劇場公開日 2025年1月31日

「左派と保守の和解」リアル・ペイン 心の旅 かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5左派と保守の和解

2025年2月2日
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「メンタルヘルスに苦しむ僕の個人的な痛みは、客観的に見てもっと恐ろしい先祖の痛みと比べてどうなのか?僕の痛みは語るに値するものなのか?」実際強迫神経症に悩んでいるというユダヤ系アメリカ人ジェシー・アイゼンバーグが監督・脚本を担当した本作で、アイゼンバーグ本人が主役のベンジーを演じるつもりでいたところ、それでは荷が重すぎるとプロデューサーのエマ・ストーンにたしなめられ、そのベンジーの従兄弟デヴィッドを演じることにしたという。

自殺未遂経験者のベンジーには、マコーレーの弟キーラン・カルキンをキャスティング。社交的だが自分の考えが通らないとへそを曲げ反社的行動にでる、ベンジーそのままの性格の持ち主だったそうな。そんなベンジーがどういうわけか極度の鬱状態、従兄弟の病気を心配し本人も強迫神経症の気があるデヴィッドがベンジーを旅に誘った行く先が、なんと二人の祖母の故郷ポーランド。そこでガイド付ホロコースト・ツアーに参加するのだが....

私はこの映画を観て、何十年も前に一人で訪れたシチリアのオプショナル・ツアーのことをふと思い出したのである。どこぞの遺跡を訪れるために集まった観光客のほとんどが英国人かアメリカ人の老人たちで、日本人は私だけ。そこに自分のルーツ探しに来たと語るイタリア系アメリカ人の青年が一人いて、英語もろくに話せない私となぜか意気投合。老人ツアー客たちががクスクス料理に舌鼓をうっている間、私と青年は売店で大して美味しくもないチーズハムサンドを買って、旧市街地をブラブラ。集合までの時間潰しをしながらあてもなく歩いた記憶が甦って来たのである。

何を話したのかも全く憶えていないのだが、ツアー客の中で明らかに浮いていた私たちは、その気まずさをお互い察していたに違いない。ホロコースト・ツアーのハイライトであるマイダネク収容所跡地を訪れた後、電車の中でベンジーが人目もはばからず嗚咽するシーンがある。ガス室の中で命を落とした祖先たちの大量に積み上げられた履き物を目撃し、激しくショックを受けたのである。広島の原爆記念館を訪れて涙を流す白人女性をYouTube等で目にすることがあるが、それとは明らかに異質な“涙”だったような気がする。

他人の悲しみや痛みに一時的に同情するふりができる人は沢山いるが、それを自分の痛みとして感じられる人は果たしてどのくらいいるのだろう。本作のベンジーとデヴィッドはおそらく後者に属する感受性の豊かな人種なのだ。祖先の受難を辿る旅で、なぜか一等車に乗って移動し、腹が減ったら🍷片手に豪勢な食事を堪能する。そんな嘘臭い旅のどこに真実味があるというのだ、チーズハムサンド?で充分ではないか。ベンジーは愛する故人ドリー婆ちゃんがサバイブした歴史的悲劇を、単なる傍観者として眺めることができなかったのであろう。

旅先で祖先が経験した“痛み”を知ったデヴィッド(🟥T→家族持ち→共和党)は同時に、従兄弟ベンジー(🟦T→ホームレス→民主党)の苦悩を心の底から理解することができたのではないだろうか。ポーランドから持ち帰った“石”そのものが、ホロコーストで犠牲となったユダヤ人祖先の皆さん、そしてベンジーが背負い続ける“悲しみ”のメタファーのように思えたのである。ポーランド出身の天才作曲家ショパンの調べが、全編を通じて劇伴として使用されている。第二次大戦中持病の肺結核が原因でパリで命を落としたショパンは、生涯を通じて祖国ポーランドへの帰郷を強く望んでいたという。

あのイタリア系青年もレスだったのかなぁ、もしかして。

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かなり悪いオヤジ