関係者のみが認められるケースがあるにしても商売として継続的に行えるとはとても思えないし、また弁護士のような高額報酬も得られないのに生涯守秘義務を負うとか凶悪犯罪者との面会などストレスの大きな仕事を一般人にやらせるだろうか。そういう点で本作のリアリティラインをどこにひけばいいかわからなくなってしまった。
おそらく内容的には差入店に着想を得た監督によるかなりの部分創作がなされた作品なのだろう。そのせいか劇中での差入店を営む主人公たちへの周囲の偏見などはあえて物語性を高めるためなのか無理に作られた感じがする。ご近所さんは主人公の真司に前科があるのは知らなさそうだし、逆に収監された小島がなぜ真司の前科を知っていたのか。あの弁護士が喋るはずはないし刑務官が喋ったとしか思えないが、その辺も少し脚本が甘い気がする。刑務官を買収してるシーンなどあれは問題にならないのだろうか。
などなどいろいろと疑問に思うことが多い映画ではあるがそれを抜きにしても人間ドラマとしてはそのこめられたメッセージといい、役者陣の素晴らしい演技といい、総合的にみて良い作品だった。
作品ラストのラスト、壊された植木鉢を淡々と掃除する真司の姿は、たとえ小島のような人間でも受け入れた彼の心情を表したのものであろう。
社会派作品でした。そこそこ良いです。だが 一部違和感あった。あくまで個人的
本作 男性俳優陣 丸山隆平 岸谷五朗 寺尾聰 北村匠海 甲本雅裕 の表情 演技が良かった。魅せられた。
社会派作品で そこそこ 雰囲気も良い。
社会派だけども ある程度はリラックスして観れる好作品。純然たるフィクションだから。
有料パンフ🈶登場家族の人物相関図 背景だけでも 買って良しパンフ。コラムも短いしGOOD👍
ただし リアル 事実 拘置 留置 刑務所には触れてない模様 そこは残念
まあ本作見るような知性派精鋭にとって
刑務所
拘置所 死刑囚 未決
留置所 の違いは 織り込み済みだろうから・・
エンドクレジット【有料パンフにも載ってる】の 撮影協力 あるいは 協力
に 法務省関係 東武線五反野の東京拘置所 が 載ってないのは 載せられない協力はしない
外から撮るのは仕方がない ということか❓見落とし❓ですかねぇ
あっ 『現金やり取り』出てる。から認めるわけいかんか❓旅館の給仕する方女性への心付けじゃ無いんだから
まあ 昭和の役人は 北から南まで 裏金 不正金受領当たり前だったからな 『昭和の役人 政治家』は間違いなく全員
令和の常識から見れば 不正大国。上から末端まで 例外は無い。正確には 明治,大正,昭和。
なんか 深い家族の絆 言いたいみたいだけども そこは俺的にはどうでも良かった。
いちおう シロウトでは無いから
クライムサスペンス的に観た←老害の一方的独善と言います。 ヒューマン・サスペンスとのこと。
まあ 雰囲気も展開も良いですよ。
ただ 飛躍が多かった。個人的見立て
んな犯罪 事例知らんし なんか差し入れも違和感。その他 強引感 弱すぎ甘すぎだろ感 感じた。←個人的ですよ。
あと 『差入屋❗️』は無いだろう 『差入屋さん⭕️』ですよ。それから職・差・的な表現 特に 『通夜の前の日』会話
なぜ忌避されるのか❓合点が行かなかった俺的に。スクリーンで確認を。
あと もう完全分解されてるから ネタバレにはならんけど 少し🤏だけ 2004「半落ち」成分入ってるかもな
偶然にも寺尾聰❗️
結構『半落ち←泣いた😢😭』んだけど 基本全く違うストーリーだし 流石に免疫ができてるので 涙腺動かず。
20年後の俺は劣化しただけでなく 冷淡 乾燥してた。あっ 似てるのはほんのほんの少し🤏だけな・・・
でも 『実は・・・だった。って』プロット 日本人大好き❤だよねぇ。俺も結構😍好き
『ヤムに止まれず』ってやつ大好き❤←映画館のスクリーンで確認してね。
それから俺ぐらいロクでもない人だと 息子の同級生っていうてもなぁ 正直、ザ他人‼️←ホントに😱ロクでも無いですね。
丸山隆平さんが 知らなかったけど 演技的には好演は相違ない。是非どうぞ
レイトショーなのでお客様少なかったがもっと入っても良い作品。疑問点❓も含め 是非観て。
剃り残しの様な口髭は必要?
