「家族の平穏を無惨にも奪われた専業主婦が変容していく」アイム・スティル・ヒア 清藤秀人さんの映画レビュー(感想・評価)
家族の平穏を無惨にも奪われた専業主婦が変容していく
革命家、チェ・ゲバラの青春時代にフォーカスした『モーターサイクル・ダイアリーズ』((04年)や、1950年代のビート・ジェネレーションを代表する作家、ジャック・ケルアックの自伝的小説を映画化した『オン・ザ・ロード』('12年)等で、ロードムービーの達人と言われてきたウォルサー・サレス監督。ブラジルに生まれ、外交官の父と共にフランスとアメリカを行き来して育った彼が、ロードムービー、つまり旅する映画にシンパシーを感じるのは必然なのかもしれない。
同時に、15歳でブラジルに帰国したサレスが離れて暮らしていた母国をテーマに映画を作るのも、また、必然。離れていたからこそ見えてくる真実や独特の距離感が、作品に深みと客観性をもたらすこともあるからだ。『モーターサイクル~』はその2つの要素が合体した傑作だと思うし、本作『アイム・スティル・ヒア』は軍事独裁政権下のブラジルに生きた実在の家族に密着して、平和なコミュニティが少しずつ破壊されていくプロセスを計算し尽くされた演出で見せていく。冒頭で描かれる家族の風景が平穏であればあるほど、その後にやって来る暴力の足音が覚悟はしていても、身に沁みて恐ろしいからだ。
元下院議員だった夫が政権に批判的だったことから、ある日突然、軍によって連行される。本作は、残された妻が平凡なハウスワイフから闘う女性へと否応なしに変容していく姿を通して、国家的弾圧にも負けない個人の強さを描いている。妻とは、母とはいかに強靭であるかというパワフルなメッセージだ。
サレスが最後に仕掛けた過去作との見事なリンクに思わず膝を叩く映画ファンがいるに違いない。筆者もその鮮やかさ、旨さにニヤッとしてしまった。
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