「脚本に課題ありだが、今後が楽しみなパキスタン系イギリス人の新鋭監督」ポライト・ソサエティ 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
脚本に課題ありだが、今後が楽しみなパキスタン系イギリス人の新鋭監督
本作で長編監督デビューを飾ったニダ・マンズールは1990年生まれなので、現在は33か34歳か。パキスタン系イスラム教徒の家庭に生まれ、10歳の時にロンドンに移住したというから、自筆の脚本には十代の頃の実体験も反映されただろう。本作の前には短編映画とテレビドラマでキャリアを積んだようだ。
スタントウーマンを目指してカンフーの修行に励む女子高生リアが、大好きな姉と富豪の息子サリムとの縁談には何やら邪悪な陰謀があると考え、親友たちを巻き込んで富豪親子の秘密を暴こうと奮闘する青春アクションコメディ。話のテンポはまあまあ良く、リアのなかなか決まらない跳び後ろ回し蹴り?を中心にアクションもそれなりに見せるし、笑いのセンスもややベタだが悪くない。
残念ながら脚本にはところどころ難があって、まず前半の姉の縁談に対するリアの疑念が、いまいち観客に共有されない点。サリムと母親の親密ぶりは確かに過剰ではあるけれど、確証もないまま秘密を探るため犯罪行為を重ねる(男性更衣室に忍び込んでPCを盗み中身を見る、富豪の屋敷に不法侵入など)あたりは、愛する姉を取られたくないがゆえの妹の暴走に見えてしまい共感しづらい(ついでに、日頃リアは姉にあれこれ求めるばかりなので、姉に何かお返しをするような普段のエピソードもほしかった)。また、ある時点でリアは屋敷内のある場所で秘密の一端をつかむのだが、そこに入った後脱出したことをサリムと母が知りながら、何ら対抗策を打たないままのんきに結婚式を迎えるのも、リア側にとって都合が良すぎる。脚本をもう少し工夫すれば、主人公への共感度とストーリーの納得感が高まっただろう。
マンズール監督は、映画の道を志すずっと前の幼い頃はミュージシャンになりたかったそうで、サウンドトラックのレトロ寄りの選曲センスにも音楽好きがうかがえる。あるシーンで唐突に浅川マキの『ちっちゃな時から』が流れて思わず笑ってしまったが、鑑賞後に調べたら、2015年にイギリスのレーベルから浅川マキの独自企画盤(『ちっちゃな時から』はスタジオとライブの2バージョン収録)がリリースされ、欧州で静かに人気が再燃していたとか。
インド/パキスタン系イギリス人の女性映画監督といえば、大先輩のグリンダ・チャーダ(「ベッカムに恋して」「ジョージアの日記 ゆーうつでキラキラな毎日」など)がいる。欧米で暮らすアジア系が主人公の映画はまだまだ少ないという点からも、マンズール監督にはその境遇と経験を活かした意欲作を今後も期待したい。