「期待感が高かっただけに、」遠い山なみの光 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
期待感が高かっただけに、
1982年、ロンドン近郊の富裕層向けの住宅街に暮らす日本人の母・悦子(吉田羊:英語上手)を、しばらく疎遠だった二女・ニキ(カミラ・アイコ)がロンドンから訪ねて来る。悦子は自宅を手放す準備を始めていたが、作家志望のニキは、想いの残る自宅で、母の長崎時代のことを知りたいようだ。悦子は、長崎で英国人の夫と出会い、前夫との娘、恵子を連れて英国に移住し、その後ニキが生まれるが、年月が経って、夫と恵子を喪ってから、ニキが寄り付かないこともあり一人暮らしをしていた。
次に場面は、1952年頃の長崎に移る。当時、悦子(この時代は、広瀬すず)は、南方から負傷して帰ってきた恩師の息子と結婚し、妊娠していた。ただ、この場面は映像等に現実感が乏しく、見ていることがつらかった。特に、疑似長崎弁がどうにもならない。俳優さんたちは、単語起こしした長崎特有の言葉を話すだけ。方言は単語(ボキャブラリー)のみでなく、イントネーションを含み個々の音節の発音などすべてが違うはず。しかも相手によっては、共通語を話していた。住んでいた集合住宅は、原爆被災者向けの高層住宅を模したのかもしれないが、病院か何かの建物にしか見えず、感情移入ができなかった。
ところが、場面が英国に戻り、ソファーで寝ていた悦子が、この頃、悪い夢を見るのでベッドでは寝られないと言ったとき、長崎の場面は基本的に彼女が見た夢かと思ったら、つじつまがあった。夢は、現在の解釈では、過去に起きたこと、それを受け止める本人の感情の反映とされている。単なる絵空事ではないわけだ。夢の内容は、悦子とやや得体のしれない東京出身の女性・佐和子(二階堂ふみ)、その6歳くらいの娘・万里子との交流が中心。しかし、万里子は服装といい、母親からの扱いは余りにも粗略だった。おそらく、佐和子は悦子の分身、万里子は最初の夫との間に、その後生まれた恵子を投影しているのだろう。
58年頃、何らかの事情で最初の夫と別れた悦子は、英国人の夫、恵子と共に英国に移ってきて、ニキが生まれたというわけだ。残念なことには、夫が亡くなったあと、養父にも英国にもなじめなかった恵子はピアノを弾いて、たくさんのトロフィーや賞状をもらっていたのに自死する。
困ったところもたくさん。特に、妊婦に野生の猫は、ご法度のはず、昔も今も。長崎時代、喪服で出てきた女性は、英国に移住した後年の悦子が迷い込んだのだろうが。ニキは英語の発音はnativeだが、なぜか日本語は読める設定で、風貌は日本人寄り。タイプライターの取り扱いは素人同然。
母の話を聞き終えたニキは、やがてロンドンに帰って行くが、それを悦子が、さりげなく見送る姿に、はじめて我々が、これまで親しんできたカズオ・イシグロを見た気がした。彼自身、6歳の時、家族と共に長崎から英国に移住している。おそらく、関係者の多くが存命のためもあり、ストーリーの詳細は明らかにされず、我々の理解が問われる内容だった。原爆投下時のこと、戦時下の日本の教育のこと、日米欧で、日本人女性がどのように生きるかなど、何も深遠な内容を含んでいた。
そう言えば、最近のレポートで、乳糖不耐症の人は、夕食にチーズを食べると悪い夢をみることがあるそうだ。日本人の10%は、牛乳を飲んだ後、お腹がゴロゴロする乳糖不耐症、厄介なことに、そこまで行かないとしても、年齢を重ねると酵素の活性は下がる。
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