「単調なようで企みたっぷりな知的好奇心を揺さぶられます」ブルータリスト クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
単調なようで企みたっぷりな知的好奇心を揺さぶられます
まあ冗長なのは確か、なにしろ3時間34分でたった一つの建築物の設計から完成までのみを描くのですから、波乱万丈の半生とは程遠い。ましてやユダヤ抹殺の激動の悲劇の感動作とは真逆ですらある。おまけに製作費節約のためか、やたらアップのシーンが多く、要するに背景セットを省けるからか。しかし、だからツマラナイとはならないのがミソ。役者上がりの監督ブラディ・コーベットはどう見てもユダヤ系には見えず、建築様式としてのプロセスにこそ興味があったのではないか。
ナチの迫害を受け収容所から命からがらにして脱出、渡米。数多の苦労を経て建築家として名を遺す、ってのがストーリー。ポイントはブルータリズムと称される装飾を排除した武骨なスタイル。コンクリート剥き出しの建築物って言えば日本の昭和の建物に多いですよね、市役所とかに。力強いけれど荒々しく洒落っ気なし、構造的デザインが命みたいな。この言葉から連想されるのが「ブルータス」ですね。マッチョであり男臭く残忍でもある。まさに二つの言葉は派生語の域で、タイトルの「Brutalist」はそんな野郎と解せばよろしいのではないか。
ならば本作におけるブルータスな野郎と言えば、助演男優賞にノミネートのベテラン役者ガイ・ピアースであり、助演ではなくタイトルロールと言っても差し支えない暴れん坊ぶりなんですね。大金持ちの気まぐれに留まらず、建築家を翻弄するハリソンを、彼(ガイ)史上最高のイケメン装いでタイクーンのように振る舞う。しかし、対するラースロー・トートとても相当なブルータスなのが本作の曲者ぶりでしょう。全面的被虐でもなく、頑固一徹なのが本作の縦軸として貫いています。
で、メインの男2人がマッチョイズムが強ければ強い程、却って浮かび上がるのがゲイ要素なんです。決して比喩でもなく、米国に到着早々に売春宿に出向くラースロー、帰りがけ女将から「肌の浅黒いハンサムボーイもいるよ」と誘惑するも、もちろん「その趣味はない」と言うシーンがわざわざ挿入され、咄嗟に?が私の頭を過る。やっと再開出来たとは言え、従弟とのハグの長すぎる異様、相棒然と面倒をみてやる黒人の親子、その大人ゴードンとはドラッグを共有する濃すぎる間柄。などなどの伏線の挙句のハリソンの暴走が描かれる。マッチョ信仰の裏返しが本作の横軸なんですね。
そうは言っても本作の異性とのラブシーンもかなり濃厚に描かれ、アカデミー賞女優のフェリシティーのヘア(本人かどうかは不明)まで映るわけで。当時の怪しげなブルーフィルム(多分本作のための撮影フィルムでしょう)の画面まで登場。なにより妻エルジェーベトが米国に到着した最初から、エルジェーベトはラースローにセックスを激しく要望する程に。生き様として性が積み重ねられるが、あくまでも前述のハリスンの支配欲に収斂させるためでしょう。
本作はタイトルから、肝心の建造物の連写、そしてエンドタイトルにいたるまで相当にスタイリッシュなのがポイントです。なにより劇伴奏が凝りに凝って、全編アグレッシブにオーケストラが鳴り響く。音楽が実に饒舌で、退屈な長廻しシーンに多用され効果を上げています。だからアカデミー賞に撮影も作曲も当然のノミネートですね。やっと辿り着いた自由の国、ニューヨークの自由の女神が何故か斜めの角度でしか描かれない作為が計算の上なのですね。
映画モギリで配られるリーフレット。ラースロー・トートの略歴が記載されてますが、なんと写真がエイドリアン・ブロディ。あれれ? ご本人ではないの? これがまた本作の仕掛けとは! 要するに実在の人物ではないのでした。ビエンナーレの表彰式まで描くものだから、てっきりですよ。もちろん近いモデルの著名人はいたようですが、エキセントリックなコンテンツゆえ、架空の人物に据えたのでしょうね。でも最後の種明かしである「収容所をイメージしてのデザイン」である事こそ本作の肝ですから。
「戦場のピアニスト」でオスカー獲って、再びユダヤを全面に押し出した役で二度目のオスカーも濃厚なエイドリアン・ブロディ。見事なユダヤ鼻が強烈な彼の名演によって、架空が真実に昇華されられた。対する妻役のフェリシティ・ジョーンズはなんと前半は全く登場せず、15分間の休憩のあとの後編にやっと登場ですが、流石の貫禄を見せつけます。