劇場公開日 2025年8月8日

「骨太に描かれた、家族の歴史の物語」アイム・スティル・ヒア きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 骨太に描かれた、家族の歴史の物語

2025年9月8日
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鑑賞方法:映画館

むかし、兵庫県の小さな教会を訪ねたことがある。そこの牧師さんから「教会の歴史」を聞かせてもらった。

― 戦時中、「天皇陛下も神の前には同じ人間だ」と発言したがために警察署に連れて行かれたという、その教会の先輩牧師さんのことだ。

シタイヒキトルカ 」

と電報が来て、
署へ行ってみると全裸で転がされていて、牧師の妻は猛抗議で「せめて服を着させて下さい」と食い下がって、“夫”を連れて帰ってきたのだと。子供たちとリアカーに乗せて連れて帰ってきたのだと。

文書資料では見聞きしていたが、その他ならぬ現地で、そこの関係者から、この「電文」と「閉鎖命令」と「リヤカーの話」を聞いた衝撃は
ちょっと表現が出来ない。

あの時代、日本のキリスト教会の事務局は、官憲に目を付けられて見せしめのためになぶり殺しにされていた その上記のような教会を見捨てしまったのだ。トカゲの尻尾切りで、目をつぶり、国に抵抗したキリスト者をみんなで助けようとはしなかった。
戦後、21年後にその罪責を公に告白し、詫びるまでは。

「黙っていましょう」
「我慢して見ぬふりをしましょう」
「危険に近づくのはやめて!」
と、妻エウニセは夫ルーベンスを止めたかったろうに。

ルーベンスは愛する妻には自分の地下活動の件は一切黙っていたのだった。
映画はブラジルでの実話。

拷問で、死ぬまで殴られるって、どんなに怖くて、痛くて、どれだけ苦しいんだろうか・・
妻子の命も脅かされる。独房では家族の無事がどれだけ気がかりか。エウニセの取り調べのシーンは精神の錯乱の領域まで踏み込む。

・ ・

【原作】末っ子の息子マルセロの手記が原作になっている。その後も政情不安なブラジルなら、息子や妻も命がけだったはずだ

【監督】は、あの「モーターサイクル・ダイアリーズ」のウォルター・サレス。
沈鬱なテーマや悲痛な最期があろうとも、人間には美しくて輝く人生のひとときが同時に必ず伴っている事を、カメラで丁寧に語ろうとする人だ。

【物語】は三分の一ずつの分量で、三つのブロックに分かれて構成されていたように思う、
①夫婦仲は最高で、幸せな子だくさんの弁護士一家。その平和な日常風景。

②家の主の連行と行方不明。

③夫、そして子らにとっては掛け替えのなかったお父さんの不在の日々から〜25年目の「死亡証明書」へ。そしてその後の子どもたちと母の人生の紹介だ。

この映画作品に特別のものがあるとすれば、軍事政権によって亡きものにされたルーベンスの家族が「その後をどう生きていたか」を全体の三分の一をたっぷりと割いて後半で丁寧にエピローグしている点だ。
①と②だけなら類似する構成の告発系社会映画はいくらでもある。
しかし本作は ③=「家族のその後」が殆ど映画の主題なのではないかと思われるほど大きく据えられている。

・警察署から出されて駐車場の見える廊下を歩かされるエウニセの呆然とした顔。
・帰宅して子どもたちの寝顔を確認したあとやっとシャワーを浴びて、痩せて疲れ果てた自身の体の黒い汚れをアカスリで落としていくさま。
・「ただ眠りたい」と起きてきた娘に告げるシーン。
・そして夫を取り返すために司法試験に臨む。

強烈だ。
夫を待ち、子どもたちのために耐え、言葉を慎んだ母が強烈だ。

「暗い表情の家族写真が欲しいんです」とリクエストする新聞社に「いいえ、みんなで笑いましょう」と敢えて言う母。しかしこの写真でただ一人最後列で固く強ばった顔で立つ長女。

25年が経ち
末っ子のマルセロに長姉がお酒を注ぎ、そして訊く
「いつお父さんが死んだとわかった?」
「いつ頃お父さんはもう戻らないと悟った?」
・・この、母が席を外した時に姉が弟にそっと尋ねるやり取りには
もう僕はやられてしまった。
なんという家族のリアリズムだろう。

たくさんの実在の写真が、家族の愛の歴史と結束を証明していて、
「アイム・スティル・ヒア」
=私たちは死んでない
=どっこい僕らは生きているぜ
と、弟は家族の記録を著したのだ。

エウニセ役のフェルナンダ・トーレスと、認知症になった後代のエウニセ。=この認知症のエウニセを演じたのはトーレスの実母フェルナンダ・モンテネグロだ。似ているはずだ。圧倒されてしまう。こんな凄い女優たちがこの世にいるのか。
子役たちが成人していく後半でのキャスティングも文句なし。

・・・・・・・・・・・・

今宵の塩尻市・東座。
館主の合木こずえさんは薄いペパーミントグリーンのサマーセーターでした。
猛暑の夏も頑張って良作をかけ続けてくれた。
世に問うべき映画を「これぞ」と見つけて引っ張ってきてくれた。
細身の体を凛とさせて、上映後に客席から出てくる観客をロビーで迎えてくれる彼女。映画ごとに彼女は表情が違う。

闘ったエウニセの面持ちがハッとするほど重なっていて、
かける言葉を失ってしまった。

·

きりん
きりんさんのコメント
2025年9月8日

Мさん
「家族の物語」として書いた末の息子の気持ちを、監督は丸ごとすくいとってやったのではないかなぁと感じました。
「あの時代と、その後の時間とを、僕たち家族はどう生き抜いてきたか」。
・・それこそ肉親にしか書けない身内の記録としてね。
映画の後半部はとくに末ッ子の文章の色が出ているように感じられて、僕はそこにも胸が打たれた次第です。

きりん
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