十一人の賊軍のレビュー・感想・評価
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仲野太賀が100点!
江戸幕府から明治政府へと政権が移りかわる中で起こった戊辰戦争を背景...
江戸幕府から明治政府へと政権が移りかわる中で起こった戊辰戦争を背景に、11人の罪人たちが藩の命令により決死の任に就く姿を描いた時代劇アクション。「日本侠客伝」「仁義なき戦い」シリーズなどで知られる名脚本家の笠原和夫が残した幻のプロットを、「孤狼の血」「碁盤斬り」の白石和彌が監督、山田孝之と仲野太賀が主演を務めて映画化した。
★勝てば官軍負ければ賊軍、、正しくそんな話!!
優しい賊軍
笠松和夫氏の幻の脚本を令和の時代に甦らせた十一人の賊軍。
もしもボツにならず当時の俳優でキャスティングされるとしたら、やっぱ山田孝之は菅原文太かな。仲野太賀は松方弘樹だな。そして阿部サダヲは金子信雄だ。
と、想像しながら鑑賞しました!!
いきなり戊辰戦争の真っ最中から始まりますが、所々でちゃんと字幕とナレーション入りの解説有り。これは仁義なき戦いのオマージュなのかもしれないけど、令和向きではないかな。時代背景は観る前からだいたい分かってるからね。それより賊軍一人一人の背景をもっと描いて欲しかったな…。何の罪で捕まったかはざっくり分かったけど、せっかく強いのに名前がよく分からなかったりするのがもったいない。しっかりちゃんと名乗ったのは剣士の爺さんだけだったかな…?砦を守るミッションが与えられてからとにかく賊軍が頑張って頑張って頑張るんだけど、もっと一人一人掘り下げて欲しかったし、何より賊軍みんなイイ人過ぎなんだよね。何とか逃げようとしたり、官軍に寝返ろうとしたりするのは山田孝之だけだからね…。罪人なんだからもっと狂気なワルとか、殺人鬼みたいなのがいても良かった気がする。
そんな孝之も最後は弟分を逃がして儚く散っていくのがまた良き。
心残りなのは一番の悪人、阿部サダヲが討たれなかった事。これは仁義なき戦いの金子信雄のように、一番悪い奴が死なないのと一緒。せめて片腕か片足だけでも仲野太賀に切り落として欲しかったけど…これが笠松和夫の脚本通りだとしたら納得する。
けしてハッピーエンドではない。
婚約者との約束を果たせなかった阿部サダヲの娘も自害する。
ラストで生き残った弟分と放火女が聾唖の孝之の妻へ会いに行って孝之の死を悟らせるところは恐らく味付けされた脚本だと思う。だがこれも良き。
白石監督が描きたかった世界観を感じた。
最後までよく戦ったよ賊軍。みんな優しかったね。
菅原文太と松方弘樹ならもっと凄い事になっていたはず!当時ボツにした人間達を恨みます!
基盤斬りに続いて
アクション時代劇
この仲野太賀も良かった
時間を感じさせないスピードで一気に観れた。
キャスティングも良かった。主役も脇役も、憎まれ役も。
新潟新発田藩の裏切りは、今まであまり表に出て来なかったが、、新潟では有名な話。
新政府軍が湊に上陸して、新潟町で最後の激戦地となった丘は、語り継がれ、訪れる人は少ないが、知る人ぞ知る公園になっており、今も掘れば銃や刀などの遺品が出てくる。
この丘が最後の焙烙玉のシーンの場所になったのかもしれない、と思いを馳せる。
新政府軍をもてなし金を渡して、町を戦場にしなかった大庄屋は、町では偉人として語り継がれているが、奥羽越列藩同盟からは現在もまだ裏切り者と言われている。
日本を二つに分けた戦争は、確かな形として、まだ近くに存在している。
個人としては、仲野太賀の新潟弁が聴けたのが良かった。
(新潟在住者)
アクション映画です。
汚い山田孝之が大好物
淡々と
役者さんは良いがあまりに冗長、2時間以内にまとめたら或いは面白かったかも
好きになれない映画はあるが、久し振りに金と時間を返せレベルでがっかりした。
良い役者と予算をふんだんに使った駄作。
仲野太賀さんのお芝居は好きだった。
兎に角冗長に過ぎる。
