「貧困日本の実態に迫る傑作にあと一歩」悪い夏 クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
貧困日本の実態に迫る傑作にあと一歩
日本アカデミー主演女優賞を獲得した、壮絶演技が冴えた「あんのこと」の河合優実が出ているならと早速鑑賞、意外や大当たりの社会派ドラマでした。原作があるようですが、とにかくプロットの構築が見事で次々と展開が想像を絶する方向へ雪崩をうつ凄まじさ。アパートの一室で執り行われる濃密ドラマ、人物の出し入れから話の拡がりまで、息つく暇もありゃしません。貧困日本の現実を炙りだす社会派傑作まであと一歩の秀作です。あと一歩は最後の最後に描かれるシチュエーション・ドラマの醍醐味を面白くし過ぎたため。
生活保護受給者の定期的訪問チェックが主な仕事の市役所生活福祉課に勤める公務員3人。真面目そうな若手職員に扮する北村匠海、あらま毎熊克哉が公務員役とは驚いたら後に案の定の展開に、先輩に見えないけれど女性職員役に乃木坂46の伊藤万理華。対する生活保護対象者に、ギラギラ厭らしさ満載の竹原ピストル、22歳の若さで5歳の子持ちシングルマザーに河合優実、そして万引きに手を出す絶望のシングルマザーに木南晴夏の布陣。これに関わる悪の権現が近頃真っ正面からの主役を敢えて外し過激な悪役の多い窪田正孝と荒んだシングルマザー役の前内夢菜が絡む。
貧困ビジネスなんて言葉が象徴するように、金の流れる方向に悪は確実に寄り添い金をせしめる構図がある。背景には到底先進国とは言えない転落国たる日本の実態が横たわる。まさに劇中に言う窪田のセリフに「どうしたってまともに生活出来ないのが日本の現実ですから」と。ひとたびシングルマザーに陥ったら転落の一途なんて酷過ぎる。まさに登場人物の3人の女性がそのシチュエーションなのだから。収入の50%以上を税としてむしり取って、非正規労働ばかり拡大して、裏金をつくり脱税したって一切お咎めなしの国会議員ばかりでは、福祉国家なんて出来っこないでしょ。
生活保護に使われる金は当然に税金が原資、不正受給を暴くのが私たち福祉課の仕事と大見え切るシーンがあるが、政権与党に与えられた税金による予算を平気で私的選挙等に使う事には、誰も監視せず口出ししないわけで、理不尽を通り越して絶望しかないから、本当に馬鹿馬鹿しく聞こえてしまった。こんな金まみれの渦中に、北村と河合による本物の愛情が生まれてしまった事により、悪のリングが思わぬ方向へ転がりだすのが本作のキーポイント。
壮絶イケメンの北村がよくぞ、死んだような眼差しの役にチャレンジしたものでお見事です。対する河合は「あんのこと」を引きずったような役で、自分でどうしていいのか皆目判らない苦悩をそのまんまストレートに表現する素晴しさ。次作の「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」では明るめのラブストーリーのようですからいいのですが、杉咲花のように苦難役の連続は避けられるのを祈るばかり。
冒頭触れたクライマックスシーン。何故か関係者が一同に会する奇妙なシチュエーションには笑うしかなく、突然コメディかと驚くばかり。土砂降り雨での乱闘の挙句、悪い奴らはキチンとお縄で、愛し合う二人はしっかりとさやに納まる結果に文句はないですが、真実の愛と強要された行為の落とし前描写を見事に割愛されたのは釈然としない。さらに木南の心中未遂の悲劇性を最後に北村に絡め、日本の現実を明らかにして欲しかった。そこまで行って名作になれたのに。
それにしても子役を前に壮絶な芝居を展開することに、心が痛みます。無論、カット割りで激しい芝居とセリフは子役の耳には入っていないでしょうが。河合の子供の置かれた状況がまさに彼女自身の子供時代だったとすると
、貧困の連鎖が辛いのです。雨の中、少女の描いたクレヨン画にお父さんらしき男性像が描かれたかすかな希望を育んでいきたいもので。