「コロナと、芋煮でも話題にしないやつ」サンセット・サンライズ cmaさんの映画レビュー(感想・評価)
コロナと、芋煮でも話題にしないやつ
菅田将暉の生き生きとした表情のポスターやチラシが印象的な本作。釣り好きのサラリーマンが、コロナ禍のリモートワークをきっかけに、田舎に移住する…という、一見シンプルでのどかな筋書だ。けれども実は、アンタッチャブルな二大要素に斬り込む、なかなかの意欲作だった。
冒頭、いきなり無神経な発言をする観光客が登場する。震災、そしてコロナ。もう忘れたい、なかったことにしたい、見ないふりで済ませたい…ことがらを、畳み掛けるような笑いの連続で巧みに引き寄せ、観る者の記憶を手繰っていく。
いきなり東京からやってきた西尾(菅田将暉)に、消毒液を振りかざす桃香(井上真央)。ドタバタっぷりに苦笑しながらも、確かに当時は、至極まじめに、そんなことをしていたなと思った。地元からの罹患第一号になりたくない!という信念を持ち、ごく当然に手作りマスク(守る会の面々は、たぶん大漁旗のリメイク)を身に付け、間隔を空けて席につき、「家族ゲーム」式に並んで会食する。真剣なのに、ちょっと間が抜けている。ばかなことやってたなあ、という気がするけれど、今もなおコロナはあるし、インフルエンザも大流行だ。とはいえ、今やコロナは得体の知れない恐怖ではなくなった。煩わしいけれど、まあ何とか付き合っていける。そんな日常に潜む諸々の一つ、になりつつある。
一方、震災は手ごわい。被災体験の有無、被害の大きさ(何を失ったか)で、独断と偏見満載のランクに振り分けられ、近しい者同士でさえも話題にしない。「芋煮でも話さないやつ」という扱いだ。口にしないのは、「どうせ他人にはわからない」というあきらめだけでなく「どう伝えればいいのか分からない、そもそも、分かってもらう必要があるのかさえ分からない」というためらいではないか。忘れたい、忘れられてしまえばいい、というような。コロナよりずっと前に起き、その後も各地で天災は起きているににもかかわらず、いまだに上手い付き合い方が見つからない。多くを語らず日々を重ねる、百香の父(中村雅俊)や茂子さん(白川和子)の佇まいが印象的だった。
西尾は、アクロバティックな宣言で壁を越えようとしたかに見える。けれども、彼が取ったほんとうの選択は、思いのほか繊細で誠実だった。原作は2022年発表。それから3年経過した今だからこそ、映画だからこそ、の結末を、様々な人に、ぜひ味わってほしい。