プロット自体は多分つまらないものではないのだと思う。
恐らく脚本段階の問題だ。
諸々の無駄なエピソードを切り捨てて
誰が主人公なのかはっきりさせて2時間弱にまとめたら
もしかしたら化けたかも知れない。
正義や信念がある人間が辛うじて鷲尾くらいで誰にも感情移入できず
気分良く見ることもできない。
鷲尾、加奈、なつは好きではあった。
山田孝之さん演じる政が主人公かと思いきや、
復讐までは良し、妻のさだの元に戻りたくて脱獄という訳でもなく
武士に従いたくないだけで、何度も脱走を試みるのが情けない。
なつがびしっと言ってくれて少し気分が良かったが、
その後も脱走を繰り返すしまともな台詞も大して無いのに
薩長軍に裏切られたと思ったら急にやる気になって戦う。
結局大事な妻はひとり残され幸せな生活を送れそうには見えない訳で、
独りよがりで何がしたかったのかわからない。
時間稼ぎに藩士を使いたくないから罪人まではわからなくもないが、
女を入れてたった10人、罪人に武器をもたせてたった3人の藩士で押さえられるわけもないだろうし
たった13人で短時間とは言え砦を守れる訳がない。
設定から効果音からなにもかもにリアリティが無さすぎる。
慶応四年の段階で尊王攘夷などと言っていた人間などいないだろうに、攘夷の言葉を言わせているのが鼻持ちならない。
双方見張りもまともに立てていないし、味方が死ぬシーンも
なぜ橋を落とすのに橋の真ん中で焙烙玉に直に火をつける必要があったのか
手の火傷で夢を諦める局面なのか、
味方を逃がすでもなく隠れ場所から這い出したのはなぜなのか、
疑問だらけ。
取り敢えず鷲尾が自分が十一人目と言い出すタイミングはもっと早くて良かっただろう。
言い出した時は既に半分ほど死んでいてもう十人もいないではないか。
せめて鷲尾と政の絆が深まるエピソードでも入れるなりできなかったのか。
史実上新発田藩は裏切者だと自分は思っている。
同盟に参加はしておいて出兵せず、裏で薩長と話し合って指示を仰いでいたら
裏切者の誹りは免れまい。
同盟に参加を迫られて困っているならまだわからなくもないが。
藩士が暗躍して領民を蜂起させるところも卑怯極まりない。
そんな中にも新発田藩にも事情があった、というような内容が描かれるのかと思った。
実際史実にあった、あちこちから金や米を貸せと言われて窮したり、
民たちが出兵を邪魔してどうか薩長軍と戦わないでくれと言ったとか
柵を作って竹槍まで作ったとか
田畑が今荒らされたら困るとか、尺を使うならそのエピソードを持ってきて
折角育っている稲を前に嘆願される溝口が
なんとか国内で戦が起こるのは防がねばならないと思うであるとか
そんな作りでは駄目だったのか。
この映画だと、結局やっぱり新発田はクズでしかなく、
家老が一番クズ、藩主もクソガキ、まともな藩士もいなくはなかったが
総じて全体的にクズ、でしかなかった。
地元の協力があってこの描かれ方というのは、
地元の方々はこれで納得しているのだろうか。
あまりに酷くて吃驚してしまった。
芸人さんの多いキャスティングも、芸人さん本人が悪い訳ではないが
画面に映る度現実に返ってしまいノイズになった。
時代を生きた人々
何度も訪れる戦闘シーンは盛り上がりがあった。誰にもスポットが当たっていない気がして、見終わった後に気づきました。これは起こった出来事を見せたいだけでは?と。観る側が中立でいるため?皆それぞれに正義とか守らなくてはならないものがあったり、何もなかったり。幕末の混乱期に戦った人間が国のひとつを救った事。家老は民に崇められが手を汚している事は知られない。(鷲尾との戦いインデージョーンズかと思った)しかし彼が悪なのか?武士とは面倒な仕事だ。特に幕末の武士の必死さは胸に刺さる。仲野太賀の殺陣シーンは迫力があった。白髪老人の立回りはシビれた。
今後が楽しみなエンタメ作品
「碁盤斬り」に続いて、白石和彌監督の時代もの作品。
集団抗争劇として世に出なかった作品を見事に再現。
