劇場公開日 2024年9月20日

「厳しい自然の中に生きる人間たち」SONG OF EARTH ソング・オブ・アース 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0厳しい自然の中に生きる人間たち

2024年10月3日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ヴェンダースの製作総指揮ということだけで、何の予備知識もなく観た。

プロローグで、主要な登場人物が、84歳になっても壮健な肉体を持つ男と、75歳になるが、夫を深く尊敬し愛しているその妻であることがわかる。少しだけ、彼らの娘(このドキュメンタリーを撮ったマルグレン・オリン監督)の声が混じる。不思議なことに、男は屋外にいる時の方がより元気であり、妻は室内の時の方が知性的で、さらに美しく見えた。

舞台は、ノルウェー西部の、長い時間をかけて、氷河が大地を削って海に注ぎ、やがて水位が上がって深い渓谷を作ったフィヨルド。美しくも、極めて厳しい四季が、ドローンや水中撮影など、最新の機器を駆使して、描かれる。

春:雪解けの水は豊富で、激しい滝となって降り注ぐ。氷河の溶ける音が、地中から響く。その大地を、男は、両手にストックを持っただけで、歩き続ける。

夏:氷河が砕けた塊が、海に崩れ落ちてゆく。男は、それを対岸から飽くことなく眺める。しかし、もし谷を一つ間違えたら、それは自分の足元が崩れることを意味する。彼らの一族は、西暦1600年前後から、この地で牧場を営んでいたが、地滑りが起きて一家が全滅したこともあったようだ。

秋:短い秋が過ぎて、すぐ氷雨がやってくる。彼らが何度も語っていたのは、比較的早く亡くなった、山にトウヒの木(もみに似る)を植えた男の祖父と、彼の母を容認・讃美した祖母、9歳の時、祖父を亡くし、11歳で牧場を継がなければいけなかった父と、一族の信頼を一身に受けていた母のことだった。

冬:雪がくるが、積雪は思ったほどではない、しかし、サンドヴィーカと呼ばれる巨大な吹き溜まりを作る。当然のことながら、雪崩を起こしうる。実際、一族の誰彼が襲ってきた雪崩に巻き込まれ、亡くなったことがあったようだ。何と男は、フィヨルドに張った氷の上を歩く、あるいはスケートをする。

最も美しかったクリスマスの情景を経て、エピローグを迎える。二度出てきた光の柱は、白夜のsun pillar(太陽柱)であったか。心に残る。

地球温暖化の影響があって、氷河面積の減少が伝えられる昨今、フィヨルドはあこがれの観光スポットになっていて、あの谷にも、巨大なクルーズ船が入ってくる日もあるのかもしれない。しかし、過去を振り返ってみても、死と隣り合わせの厳しい自然であることには間違いがないのだろう。あの自然の中にあって、強靭な肉体を持つ男は外で働き、女性は家庭を守ることでバランスが保たれていたのかもしれない。むしろ、それだからこそ、女性の自覚が進み、いち早く女性参政権が認められるなど、世界屈指のジェンダー・バランスが獲得できたのではないか。あの美しくも厳しい自然の姿と、二人のやりとりを聴きながら、考えていた。

詠み人知らず