「永遠に変わらぬ本心」本心 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
永遠に変わらぬ本心
石井裕也×池松壮亮。現在日本映画を代表する才。
タッグも多く、初タッグ作は『ぼくたちの家族』。母親を軸にした家族物語に、シビアつつ胸打たれた。
そんな二人で再び、母親と息子を軸にした家族物語を。
またまた感動を…と期待したら、変化球。
原作は『ある男』の平野啓一郎。そして意外や、SFであった。
町工場で働く朔也は同居する母親・秋子から「大切な話がしたい」と電話を受け、急いで帰宅。豪雨の夜、氾濫した川辺に立つ母を見つけ、助けようとするが、川に流され重体と昏睡状態になってしまう…。
一年後、奇跡的に回復。僅か一年で、世の中はバーチャル技術が浸透する世界に激変していた…。
ここで主流になってくるのが、バーチャル・フィギュア。略してVF。
仮想空間上に人間を造り出す技術。
原作連載は2019年。それから僅か数年で現実世界でも脅威のAI技術が発展。
バーチャルとAIで創造した仮想世界。及び、人も。
映画の世界でもAIで演技や脚本を…と論争になった事は記憶に新しい。
一昔前、映画や漫画で見た世界が現実のものに。
人類の科学技術の進歩には驚かされるが、ここで常に立ち塞がる問題。
そこに“心”はあるのか…?
AIは人間のように学び、成長していく。
しかし、そこに生身の実態は無く、バーチャルとプログラムだけ。
このVF開発者も言う。心は無い、と。
それでも人はすがる。再会を願う。
朔也はVF企業に依頼。母親のVFを造って欲しい、と…。
朔也が目覚めた時、母親も死んだ事を聞かされる。
病死や事故ではなく、自由死。つまり、自ら死を選んだ。
自殺のようだが、自殺とはちょっと違う。
個人に選択の権利があり、国からも認められ、補償金も出る。何だか『PLAN75』を思い出し…。
状況から見て、自由死を選んだ母。警察はそう断定。
朔也は信じられない。母と二人でそれなりに楽しく幸せにやっていた。そんな母親が自然死を選ぶとは思えない。
それから、もう一つ。大切な話とは何だったのか…?
母親の“本心”。それを知る為に、VFで母親を…。
VFで母親を造る際、過去の記憶や写真を基に。
朔也の記憶では母はいつも穏やかに笑っていたが、写真を補正すると…。
母の本当の顔。
自分の記憶は思い違いだったのか…?
誕生したVFの母。
再会を喜びつつも、戸惑いも。
そこにいるのは、母か、否か…?
葛藤しながらも、母の本心を探ろうとする…。
朔也とVFの母の暮らしに加わるもう一人。
母の友人だという若い女性、三好彩花。
彼女からも母の本心を聞く。
台風被害に遭い、住む場所の無い彼女を母と暮らした(暮らす)アパートに。思わぬ同居人。
何処か謎めいた感のある彩花。
朔也は彼女に過去のある人物を重ねる。
学生時代、想いを寄せていた同級生女子。
その彼女にはある噂が。売春。
それを貶した教師に対し、朔也は事件を…。
彩花にもセックスワーカーをしていた過去が。
そして彩花は想いを寄せていた女子にそっくりなのだ。
朔也、VF母、彩花…。3人の奇妙な共同生活…。
生身の朔也とVFの母だけだったら見てる我々もバーチャルと対してる気になる所を、同じく生身で第三者的な彩花が加わった存在は大きい。
母の友人というが、どういう…?
朔也が想いを寄せていた同級生とそっくり。同一人物…?
彩花自身も影あり。セックスワーカーという過去から、人と肌が触れ合う事を嫌う。
当初距離のあった朔也と彩花。会話も敬語でぎこちない。
定番ながら、そんな二人が徐々に打ち解け合う。明らかにそこに何かしらの感情も…。
キャストは豪華。苦悩を抱えた平凡な青年を繊細に演じた池松壮亮。VFという異例の役柄で、無機質と温もりの狭間を見せる田中裕子。水上恒司、妻夫木聡、綾野剛、仲野太賀、窪田正孝(AIの声!)ら錚々たる面子。
そんな中でもとりわけ、三好彩花を演じた三吉彩花が光る。
本人役? それとも何かのギャグ?…ではなくて、偶然一文字違いの役柄とキャスティング。
彼女もまた複雑な内面難演を見せ、こんなに巧かったっけ…? ふとした表情、佇まい、存在感…いずれも絶品。
シャワーシーンのサービスカットが話題になっているが、ドレスアップした美しさに惚れ惚れ。
着実にキャリアアップしている三吉彩花を目の当たりに出来る。
人間(家族)ドラマベースでありつつ、科学技術社会への風刺もそつなく。
朔也が就いた新しい仕事。“リアル・アバター”。
病人など動けない人やその他依頼人に代わり、指定された場所へ行ったり、望みの事をする。
その模様はゴーグルを通して、依頼人のゴーグルへリアルタイムに擬似体験。
それで依頼人が満足すればいいが…、中には質の悪い客も。
悪戯的にあそこに行け、あれを買え。対面してないのをいい事に、嫌な事をやらせ、汗臭いなどと悪口。それを誰かと見てゲラゲラ笑う。
依頼を拒めば低評価採点を付けられる。評価が下がれば解雇。
グルメサイトや映画サイトの悪質レビューと何ら変わりない。にしてもアイツら、マジムカついたなぁ…。
そいつらに振り回されてる時に、ランドリーでクレーマーが店員にいちゃもんや差別発言をしている場に遭遇。
やれ!やれ!…と囃し立てられ、朔也はある状況を思い出し、つい相手に暴力を…。
無論仕事は解雇。が、この時の件がSNS上にアップされ、店員からは感謝。動画も編集され(店員を助けた場面が強調され暴力場面はカット)、朔也は世間で一躍英雄的存在に。
この動画を見た身体の不自由なVFデザイナーに気に入られ、専属リアル・アバターになる。
たった一つの醜聞で人生は狂い、たった一つの反響で人生は好転する。SNSの良き点でもあり、落とし穴…。
石井監督ならではの人間ドラマと、『ある男』同様平野啓一郎原作の特異題材。
巧みに溶け併せたのは見事だが、ちょっと色々詰め込み過ぎた感もある。
朔也と母、朔也と彩花、個々のドラマ。
自由死、AIやバーチャル社会。
朔也の友人が社会にアンチする件やVF会社CEOの生意気な娘、VFデザイナーが彩花に想いを…など、時々主軸や展開がブレ、何を描きたかったのか漠然と分からなかった点も…。
紆余曲折あって、母の本心を聞くまで結構長かった。
母は同性愛者。好きな女性がいたり、精子提供で朔也を産んだりと、あまり聞きたくなかった事も。
心が無いVFだからぶちまけ…。
しかし…。あの日、母が川辺に立っていた理由。やはり自由死を選んだ訳ではなかった。
母と自分は幸せだったのか…? 聞き出した母の“本心”に、例えバーチャルであっても、そこには…。
ラストシーン。朔也に触れた美しい手。
一時関係が拗れたものの、互いの想いが成就した瞬間。
彼女にとっても、再び人との触れ合いが始まった瞬間。
世界は変わる。技術は進歩する。
そうなったとしても、永遠に変わらぬものが“本心”にある。