「どことなくヒーリング、金持ちの悩みに付き合える人向けの寓話のように思えます」徒花 ADABANA Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
どことなくヒーリング、金持ちの悩みに付き合える人向けの寓話のように思えます
2024.10.21 アップリンク京都
2023年の日本映画(94分、G)
クローン技術が確立した近未来にて葛藤を抱えることになった男を描くSF風味のヒューマンドラマ
監督&脚本は甲斐さやか
物語の舞台は、ウイルスの影響によって人類が短命になり、クローン技術の進歩によって「延命手術」ができるようになった世界
その手術は誰にでも受けられるものではなく、階級によって適応が決められていた
ある難病を患っている成人男性の新次(井浦新、幼少期:平野絢規)は、その適応者として施設に入院していた
彼にはカウンセラーのまほろ(水原希子)が付き添い、手術日まで心のケアを施していくという段取りが組まれていた
映画は、規則では禁じられている「クローン:劇中では「それ」と呼ばれている」との接触を行う新次が描かれ、それによって「自分はどうするべきか」というのを思い悩む様子が描かれていく
彼は夜な夜な悪夢に悩まされていて、それは母(斉藤由貴)との記憶であるとか、海辺で出会った女(三浦透子)のことばかりだった
自分には抜け落ちた記憶があると考え、「それ」と接触することで、何かを思い出すのではないかと思い始めるのである
物語は、わかりやすい人類の選択の苦悩を描いていて、クローン技術によって、悪い部分を交換できたりするように描かれている
もし、頭に問題があるなら首ごとすげ替えることも可能なのだが、脳を取り替えた個体は本人と呼べるのかどうかもわからない
そう言った思考の末に「ある決断」をするというのが物語の骨子であるが、さほど斜め上の展開を行くわけでもなかった
映画では、イメージショットのようなシーンが多く含まれ、かなり観念的に捉えるように作られている
それでも解釈が分かれるほど難解なものでもなく、これまでに何度も見てきた「クローンの是非」に苦悩するという物語になっていた
後半には、まほろの「それ」も登場し、新次の娘の「それ」も登場するのだが、この演じ分けというのが映画の見どころのように思えた
それ以外は特に印象に残るところがなく、これまでに散々語り尽くされてきたものの繰り返しに見える
倫理観をどう捉えるかではあるものの、富裕層にしか与えられていない特権の行使というものは、庶民からすればどうでも良いことのように思える
そこまでして生き延びたいかというものは個々の人生観のようなものであり、その選択が与えられている故の贅沢な悩みなのだろう
それを考えると、選択のない側にいる人には響きようもなく、「だから何?」という感覚になってしまうのは否めないことのように思えた
いずれにせよ、誰もが権利を行使できそうな時代に作られていれば議論の余地もあるが、失われた30年がこれからも続くという世界では響きようがない
この苦しみはどうやったら早く終わるのかを考える世代からすれば、金持ちの道楽による葛藤などはたがか知れているように見えてしまう
映画で描かれる問題を一般庶民にも考えさせるのであれば、培養のための容れ物として生きるか、病でさっさと死ぬかの二択とかの方が良かったかも知れない
そして、クローン媒体となったものの頭部が入れ替わることで、完全に消えていない別人格との記録が混同し、逆転的な支配が起こるというスリラーにでもした方が面白みがあったのではなかろうか