上映時間の長さは感じざるを得ませんが、最後はしっかり盛り上げてくれるので、気持ちよく劇場を後にしました。
岡本喜八「斬る」へのオマージュか。
とても面白く楽しませてもらいました。白石和彌監督の良い点でもありましょうが、生真面目過ぎてちょっと固苦しい感じがした。戊辰戦争での官軍と旧幕勢力との狭間で揺れ動く弱小藩の苦悩という設定がされているが、大まかなプロットは岡本喜八監督の「斬る」に良く似ている。あの作品は岡本喜八監督独特の軽やかさと反骨精神が程良い調和で娯楽作品として絶品でした。仲野太賀は岸田森を彷彿とさせ、立て籠もる砦に駆けつける武家の良女の木竜麻生は星由里子を思わせた。山田孝之は高橋悦史と、これまた岡本喜八監督が幕末の奥羽列藩を取り上げた「吶喊」の伊藤孝敏、それにメキシコ革命に巻き込まれ知らぬ間にヒーローに祭り上げられたセルジオ・レオーネ監督「夕陽のギャングたち」のロッド・スタイガーを足して三で割ったようなキャラクターだった。十分に面白い作品だったが、カラッとしたカタルシスがあれば満点だったと思う。やはり時代劇は自由な設定が出来て、活劇には持ってこいの舞台、もっともっとこのような活劇調の時代劇を作って欲しい。後は余計な心配だが、コンプライアンスが叫ばれるこのご時世、差別用語だらけの台詞で、はなから後々のテレビ放送は眼中に無いのかな。とてもじゃないが無理だろうなと思って見ていた。
勧善懲悪は物語の中だけなのだ
戊辰戦争の最中、小さな藩が藩と民を無事に守る為にどう渡り合えば良いか善も悪も無い、正解も答えも無い極限の選択
そりゃあそうなるわ。
奥羽越列藩同盟の圧が強すぎるだろ。主義主張は認められない周りに合わせる村社会。
罪人を捨て駒に、疫病の人を道具にしてまでも藩の立場を護る。
こうして御先祖様達は我が国日本を故郷を護り続けてきたのでしょう。
ラストに城下の民達が戦が無くて良かったと感謝し殿様のおかげだと家老が答える。
そう、知らなくて済むこともある。
若い役者達が時代劇で懸命に演じている姿を観て時代劇映画はまだまだ健在で先は明るいと安心しました。
エンドロールで丹波篠山の文字を見つけました。少なからず縁の有る土地なので嬉しかったです。
私的、共感し辛い映画だと思われました
(完全ネタバレなので必ず鑑賞後にお読み下さい!)
結論から言うと、私的共感し辛い映画だと思われました。
主人公・政(山田孝之さん)は、ろう者の妻・さだ(長井恵里さん)を寝取った新発田藩士・仙石善右エ門(音尾琢真さん)を妻の敵討ちとして殺害します。
その藩士の殺害の罪で主人公・政は死罪となるのですが、新政府軍(官軍)を同盟軍(旧幕府軍)が城を立ち去るまで砦で足止めするために、新発田藩が決死隊を編成し、主人公・政はその決死隊に選ばれ死罪を直前で免れます。
しかし主人公・政は、妻・さだを寝取った新発田藩士のいた新発田藩を許さず、新発田藩のために砦を守る気はありません。
と、ここまでは、主人公・政に1観客の私も共感出来ていたのですが、主人公・政は関係性が深まった花火師の息子・ノロ(佐久本宝さん)をも見捨てて官軍側に寝返ろうとしたりします。
また、主人公・政が、新発田藩のために砦を守る気はないのは理解出来るのですが、一方で、妻・さだの元に帰るために決死隊から逃げ出したいのか、それとも自暴自棄に無気力や死を受け入れるのか、それとも一旦は新発田藩の求めに応じて砦を守り代わりに無罪放免を勝ち取るのか、その方向性も作品を通じて一貫性なく判然としません。
さらに、映画の中では主人公・政の妻・さだへの想いは具体的シーンで描写されていないので、主人公・政の進む妻・さだへの想い含めた動機(≒映画の物語の推進目的)も強くは観客に迫って来ません。
他の登場人物にしても、決死隊のほとんどの罪人に対してもその罪状などからそこまで共感は出来ず、花火師の息子・ノロにしても自身の不注意からノロの家族を花火事故で死なせていると伝えられ共感はし辛くなっています。