刑務所や拘置所に収容された人への差し入れを面会代行する差入屋を営んでいた金子真司は、ある日、息子の幼なじみの小学生の女の子が行方不明となり、その後殺害され遺体で発見された事件が発生した。金子一家もショックを受けてた時に、容疑者の母親が、差し入れをしたい、と店を訪ねてきた。金子は仕事として容疑者と面談したが、なめた態度に怒りが増していった。そんなある日、金子は一人の女子高生が毎日のように拘置所を訪れ、自分の母親を殺した男との面会を求めていた。この2つの事件と向き合う中で、金子の過去の暴力事件が周囲に知られ、息子がイジメを受け・・・さてどうなる、という話。
金子真司役を丸山隆平が演じているが、スーパーエイトに全く興味なく、彼の演技もほとんど観た事が無かったし、今回も特に印象には残らなかった。息子がイジメを受けたと言っても学校に乗り込み担任教師に手を出しちゃいけないね。
そういう役なんだろうけど、あんな短気じゃ家族が気の毒だ。
それと、拘置所に入ってた時ならまだしも、差入屋になってからはあの変な剃り残しの口髭は演出として必要?綺麗に剃った方が真面目そうで良いと思うんだけど。
唯一、息子が強くなくてごめんと謝った時に泣きながら抱きしめたシーンは良かった。
拘置所の職員が賄賂を受け取ったり、差入屋を上から目線で呼び捨てにしたり、感じ悪かった。事実も有るのかも知れないが、法務関係者は認めたく無いだろう。
真木よう子は本作でも素晴らしかった。怒りを押し殺した背中の演技が流石だと思った。
寺尾聰、岸谷五朗、北村匠海、根岸季衣らも味のあるさすがの演技を観せてくれた。
拘置所に来る謎の女子高生・二ノ宮佐知役の川口真奈は目力が有って喋らなくても存在感あったし、最後にみせてくれた笑顔は可愛かった。
「言葉」や「優しさ」の持っている可能性!
それでも生きていく
綺麗にまとまりすぎてる
期待度◎鑑賞後の満足度◎ “おかしいのは世の中の方よ”まさに正論。やっぱり女は強い。男はすぐ粉動されるからダメだね。それだからドラマになるわけだけれども。「差入れ屋」を取り上げたアイデアの勝利。
①最初に思ったのは“真木よう子、鼻いじった(整形した)?顔、ビミョーに変わってない?”ということ。「整形疑惑の芸能人」を扱ったYouTube の見すぎかも知れないけれども。
しかし、観ているうちに気にならなくなった。「差入れ屋」という稼業をしている一家のぶれないオカミサンとして背景に溶け込んでいるようで要所要所で存在感を発揮する。やはり並みの女優ではない。
②かなり凄惨な事件を扱いながらも陰惨な印象が残らないのは善悪どちらにも偏って肩入れしない脚本と演出のお陰だと思う。
③差入れする相手である収監者にこんなに肩入れしてたら商売にならないとは思うけれど、映画にする為には少し話を膨らませないとね。
④本作には色んな母親が出てくる。名取裕子の男にだらしない自堕落な母親役には少々驚いた。若い頃はすました役柄が多かっただけに。でもそこは年の功か。見事に違和感なく演じていた。ラスト、こんな母親でも少し母性は残っていたのを寺尾聰の台詞で間接的に語ったのが良かった。会わずにアパートのノブにイチゴの入ったビニール袋を掛けただけにしたのも良い。上の台詞を直接本人の口から言わせたりアパートの入り口で会ったりしたら雰囲気ぶち壊しになっただろう。余韻ある語り口はどんな映画でも宜し。
殺された女の子の母親。演じたのがあまり顔馴染みのない女優のさんだと思っていたらNHK朝の連続小説『風のハルカ』のヒロインの子だったとは。当時毎回観てたのに。面影全くなし(私が忘れてただけなのかも知れないけど…)。役に戻ると、この母親も被害者なのでこんなことを書くと冷たいようだが、私は子供がいないけれども、もし父親ならこんな小さい娘を夕方一人で塾へなんか行かせずに必ず付いていくか送り迎えするけれどもね(いくら日本が表面安全な国でも)。リアクションが被害者の母親が取りそうな範囲を出ていなくて、この母親役が一番平凡。
“ああ、この子そのうち通り魔が何かに襲られて死ぬんだろうなァ”と最初からわかってしまうところが、最初からそういう意図だったのか、それとも脚本と演出の弱さなのか。
