「劇的効果を高める脚色と、暗い夜にともす光の演出が巧い。配信スルーがもったいない掘り出し物」ヤング・ウーマン・アンド・シー 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
劇的効果を高める脚色と、暗い夜にともす光の演出が巧い。配信スルーがもったいない掘り出し物
英仏間のドーバー海峡(約34km)を女性として初めて泳いで渡ったアメリカ人水泳選手トゥルーディ・イーダリーの半生を描いた劇映画。日本での知名度の低さを考えると配信スルーも仕方ないが、スポーツドラマとしての面白さはもちろん、男性優位社会の時代に女性主人公が不屈の精神で偉業を成し遂げる痛快さ、彼女を支えた家族の絆など、いくつもの魅力がぎゅっと詰まったなかなかの掘り出し物だ。
製作がジェリー・ブラッカイマー、監督は「パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊」のヨアヒム・ローニング(ヴァイキングの故郷としても知られるノルウェーの出身)のコンビで、2人とも海が大好きなんだろうか。イーダリーについて調べると、実話に基づくといいつつ、いくつか事実を改変して劇的な効果を高めていることがわかる。以下に挙げるトリビア的な話題は、事前に知るとネタバレになってしまう要素も含むので、できれば鑑賞後に読んでいただけるとありがたい。
・ファーストネームは正しくはガートルード(Gertrude)で、トゥルーディ(Trudy)は愛称。
・ちょうど100年前のパリオリンピックにトゥルーディが出場したのは事実だが、女性選手に直前の練習をさせない差別待遇により銅メダル1個にとどまったというのは史実と異なる。女子4×100m自由形リレーのメンバーとして金、個人で100m自由形と400m自由形で銅2つ、計3つのメダルを獲得。帰国後に女子チームが冷遇されたということもなく、米国選手団の凱旋パレードに参加した。
・映画ではパリ五輪後の停滞期を経ていきなりドーバー海峡遠泳という新たな挑戦に臨む流れだが、ここも事実ではない。1925年にトゥルーディはプロに転向し、ニューヨークのバッテリーパークからニュージャージー州のサンディフック半島への遠泳35kmを7時間11分で達成。この記録は81年間破られなかったという。ドーバーの挑戦をよりドラマチックにするため敢えて省略したのだろう。
・ドーバー遠泳の1回目の挑戦で、映画では女性差別主義者的に描かれるコーチのウォルフが紅茶に睡眠薬を混ぜて妨害したことが示唆されている。だが実際には、ウォルフに命じられた伴泳者がトゥルーディを救助したことで失格処分になった。コーチが邪魔したことに変わりはないが。
・1回目の挑戦に失敗した後、実際にはトゥルーディは一度アメリカに帰国している。従って映画の痛快な“脱出劇”はもちろん創作だ。
・ドーバー遠泳の2人目の成功者である英国人スイマーのバージェスが、トゥルーディの2回目の挑戦の前に指導したのは事実。ただし2人は1年弱かけて準備し、1926年8月6日朝にフランスのグリ・ネ岬をスタートした。
ファクトチェック的な話は以上。主演のデイジー・リドリーはどちらかというと表情があまり豊かではないものの、「スター・ウォーズ」直近3部作でもアクション場面で活躍して身体能力の高さを証明していただけあって、スイミングのシーンでは力強く豪快なパフォーマンスで偉業に説得力を持たせている。企画当初はリリー・ジェームズが主演候補に挙がっていたそうだが、彼女は割と細身の印象だし過去の出演作でもアクションで目立っていた記憶がないので、デイジー・リドリーのほうが適役だったと思う。
イーダリー家が暮らすアパートメントで夜、トゥルーディのレースや遠泳の状況を知らせるラジオのニュースを聴く母親が窓から外を眺めると、近隣のアパートの窓にも一つまた一つとあかりがともり、住民たちがラジオから流れるトゥルーディの活躍に期待し希望を託しているのがうかがえるシーンもよかった。世の中を変えるような力を持ったヒーローに人々が期待し、明日への希望を託す思いを象徴するかのような“光”が、ラスト近くの英国側海岸で再びともされるのもよくできた構成で、巧い演出だと感じた。