劇場公開日 2025年9月5日

「曖昧が引きずり出す観客との鬩ぎあい、圧巻の広瀬すずに刮目」遠い山なみの光 クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 曖昧が引きずり出す観客との鬩ぎあい、圧巻の広瀬すずに刮目

2025年9月8日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

知的

難しい

斬新

 戦後80年の節目を目指したのか、よりによってノーベル文学賞の巨匠カズオ・イシグロの処女作を以って、長崎原爆の残影を描く。脚本・監督・編集を担った石川慶は映画的なアプローチを果敢に攻め、ミステリーの仕掛けを内包し女性の懺悔を温かく。と同時に、親に従うと言う当たり前の概念で遠く日本を離れされられた理不尽を、原作者自身の来し方に重ねることにより生きづらさにリアルを重ねる。ミステリー形式とは言え、隠されたパズルは決して解かれることはなく、むしろ曖昧なまま提示される、敢えて答えを避けることによる深淵を感じ取って頂ければと。文学でなら可能でしょうが、映像で具象として描く作品でそれを実践し成就させた技量は相当なものです。

 この監督の挑戦を確実に支えたのが主演の広瀬すずです。圧巻とはここでの彼女の演技であって、可愛いアイドル女優はあれよあれよで既に大女優の風格に確実に成長しておりました。映画全盛期の頃の映画スターは当然に美男美女であった、スクリーンを注視し続けうる「美」が必要だったから。吉永小百合が引っ張りだこだったのは当然で、彼女に限らず「美」の上に「演技」が花開く。その意味でピークの頃の吉永に生き写しの圧倒的な広瀬の「美」がスクリーンを支配。そのうえで、視線から眉ひとつ口元ひとつ指先ひとつ肢体の僅かな捻り、そして口跡の的確な表現、すべてを駆使して監督の目指す人物をスクリーンに具象化する。素晴らしい「主演女優」に心奪われるってのは本当にあるのですね。来年春の日本アカデミー賞の主演男優は吉沢亮なのは100%で、主演女優は本作での広瀬すずでしょう。もっとも出演作が怒涛の勢いで、続く「宝島」でどう観客を揺さぶるのかまだわかりませんが。

 まるでタイプの異なる二階堂ふみにとっても、最高の魅力を発揮できたのは確かで、スカーフを巻いたキリリとした意思を湛えた明確な美女は目も覚める程。広瀬と二階堂の2人で行動する長崎の陽光輝く光景は戦後の復興目覚ましい勢いを感じさせる。対する1983年のイギリス式庭園の美しい邸宅の光景はしかし日差しがあるにも関わらず、どんよりと薄暗い。実際にまるでライティングを自然光に委ねたような暗過ぎの中で、吉田羊とカミラ・アイコの噛み合わない会話劇によるコントラストが秀逸です。ネイティブスピーカーのカミラ・アイコの欧米風の演技に対し、吉田の重い演技が本作の肝でもある。ほぼ総て英語のセリフをこなし、結局のところ本作における30年間の総括を滲ませなければならない難役を見事にこなされてました。

 対する男役ももちろん、松下洸平も三浦友和も心地よい演技でしたが、何故か浮いたような存在感の希薄を敢えて滲ませたのでしょうね、作品の方向性の必要性から。終戦を境に価値観の180°の転換により戦前の忠心を非難され、激高する主人公の義理の父親(三浦)。しかしずっとロングショットのままの醒めた描写に留め、何事かしらと立ち上がる広瀬の風情の凄まじさ。なんてことないただ立ち上がるだけなのに、起きている事象を涼風のように流してしまう映画的表現に舌を巻く。

 (以下、ネタバレ含む) 解釈もいろいろですが私的には、長崎での佐知子こそが本当の悦子であり、そこで語られる悦子はとりもなおさず、望ましかった自分を理想的に夢想で描写。万里子は景子であって、ニキとは異父姉妹となる。従って前述の男2人の存在の薄さから、すべては悦子の意識の中だけの息遣いでしょう。とりも直さず原爆の直接・間接の影響を忌避したい闇の存在が浮かび上がる。ケイト・ウィンスレット主演の「リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界」原題「Lee」2023年での晩年のイギリス邸宅での庭の描写と、語られる謎も含め、本作と極めて類似する描写に驚きました。

 カズオ・イシグロはノーベル文学賞受賞でも映画への訴求は強く、本作ではエグゼクティブプロデューサーとしても参加。「生きる LIVING」原題 Living 2022年では脚本も製作総指揮も担ってますね。石川慶との接点は知りませんが、望むべき最高の化学反応が起きたのが本作です。日本・イギリス・ポーランドの3カ国合作による国際共同製作ってステージが効いているのでしょう。

クニオ
TSさんのコメント
2025年9月9日

こんんばんは。
俳優たちの演技についてのコメントが的確で、とても共感しました。

TS
ノーキッキングさんのコメント
2025年9月8日

広瀬すずは良いとして、吉沢亮はどうでしょう?投票母体が俳優であるアカデミー賞は嫉妬や忖度が付きもの。泥酔事件で公開も危ぶまれた『国宝』、同業者たちの指示を得られるのか? 後発の妻夫木にまくられたりして。

ノーキッキング
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