娘に客を取らせていた信じられない毒親を通り越して鬼畜のような母親。多分悪いとも罪の意識もなさそうだから殺されても当然ぐらいだけれども知らない女優さんだけれども殺され方も含めてインパクト大。でも実際にこんな父親(こちらはどちらかというと性的虐待の方だけど)・母親がいるから絵空事ではない。
どんな映画のどんな役柄でも安定感抜群の根岸季衣扮する母親。最も難役であろう(だからこその配役だろうけど)。
息子に罵倒されても何も言わず固まっている姿に始まり、マスコミへの対応の二面性。完全武装して金子差入屋に来て“他人の子供を殺めるなんて”と泣き崩れて可哀相な母親の姿を見せたと思ったら(帰り笑顔だったところを見ると、可愛いのは自分の子供だけで殺された子供のことは何とも思っていないらしい)、“差入れをするのは当然の権利です”という言葉尻をとらえて「権利」ということばを盾に急に攻撃的に豹変する姿(こういう人居るけど)。最初は人目を気にして完全武装して金子差入店を訪れたのに、最後にあった時はキレイなベベ着て化粧までして平然と顔をさらしている。かなりエキセントリックは な性格で息子がああなったのも貴女のせいじゃないの?と言いたくなる。表面は辺りいっぺんの台詞だけなのに佇まいだけでそんな母親像を活写する流石は根岸季衣。
⑤北村匠海。『君の心臓を食べたい』の時は“わあっ、ヘタクソ!!”と思ったし、『とんび』『悪い夏』の時もも一つだったのに、NHK朝の連続小説『あんぱん』を観ていたら知らぬ間に上手くなってると思っていたら、本作でも微妙な顔・首の動きと目の演技とで最初は北村匠海とはわからないほど役になりきっていて、役者ってある時期を境に化けるもんだな、とつくづく思った。
“貴方の価値観で僕をはからないでください(だったかな?)”という台詞自体はこれまた正論だけれども、彼自身の価値観にはモチロン共感も共鳴も出来ないけれども、最後に(観客にとっても)不思議だった右目の秘密がわかったとき少し彼の内面が覗けた気がした。
ただ、何故殺人を犯したのかとの金子の質問に対して「働きアリの法則性」を持ち出して来たのか、がよくわからない。彼が犯した犯罪の説明にはならないと思うのだが…それが偏向した思想の流れから産み出されたものだとしても。
⑥岸谷五朗。最初に登場したときの、如何にもその筋の人らしい目の演技が凄い。
ただ、初めて口を開いたときキレイな標準語だったのに少し違和感。エリートヤクザだったのかな。
A)極道であること B)二ノ宮佐知が何回門前払いされても面会申請を続けたこと C)二ノ宮佐知がずっと口を利かなかったこと、これらが真相に辿り着くのを難しくした筋立ては中々良かったが、真相がどこかで観たか聞いたかしたものと変わりがなかったので正直衝撃度にかける。
ただ、母親が死んだとき二ノ宮佐知がうっすらと微笑んだところが本作で最も怖く又最も心動かされるショットだったかも知れない。
このエピソードが本作で最も作り物臭いし、岸谷五朗扮するヤーサンが唐突に良い人になるのもやや不自然だけれども、片や人生の大半を世間の日陰者で過ごしてきた人間が一生に一度人の為に自分を犠牲にしたことと、何不自由なく生きてきて(親からの偏った育て方があったにせよ)偏った価値観をとらわれて大量殺人を犯した若者とを対比させたいための作劇なのかも知れない。
また、本作を貫く主題から考えると“世間”というものが作り出した「モンスター」という意味付けもあったのかも。
二ノ宮佐知が自白しないことも、金子が真相を知りながら警察に告げないことも通常の考え方したら(良識ってヤツ?)罪だけれども、彼女が母親にされたこと、人生が始まったばかりであること、を考えるとこれはこれでで良かったのかもと思わせてくれる。
二ノ宮佐知も、自分が本当のことを言えば、自分を守ってくれた大人達(金子は彼女とヤーサンの前で“墓場まで持っていく”とまで言ってくれた、ヤーサンの耳には“言って!”“ごめんなさい”という最後の叫びが届いたのかどうか…)に多大な迷惑をかけること、想いを踏みにじることを理解したのだと考えたい。
