「『徒花でも無駄花ではないと思うんです』」徒花 ADABANA 羊さんの映画レビュー(感想・評価)
『徒花でも無駄花ではないと思うんです』
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条件を満たした富裕層だけが持てるクローンを
近未来の日本は「それ」と呼ぶのです
富裕層の新次は病を患っていました
悪いところを治すために施設にやってきたのです
「それ」は姿を見せるために
今まで来たことがなかった面会の場へ
初めての空間にいるというだけのことを
「それ」は全身で愉しむのです
窓ガラスから見える景色、絨毯、白い椅子
駆け引きや親や環境に左右されながら
生きてきた新次にとって「それ」の姿は
とても純粋で魅力的で神秘的でした
その汚れのない美しさに胸を突かれ
僕の頬に涙がつーっ…と伝いました
君からもう目が離せない…と言わんばかりの
新次の黒い瞳に僕は釘付けでした
『点滴だけしてくれればいい』
覇気も生気もない新次でしたが
ご飯や焼き魚など固形物を
口にできてしまうくらいの
精神的な活力が湧いていました
新次は純粋で単純なのかもしれません
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「それ」は新次本体よりも
豊かな心を持ち、知性を保ち、
自然や芸術にふれながら【自由に生きていた】
「それ」は言っていました
徒花でも無駄花ではないと思うんです
与えられた運命を受け入れると
生きることに価値がうまれる、と。
生きることの意味や自分という存在の意味を
きちんと自分で見出して「生」を感じている
こんなにも美しくて尊い命をこんな自分が奪い
延命してしまっていいんだろうか…?
新次は迷い、そして決断するのです。
「手術しない」ことを。
僕がもし同じ立場だったら、
新次と同じことを思い、同じ道を選んだでしょう
君みたいに生きられたらよかったな…
そんなふうに思って、「それ」に命を捧げたでしょう
*
「それ」はようやくあなたの役に立てる…と
面会のときに安堵したほほ笑みを浮かべていました
新次がいなくなった「それ」は
なんの役にも立てず綺麗な身体のままでいます
お葬式をあげていたので
新次からのお役目の提案も果たせないのです
新次は綺麗な命を奪ってはいけないと
坂を転がり続けることを選びましたが
「それ」としては役に立てなかったことを
悔やむんでしょうか…
命を捧げられ綺麗な身体で
あの部屋に転がされてしまうよりも
命を捧げ傷跡を包帯で覆うほうが
「それ」は幸せだったんでしょうか…
役目を終えた「それ」たちは担架で運ばれ
あたたかくもなくつめたくもない部屋に
ゴロン…と雑に置かれてしまう
そこに感謝や労う気持ちや心なんてものはなくて…
ゴミを捨てるかのようで耐え難い光景でした
やっぱり僕たちって…、勝手なんですかね…
難しいな…
深く深くどっぷりと考えを巡らせられる作品でした