「時代に翻弄される人間と、目には見えない本心」本心 あおねるさんの映画レビュー(感想・評価)
時代に翻弄される人間と、目には見えない本心
「正体」の公開日に予告で見て気になっていましたが、内容に不穏な空気を感じて映画館で観ることを諦めた作品です。
池松壮亮さんのお芝居が大好きなので、この作品を観終えた時、映画館で鑑賞しなかったことを後悔しました。
いざ本編を中盤ぐらいまで観て、あまり良いラストではないと想像したんです。
時代の流れに振り回され、人権を踏みにじられるような罵詈雑言を浴びせられ、人を人と思わない社会の渦の中で必死に耐える。
一番知りたいことは大切な人から明かされないまま。だって本心を聞きたい相手が既にいないのだから。
けれど最初に母親をAI化した時の目的なんて忘れてしまうほどに、実際には存在しない母親が生活の中に溶け込み、彩花との距離もわずかながら縮んでいく。
当たり前になりつつある不思議な生活の中で、知らずにいたほうが幸せだったかもしれない真実に触れ、葛藤し、自分や周りの環境を見失っていく姿は心苦しかったです。
でも、終盤が朔也にとって不幸じゃなくて良かったと思えました。
聞きそびれてしまった【大切な話】の内容について、あくまでも「あなたを産んで良かった」と微笑みかけたのはAIの母親なわけで、母親が伝えたかった「本心」だったのかは誰にも分からないことですが、朔也にとっては救いだったと思います。
本編ラスト、朔也の腕に震えながらゆっくりと伸ばされた手。
最後の最後、アパートを出ていった彩花の手首には黒いゴムが身につけられていました。
人に触れることが呼吸ができなくなるほど怖くてたまらない彩花が自ら手を伸ばすということが、どれだけ朔也を信頼しているかを物語っていました。
二人の表情をあえて映さなかったことで、鑑賞側の想像力を大いに膨らませられたことが素晴らしかったです。