⑦こういう商売をやっている主人公を前任者の叔父(寺尾聰)のような温厚な人物ではなく、何かとキレやすい人物に設定したのも良い。親近感がもてる。私も世間には温厚な人間だと見せかけているが、実はキレやすい。主人公の様に頭に血が上ると思わす手が出る事が過去にまま有った(幸い刑務所に入るような暴行まではしなかったけれども)。
だから主人公の成長物語にもなっているのも好感が持てる。
⑧最後の最後、割られた鉢植えと黙って片付ける金子の下半身だけの姿を写して、変わらず狭量で陰湿な「世間」というものと、それに負けずに差入れ屋を続ける金子の意思のようなもの、金子差入店の日常は変わらない、ことを一瞬のシーンで物語たって見せる良いラストだったと思う。
東京リベンジャーズの絡みでしょうか‼️❓
監督初めてで初脚本、だからとゆうわけでもないだろうが、脚本と演出はよくわからない、なんでサイコパスの7人殺しが不幸な過去ですらない、児童売春防止に強盗殺人偽装とか、主人公の前科の傷害の中身がうやむやとか、思い付きを映画にした様にしか思えない。ただ、出演陣は豪華だ、リベンジャーズの助監督が監督になりリベンジャーズの主演にサイコパスの役を頼んだのだろうか、演技を観るだけでも満足です。ただ、主役の彼は、叫んでるだけの人では無いです、機微を演じれる人なので演出が残念です。サイコパスの親もサイコパスでなるほど。最後に、あの女子高生役の女優さんの名前川口春奈と勘違いしてました。考えたら深いかもしれないけれど、私には刺さりませんでした、ただ、俳優はみんな良い演技でした、ありがとうございました😊😭
差入店という仕事…⭐︎
拘置所・刑務所などに収監、収容されている受刑者などに代理で差入れする仕事があることをこの映画を見て初めて知った。
冒頭から時間が前後するので、少々疑問符?を何度も感じるけど全体的に重苦しい物語。
差入店を営む丸山隆平演じる金子真司の息子の幼なじみの女の子が殺されてしまう事件から
話しが語られていく。
差入店という仕事に対する偏見などが事件によってどんどん浮き彫りにされていき、
金子の息子がイジメにあったりとそうだろうなというパターンの展開。
そんな中、妻役の真木よう子の聡明さ冷静さが素晴らしく、叔父役の寺尾聰も良い味を出している。
他にも甲本雅裕、根岸季衣、岸谷五郎、名取裕子など芸達者揃いの配役で飽きさせずに見せる。
でも、なんと言っても個人的には特殊メイクで犯人役になった北村匠海。
最初似ているけど違うか⁈と思うくらいサイコパスな演技。
最後まで見ても、テーマらしきものがあまり感じられずに犯罪映画か親子の映画か結局何が
描きたかったのか良く分からずちょっと印象がうすくなってしまった。
ずっと考えてしまう
いきなりラストの感想になりますが
エンドクレジット後の植木鉢のシーン
これからもずっと他人の悪意や偏見はなくならず続いていくのだろうけれど、それをいちにち一日片付けながら、強く生きてる息子くんの足だけの描写が秀逸だと思いました。
お花も絶えることなく。
重いと見せかけて実はハートフルな物語なんじゃないかと思っていたのですが、そんなことはなく、重いものは重いまま、解決しないことはしないまま、しばらくはずっと考えさせられる余韻を残す物語でした。
なので力強いエンディング曲はミスマッチかなぁ?と感じました。
希望、にボリュームはあまり必要なくて、ほんとに鉢植えのシーンくらいの希望の暗示が良いなと。
北村匠海さんの悪役はよいですね。サイコな役柄は逆にカッコよくなってしまう映画もありますが、そうしなかった。それがとてもリアルで、訴えたいことが明確で、良かった。だってすごく薄っぺらだった。深い闇というよりは、中2病だった。片目は虐待の暗示ですらなかった。
それでないと理不尽さに説得力が出ませんから。
色々な形の理不尽が散りばめられたモヤッとする映画です。褒めです。
岸谷五朗さんが久々にバリっとかっこよかったです。
子どもは親を選べないが
