拳と祈り 袴田巖の生涯のレビュー・感想・評価
全9件を表示
姉の秀子さんと笠井千晶監督の優しさ
「これからはもっと巧妙にやらねば」という検察の意志表示か
1966年の事件から58年、1980年の最高裁での死刑判決確定から44年、今年漸く再審無罪が確定した袴田巌さんの来し方を振り返り今を見つめるドキュメンタリーです。 この度の無罪確定後、静岡県警や検察は袴田さんに直接の謝罪を行っていますが、最も重要な問題である「証拠捏造」については一切言及していません。 客観的合理性よりも「組織の論理」が優先した結果としか考えられません。 それはつまり、「この時はまずったけど、これからはもっと巧妙にやらねば」という意志表示にすら感じてしまいます。
本作では、2014年に一旦釈放されて(無罪ではない)からの袴田さんの日常生活を丹念に追っており、新聞などで伝えられる「拘禁症状」とは如何なるものかが分かります。
時として理解出来ない言葉を口走ったり、一日中部屋の中をひたすら歩き回っている姿から、死刑判決を受けていつ執行されるか分からない恐怖に数十年間晒されて来た人が受ける抑圧の苛烈さを伺い知る事が出来ます。
その中での唯一の救い(と言うのは他人の無責任な言い方ですが)が、巌さんの無実を信じ粘り強く再審請求を支持し続けて来たお姉さんの前向きな力強い姿です。 警察・検察・裁判所の無責任な先例主義・官僚主義は巌さんのみならずお姉さんの人生をも黒く塗りつぶしてしまったのでした。
ただ、もっと深く紹介して欲しかったのは、こんな無理筋の「有罪」論を検察はどんな論理で押し通し、裁判所はそれを認めたのかという点です。そこをより詳細に検証する事で彼らの暴走がより具体的に明らかになり、今後の戒めにもなります。我々一般の人間には裁判記録は容易に触れられないだけにそこを知りたかったです。
袴田さんの失ったものは返ってこない。
お姉さんの強さに圧倒された
稀有なドキュメンタリー
ドキュメンタリーを観たあとよく二度と観たくないけど観てよかった、でも人には勧められないと思うことがよくある。これは二度とこんなことがあってほしくないし観てよかったしなんなら人に勧めたいドキュメンタリーだった。
袴田巖さんと姉秀子さんの日常があまりにも自然に映される。人が撮っているのではなくそこにポンとカメラが置かれているだけのように感じる。
監督は袴田巖さんが釈放される前から秀子さんの取材をし、記者と取材対象という関係を越えたものだったとかどこかで読んだが、そんな関係だったからこそここまで自然に撮ることができたのだろう。この監督でなければ撮れなかったドキュメンタリー。
巖さんは拘禁症状から意味のわからない言葉を口にする。だが本当にこの人に正気は1ミリもないのか?と思えるシーンが多々ある。ボクシングのことになれば雄弁に語るし、自分に縁がある場所はどれだけ朽ちようと覚えている。街を歩き周り甘いもの(好きなのかな?長年食べる機会が少なかったから?)を食べると目を細めて嬉しそうにする。そのギャップがあまりに切ない。
そして秀子さんの底抜けな豪快さに救われる。離婚したことは「女1人のほうが楽しいじゃない!それに結構モテたのよ?」なんて茶目っ気たっぷりに話して、巖さんが夜中まで帰って来なかろうが階段から転げ落ちようが最後には笑い飛ばしてしまう。テレビで見かけるたびに思っていたが改めて思う。なんて強い人なんだろうか。
冤罪と死の恐怖が人をここまで変えてしまうということ、そしてあまりにも時間がかかりすぎた自由までの時間と戦い続けた人々をこの短い時間によくぞまとめられたと思う。ほんの少しでも袴田事件や冤罪に興味がある人は見てほしい。
自由が薬となって、巖さんと秀子さんのこれからが幸福に満ち溢れたものであってほしい。そして当時の裁判官であった熊本さんの魂が救われること願ってやまない。
全9件を表示