「ヒッチコック風」トラップ 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)
ヒッチコック風
人気ミュージシャン「レディレイブン」のコンサートへやってきた父娘。
予算とエキストラを投じたコンサートは現実的な臨場感があったが、主役クーパー(ハートネット)はどこに居ても頭一つ分でかすぎて(191㎝)やたら浮いた。彼は娘のライリーがaを4つ、bを1つの好成績をおさめた褒賞としてレディレイブンのアリーナ席を奮発した。だが彼は不可解なことばかりする。何故なのか何者なのか、わからない。
でかくて怪しいにもかかわらず雑踏も警備もクーパーを気にしない。その間映画は完全に枝葉なシーンをいくつも見せる。全乳じゃなくて無乳糖ミルクだ、コンブチャじゃなくてハニーサックルコンブチャだ、と付き人に悪態をつきまくるゲストスターが出てくるし、ライリーのいじめっこの母親とコンサート会場で会うというどこへもつながらない枝話が挿入されているし、レディレイブンの夢見る少女というテイラースウィフトの22ハットみたいなシーンもかなり尺がとられているし、構成やクーパーの表情を追うカメラはヒッチコック的だし、なぜかヘイリーミルズがでていた。
レディレイブンは現実でもシンガーソングライターであるシャマランの娘Salekaが演じていて、シャマラン自身もコンサートスタッフ役で出てくる。
なんか雑多な情報が頭んなかで錯綜するこの映画の、特に前半ははっきり言ってすごく面白かった。ふつう映画は30分くらいすると、どこへ落としたいのかだいたいわかるがこれはわかりにくかった。
クーパーは実は殺人鬼の「ブッチャー」であり、サイコのアンソニーパーキンスのように存在しない母親の幻影に従属的であると設定されている。ヘイリーミルズはFBIのプロファイラーという役どころ。なぜかヘイリーミルズがでていた──と言ったのは唐突なキャスティングだと思ったので。ヘイリーミルズはポリアンナ(1960)で有名になったイギリス人なら誰でも知っている国民的子役。日本で言うなら小林綾子という感じだろうか。ヘイリーミルズはヒッチコックに出たかったけれど出られなかった俳優だった。シャマランがヒッチコック風映画に起用して願望を実現させた、のかもしれない。が、詳細はわからない。
わけがわかんない間はすごく興味深いが、だんだんすぼまっていく。この、すごくひきつけられたのに、結局すぼまって終わる曲線は同監督のオールドやノックにも似ていた。
批評はあまりふるわずImdb5.8、ROttenTomatoes57%と65%。明解なprosやconsが提示されない、どっちつかずな批評が多かった。
プロットの原点はパープルレインのようにサントラと映画が一体化したものだそうで、SalekaのアルバムTrapが同時発売されている。つまりシャマランの親馬鹿映画でもあった。
しかし映画の前半のなんともいえない感じはいい。古いスタイルのカメラワークで、なんか妙に焦点のあわない話をつむいでいく。役者ではクーパー妻役のAlison Pillがとてもじょうずだった。
ヘイリーミルズは1968年にTwisted Nerveという映画にでた。じぶんはそれを製作から20年後の80年代後期にVHSレンタルで見た。邦題は密室の恐怖実験。それからまた約20年後にタランティーノが映画中の口笛をkillbillでダリルハンナに吹かせて話題になった。Twisted Nerveはヘイリーミルズが子役からの脱皮をはかろうとした映画だった。おそらくミルズはヒッチコックに出たかったのだろう。だからTwisted Nerveにはヒッチコックへのアピールが感じられる。が「しかしねえヘイリーあいつは無類の美女好きなんだよきみも知ってるだろ」きっとマネージャーとそんな会話があった、のかもしれない。ハリウッドからイギリスへ帰ってきたヒッチコックがフレンジーを撮ったのは1972年だった。