この映画にはいくつもの親子が登場するが、子どもは親を選べないことを改めて思う。しかし、毒親だとか、親ガチャに外れたと言っても、自分の人生を変えることはできない。親子を含む人間関係の悩みや問題を断ち切るのは、人の優しさや思いやりである。佐和の親を除き、どの母親も子どもを大切に想っているのに、何が彼女達の歯車を狂わせるのか?美和子の考えや行動も、一歩間違えば、和真を不登校や引きこもりにも、犯罪者にもする危険性をはらんでいる。
北村匠海だと初めは気づかず、NHKのあんぱんとは全く違う役柄。最近の事件のニュースを聞いて、こういう人は増えていくのだろうと思うが、本当に怖いのは善人のフリをして、植木鉢を壊していく人たちかもしれない。
逆境の中で誰と出会うか
幼少期から虐待を始めとする難しい養育環境で育ってきた人たちの中に、感情のコントロールが困難な人は決して少なくない。
主人公の金子もきっとそうなのだろう。あの激しい感情の起伏は、人によっては理解できないのだろうが、逆境的な環境を生き抜いてきたとすれば当然とも思う。
そして、たとえ逆境的な環境で育ったとしても、その後の人生でどんな人に出会うかによって人は良くも悪くもなれるのかもしれないな、と。
差入店という仕事も興味深かった。加害者に対する支援、援助はなかなかに受け入れ難いものだが、加害者が再び罪を犯すことなく更生するには、ある種の権利を保障することも必要なのかもと考えさせられた。だからと言って小島の母のように権利を振りかざすことを良いとは思わないが…
思いのほか重たいテーマだったが、見て良かったとは思う。
淡々と生きていくということ
刑務所の近くに住んでいる。敷地のすぐ横に一軒の差入店がある。入口はいつも閉ざされ、窓もカーテンがかかっているが隙間から飲料の段ボールや雑誌のラックが見える。客は見たことがない。おそらく差し入れの注文などは電話で済ますことが多いのだろう。
刑務所の中にいるもの(加害者)と、外にいるもの(被害者やその身内、加害者の身内)をつなぐ役目の話である。弁護士もそうなのだが「差入屋」という耳慣れない、そして弁護士より立場が弱い職業を持ち込んでいて面白い。おそらく実際の差入屋の機能をかなり膨らませていそうだけど。
事件としては2つ。金子の息子の同級生を殺したサイコキラー小島高史(北村匠海)の事件と、自宅で売春をしている女を殺したヤクザ横川哲(岸谷五朗)の事件である。小島の事件は彼の母親が、横川の事件は被害者の娘が、それぞれ面会を申し入れているがいずれも拒否されており金子にお鉢が回ってきて苦悩することとなる。
小島の母親こず江(根岸季衣)の言動が凄まじい。世間への申し訳なさと息子への愛がないまぜになっており、同情をみせた(と理解した)金子に対して極めて高飛車な態度をとる。このことを初めとして、この映画では、被害者側が、加害者側が、さまざまな顔を見せる。犯罪は取り返しがつかず殺されたものは戻らない。だから被害者と加害者は永遠に折り合わず、許す、許されるということもないし、報復することもできない。結局、被害者も加害者も、折り合いがつけられるのは自分に対してだけなのである。
金子自身、迷惑な母親を抱えており、また自分の職業のために息子が学校でイジメにあう。(これは本当にあり得るのだろうか。設定のための設定である気もするが)だが彼は小島に対しても、横川に対しても、職分を果たそうとする。それぞれへのやり方は違うとしても。多分、自分の心に正直に、でも淡々と生きることに自分として折り合いをつけた心境からだと思う。
エンドクレジット後に、金子差入店の前に置いてある白いパンジーの鉢植えが割られている場面が挿入されている。白いパンジーの花言葉は「心の平安」。まさしく金子の心境である。でも、それが割られているということは、世間との戦いがまだ続くことを暗示している。やりきれない思いであった。
父性が救う
こんな職業があるんですね
更生後の前科者がするにはうってつけの仕事です。
真司とその母、小島家の母と高史、美和子と和真、そして二宮佐知とその母
子供は母の影響にどっぷりつかって成長するんだとつくづく思った。
