「このたゆたう感じは、カズオ・イシグロの文体そのままだ。」遠い山なみの光 ふくすけさんの映画レビュー(感想・評価)
このたゆたう感じは、カズオ・イシグロの文体そのままだ。
私に友達がいてね。
で始まる昔物語、それは、実は自分のことであった。
そういえばよくある話だ。
(絶対にネタバレなしで見なくてはならない)
最後の最後まで、そのことを理解するのに時間がかかった。
途中で、え、吉田羊って悦子だよね。でも、英語を話すのは佐和子だし、え、長女の写真て麻里子、
恵子じゃなかったけ? なんであんなに他人の子である、万里子にむきになるの?
ざわざわする。佐和子はアメリカに行くって言ってるし?
では、佐和子が実はイギリスの悦子なの?
話はそんなに単純ではない。
義理の父から届いた絵ハガキはイギリスの恵子の部屋から見つかる。
ニキは姉の才能に嫉妬している。
恵子がなぜ自殺したかは語られない。
長崎の悦子の描写は、いくばくか、イギリスの悦子にもつながっているのだろう。
ならば、悦子は二郎との関係を清算したのだろうか?
本当に、おなかの子は誰の子?
イギリスにはおなかの子がいた形跡はない。
このたゆたう感じは、カズオ・イシグロの文体そのままだ。
原爆に対する、差別も、戦争への忌避感も、大きな声を伴っては語られない。
これはなんと美しい文学であろうか。
カズオ・イシグロは原作をそのままにトレースすると映画は失敗すると言っているそうだ。
その意味で、この映画はイシグロの世界観を見事に写し取ったと思う。
なんという成功であろうか。
広瀬が長崎時代の悦子、二階堂が佐知子、吉田がイギリス時代の悦子を演じた
松下洸平が緒方二郎 三浦友和が二郎の父の校長先生
コメントと共感、フォローありがとうございました。長崎の悦子が、直接誰かに手をかけていたら、あのエンディングにはならないと思います。あくまでも、自分の選択が景子を自死に向かわせてしまったのではないかと思う、悦子の後悔の象徴と観ました。
これからもよろしくお願いします。
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