「70年抱え続けた心の傷と向き合う旅」2度目のはなればなれ ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
70年抱え続けた心の傷と向き合う旅
ノルマンディ上陸作戦70周年記念式典に参加するため、老人ホームを抜け出して海を渡った老人の実話に基づいた物語。
主人公のバーニーは、ホームのあるコーヴ(イギリス南部の海辺の町)からタクシーでドーバーに行き、フェリーでノルマンディーに渡る。物語は彼とその妻レネの回想を交互に挟みつつ、夫婦の絆と戦争のトラウマ描写にウエイトが置かれたものになっている。
記念式典の団体ツアーに申し込みそびれたバーニーの背中を妻のレネが押したことで、彼は一見行き当たりばったりにも見える旅に出た。
終戦当時、レネのもとに帰ってきたバーニーは何か鬱屈としたものを抱えていたが、その理由をレネには決して言わなかった。レネはそんな彼の深い心の傷に立ち入らず、ただずっとそばにいることでバーニーを癒そうとしたのだろう。実際バーニーにとってもそれが一番の薬だった。だから、レネが老人ホームに入ることになった時、一緒についてきた。
そうして寄り添って70年の時を生きてきた2人だが、レネは病を抱えた身でありながら夫をノルマンディーに送り出した。
離ればなれの数日のうちに彼女の病状が悪化すれば、今生の別れの時に一緒にいられないかもしれない。それでもバーニーに出発を促したのは、彼には長年の心残りがあり、ノルマンディー行きによってそれを晴らすことができるかもしれないと見通したレネの慧眼だろう。今行かなければ、次の機会はないかもしれない。彼女の愛情の深さを感じた。
道中で、バーニーは戦争のトラウマに苦しむ人々と出会った。
フェリーで知り合ったアーサーは、退役後に名門校の校長を務めたという人物で、式典のチケットやホテルの手配をしてくれた。
戦地での経験を克服し充実した人生を歩んできたように見えた彼だが、実際はアルコール依存症に陥るほどの癒されない傷を抱えていた。大戦中、空軍兵士だったアーサーが爆撃した地域に、行方不明だった彼の兄がいた。自分が兄を殺したかもしれないという罪悪感に今も苛まれていたのだ。
バーニーも、あの日ノルマンディーで大丈夫だからと送り出した戦友のダグラスの死に自責の念を抱え続けていた。
彼らの抱えていた苦しみは、サバイバーズギルトと呼ばれるものなのだろう。戦争のせいで起きてしまった不幸な出来事が、個人の罪に擬態して生き残った者の心を人生の終幕まで蝕む。これもまた戦争の理不尽で残酷な一面だ。
その後の元ドイツ軍兵士たちとの邂逅が、特に印象的だった。バーニーがカフェに居合わせた彼らに歩み寄った瞬間は、見ていてにわかに緊張した。
だが、彼が声をかけたドイツ人もまた心の傷を抱えていた。かつての敵味方という関係を越えて、同じ苦しみを背負って来た者として彼の手を握るバーニーの姿に胸が熱くなった。
そして彼は自分の分だけでなく、アーサーのチケットまでドイツ人たちに譲った。式典よりも大事なことに向き合う覚悟ができたのだ。自分の心残りをなくすため、そしてアーサーを兄の墓に連れて行くため、彼はバイユー戦没者墓地を目指した。
バイユー墓地はフランス最大の第二次大戦イギリス連邦軍人墓地で、埋葬された遺体のほとんどがノルマンディー上陸作戦の戦死者、という場所だ。ちなみにここには他国籍の戦没者の墓も500基以上あり、その大半がドイツ人のものである。
数え切れないほどの墓標の中に兄とダグラスを見つけ、2人は墓参を果たした。彼らは悲しみと向き合い、戦争の虚しさに思いを致したが、きっと人生の心残りをひとつ減らせたはずだ。
無事ホームに帰還したバーニーを、すっかり時の人になった彼を追ってきたメディアと、レネの笑顔が迎える。理想的に思える老夫婦の絆に、心が救われるエンディング。
老いからは逃れられない、と語るバーニーの言葉が、本作で引退するマイケル・ケイン自身の思いのように聞こえる瞬間があった。
だが、今の年齢だからこそ表現できる人生のたそがれをスクリーンに刻み、自らの意思で俳優人生に幕を下ろした彼の生き方は、自身の年齢に向き合ってきたからこそ出来たことだと思う。そんな人間としてのあり方も含め、やはりマイケル・ケインは名優なのだ。