影響を受けた子供がどんな風に消化して成長するかは、子供の個性と子供自身の思索と、周囲によるだろう
毒母のせいで闇に落ちかけたコドモたちを救ったのは、大いなる父性を持った大人たち。
真司には叔父・星田、二宮佐知には横川、そして真司と意外なことに弁護士の久保木。
毒母では当然なくむしろ賢母(かつ良妻)だが、きれいごとばかりの聖母のような美和子に個人的に違和感。
社会が悪くても自分のほうで折り合いをつけるべき、という考えは現実的なようだがせめて子供は守ってやらなくては。息子がいじめられているのを知りながら何もしないどころか相手の肩を持つような発言に、思わず「はぁ!?」と声出てしまった。息子がいじめを苦にしていたのではなく、いじめられている弱い自分を恥じていたのを見抜いていたからなんだろうか。いじめを知った父の真司はなりふり構わず学校に怒鳴り込む。やりすぎでひやひやするが、学校は事なかれ主義だから多分大事にはしないだろうし、結果的に息子へのいじめが公になったし、いじめっ子たちはビビッてもう和真に手出ししないのではないか。
父親である真司は、行動で息子を守った。
小島母が叫ぶ、「私は20歳まで息子を『育て上げ』ました」
確かに、彼女があんな風に育て上げたんだと思う
世の中には親がどれほど手を尽くしても矯正できないサイコパスな子供はいるが、高史は母親が育てたように育ったと思える。
密室で母に育てられたらしい小島高史には、父性を持った人と会う機会がなかった。
社会が悪いのか、自分の責任なのか、ケースバイケースで一概に言えるものではないし、どちらに責任があるにせよ、大事なのは、ではどうしたら良いか、のほうだ。
父性は、コドモを社会的にうまく生き延びられるように育てる、導く、手助けする、もののように思える。どうしたら良いか、を伝え、実践するのも父性ではないか。
多分、社会経験によるところが大きいと思うので、母親が父性を持っている場合もあると思う。
胡散臭げな弁護士の久保木が、「良心」に沿って仕事をしていること、そして警察(検察?)との間で、二宮佐知の事情をくんで、売春の件には触れないことで了解したとか、その昔の八百屋お七の「お前はたしか14歳だったな」みたいな人情判断があるなら、公的機関も人間も捨てたもんじゃないと思いました。
佐知の横川への面会が門前払いだったのは、面会した佐知が余計なことを言って彼女が追及されないようにという配慮だったんではないか。
もしそうなら、他人や社会は意外と温かいなと思いました。
丸山くん、好演。
真木よう子さん、いつもとイメージが違ってて似ている他人かと思いました。
役作りのためなんですかね
岸谷五朗の横川の漢気に、惚れました。
地味めのタイトルとは裏腹に、強烈に気持ち揺さぶられましたー。
2025年劇場鑑賞6本目は「金子差入店」〜差し入れるのは小さな希望〜、観て来ましたー。地味めのタイトルとは裏腹に、強烈に気持ちを揺さぶられる重厚なヒューマンサスペンスです。
刑務所や拘置所で勾留された人への差入を代行する「金子差入店」。
犯罪加害者とその家族にほんの少しの支えとなって寄り添う「代行屋」金子真司(丸山隆平)。金子自身も犯罪加害者として勾留経験を持つ。時に自分の仕事の意味に疑問を持ちながらも、小さな希望を届けたいと淡々と仕事をこなす。
もって行き場のないやり切れない気持ち、救いようのない加害者の態度やその家族の対応に翻弄される。ある犯罪者への差し入れをきっかけに、自分の妻や子供までが誹謗中傷に晒される。その激しい葛藤に観ている私の気持ちまで大きく揺さぶられました。一体自分は何のために、誰のためにこんな事をやってるんだろうか? そのやり切れなさに、観ていて本当に気持ちが辛くなりますです。
真木よう子さん、北村匠海さん、岸谷五朗さん、寺尾聡さん、共演者の役者さん達の素晴らしい存在感が作品をさらに引き締めています。
あー、しんどかった。今日はミッションインポッシブルにしとけば良かった。笑笑。
真木よう子さん…いぃですねぇ。
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