劇場公開日 2024年9月20日

「クラッシック界の差別を告白しつつ、音楽の本質を問いかけてくれる感動作でした。しかも名曲で一杯に。」パリのちいさなオーケストラ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0クラッシック界の差別を告白しつつ、音楽の本質を問いかけてくれる感動作でした。しかも名曲で一杯に。

2024年10月16日
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 パリの名門音楽院への編入を認められたアルジェリア系移民の少女が指揮者への夢に挑む姿を、世界的指揮者チェリビダッケに師事して自らオーケストラを立ち上げたザイア・ジウアニの実話を基に描いたヒューマンドラマ。
 若い世代の人たちが、エネルギーや希望を失わずに、自分のやりたいことに向かっていく姿が描かれます。

●ストーリー
 1995年、パリ近郊の音楽院でビオラを学ぶザイア(ウーヤラ・アマムラ)とフェツトゥマ(リナ・エル・アラビ)の双子の姉妹は、パリ市内の名門音楽院に最終学年で編入を認められます。ザイアは指揮者になりたいという夢を持ち、フェツトゥマはチェロの演奏を続けます。しかし女性指揮者は世界でわずか6%しかいないという困難な道のりで、クラスには同じく指揮者志望のエリート、ランベールもいました。高級楽器を持つ名家の生徒たちに囲まれるなか、ランベールの仲間たちからは田舎者と見下され、指揮の練習の授業では指揮台に立っても真面目に演奏してもらず、練習になりません。でも音楽家として共感する生徒も多かったのです。
 やがて彼女は特別授業に来た世界的指揮者セルジュ・チェリビダッケ(ニエル・アレストリュプ)に気に入られて指導を受けることになり、道がわずかにひらき始めます。そしてザイアは自分たちのオケを作るという大きな夢を掲げるのでした。

●解説
 本作は現在も精力的に活躍の場を広げて現在年間約40のコンサートを開くディヴェルティメント・オーケストラを立ち上げた一人の少女と仲間たちの物語です。指揮者を目指すアルジェリア系のザイア・ジウアニが、パリの音楽院への編入をきっかけに、巨匠セルジュ・チェリビダッケに指導を受け、時に厳しく時に温かく対話を重ね、音楽を学びます。 主要キャスト以外の配役は現役音楽家を抜擢。数々の美しい有名クラシック音楽が、実際に演奏しながら撮影され、ライブ感溢れている映像となっています。

 2人を演じたのはプロの俳優で、ザイア役のアマムラはクラシック音楽の素養はほとんどありませんでした。ただし、ダンスの経験があったので、リズム感がよかったのです。なので撮影が進むうちに、指揮がどんどんうまくなっていく過程は、ザイアの成長を追体験するかのようだったそうです。撮影ではザイア本人がつきっきりで、「技術的な面よりリズムに乗って音楽と一体化しなさい」と指導したそうです。

 それにしても本作で語られるクラッシック界での女性への差別や偏見は凄まじいものを感じました。何しろザイアの才能を認めたチェリビダッケですら、女性には根気がなく指揮者には不向きだというのが持論だったぐらいです。
 「姉妹が受けた差別の描写に創作も誇張も一切ありません。むしろウソくさくならないようトーンダウンさせたくらい」とマリー監督。本作は、フランス国内で僅か4%、世界で6%しかいないと言われるプロの女性指揮者の現状を問題提起する作品となっています。

●感想
 苦境を脱する力。様々な違いを克服する力。映画で描かれる音楽の力と同じスポーツの力を、パリ五輪・パラリンピックに見いだしたという。 「フランス国内でも様々な対立があり、不穏なこともあった。でも、オリパラの熱狂で、国民に一体感が生まれた。音楽にも、そのような力があると思う」

 映画のクライマックスは「ボレロ」。コンテストに落ちて、打ちひしがれていたザイアが多くの人の支えと音楽の力で立ち上がります。それは多彩な音色ばかりか、演奏する人たちの多様性が重なるように感じました。それは本作のもう一つのテーマである音楽の本質とは何かという問いかけへの答えのようでした。
 チェリビダッケのザイアへの指導の中で、繰り返し語られるのは、「みんなと一体と感じられたら奇跡が起こる」ということです。「トカニーニのように超正確に楽譜どうり演奏するだけでは、つまらなくなってしまう、その点マーラーが目指したのは音楽を心で感じることであり、楽譜を超越したのだ」とも語っていました。
 「みんなと一体となる」ということは、五感を超えた「美」の世界に超入することではないかと思います。美しいハーモニーに心を寄せることで、潜在意識下にある「美」に至れば、一人一人の我見を越えることができるのだろうと思います。これは特別のことではなく、クラッシックの名演奏に遭遇したときに感じる至福感、没我の実体験によるものです。
 オーケストラは一つの社会。様々な奏者が指揮者のもとで一つとなります。ボレロのシシプルなメロディーの繰り返しで感情が徐々に盛り上がるのも、ドラマにぴったりでした。

●楽曲リスト
ボレロ/ラヴェル
夢のあとに/フォーレ
七重奏曲 変ホ長調 作品20/ベートーヴェン
アルルの女第2組曲 第4曲:ファランドール/ビゼー
交響曲第9番「新世界より」ホ短調 作品95/ドヴォルザーク
交響曲第7番 イ長調 作品92/ベートーヴェン
無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007/バッハ
『ロメオとジュリエット』作品64「騎士たちの踊り」/プロコフィエフ
交響曲第5番 変ロ長調 /シューベルト
ピアノ・ソナタ第14番「月光」嬰ハ短調 作品27/ベートーヴェン
ディベルティメント 変ロ長調 /ハイドン
チェロ協奏曲第1番 イ短調 作品33/サン=サーンス
『アルルの女』第1組曲第4曲「鐘(カリヨン)」/ビゼー
交響詩「死の舞踏」作品40/サン=サーンス
交響曲第1番 ハ長調 作品21 /ベートーヴェン
『サムソンとデリラ』 作品47「バッカナール」/サン=サーンス
『魔笛』「これはなんと素晴らしい響き」/モーツァルト
交響曲第102番 変ロ長調/ハイドン

●最後に
 本作の2023年フランス公開によって存在が注目されたザイア・ジウアニは2024年パリ・オリンピックの聖火ランナーを務め、さらに閉会式では大会初の女性指揮者としてザイア指揮、ディヴェルティメント・オーケストラによるフランス国歌“ラ・マルセイエーズが”演奏されました。ディヴェルティメント・オーケストラは26年前にザイアが設立したオーケストラです。

流山の小地蔵