決死隊に帯同している、新発田藩士・入江数馬(野村周平さん)、荒井万之助(田中俊介さん)、小暮総七(松尾諭さん)にしても、決死隊を騙したり足蹴にしたりしていて全く共感できません。
新発田藩の家老・溝口内匠(阿部サダヲさん)にしても、同盟軍を城から追い払うためにコレラ患者とはいえ何人も斬首していますし、ラストは決死隊を皆殺しにまでしていますので全く共感は出来ません。
決死隊の1人のなつ(鞘師里保さん)や家老の娘・溝口加奈(木竜麻生さん)などには共感は出来る側面はあるものの、時代背景もあり、女性の彼女らが映画の中心として共感を引っ張る存在としては、そう描かれてもおらず、難しさはあったと思われます。
唯一の例外は新発田藩士・鷲尾兵士郎(仲野太賀さん)で、鷲尾兵士郎だけは強い新発田藩への想いや、決死隊への約束を守ろうとする一貫性があり、観客としては映画の中心になり得る共感性ある人物だったと思われます。
ただしかしながら、共感と映画の中心になり得た新発田藩士・鷲尾兵士郎は、今作の描写の仕方としては中心になりそこなっていたと思われました。
一方で、映画のタイトルにもなっていた「十一人の賊軍」に関しては、新発田藩士・鷲尾兵士郎こそが十一人目の賊軍であることがラストで明かされます。
つまりこの映画は、新発田藩士・鷲尾兵士郎こそが『十一人の賊軍』のタイトルからも主人公として想定されていたと推察されるのです。
仮に、新発田藩士・鷲尾兵士郎が初めから主人公であれば、今作は共感度の高い傑作映画になっていた可能性が高いと思われました。
ところで、今作の映画『十一人の賊軍』は、悪人的に官軍を描写し、天皇家の菊花紋を印象的に悪の官軍と結び付けて映し出しています。
もちろん(本人は否定しているようですが)左翼的考えの印象もある若松孝二 監督の、弟子筋の今作の白石和彌 監督が、天皇制に対して否定的な印象を残したい想いは別に驚きはしません。
しかし一方で、幕末のこの時代に、天皇を推していた官軍側と、旧幕府軍とで、どちらが正しかったかは双方に功罪があり決められないと思われるのです。
つまり、映画において様々功罪ある人物を描く時に、一方の側を極端に善に描いたり悪に描いたりした場合に、本来の功罪あるそれぞれの人間の深みを描く映画作品から、一側面だけを際立たせる偏った(右派左派関わらずの)浅いプロパガンダに、今作が転落してしまっていると感じられたのです。
今作の映画『十一人の賊軍』は、理念的な主張にとりつかれていて、浅いプロパガンダの主張が(露骨ではないですが)見え隠れする作品になっていた印象を持ちました。
今作は新発田藩士・鷲尾兵士郎を主人公にした方が良かったのでは?との疑念は鑑賞後に自然に湧き上がってくると思われます。
そしてなぜ新発田藩士・鷲尾兵士郎を主人公にしなかったかというと、白石和彌 監督の表層の理念が先行することによって、映画の自然な設定描写が歪まされてしまった結果が理由ではと、1観客の私には思われました。
人間を描くのではなく、理念が先行しその主張を描こうとしてしまったのが、今作が共感し辛い作品に歪んでしまった深い要因だと、私には思われました。
(逆を言えば、悪の罪をもまとった共感し辛い決死隊の賊軍の人々を肯定したいのであれば、官軍や、賊軍を利用しようとした新発田藩の家老・溝口内匠をも、深い地点で同様に人間の深淵として肯定する必要があったと思われるのです。)
これまで数々の優れた作品を作って来た白石和彌 監督は、(右派的だろうが左派的だろうが)理念的な表層の考えはまず頭の中から蹴散らして、複雑矛盾重層に満ちた人間の深みを描く映画の本来の場所に、再び戻って来て欲しいと、今作を観て僭越ながら思われました。
あんにゃとのらとくれぇ水
アクション時代劇
くっれい水
期待…どおり、いな、ほどでは…う〜ん微妙
先にめんつゆちゃん、最高にハマってました!めんつゆちゃんの時のゆるゆるとは打って変わって、芯のある凛立ち振る舞い!全然ラクしていないwwwこれはうれしい新たな発見(๑˃̵ᴗ˂̵)
長い、グロイ、おっしゃる通りですね。
砦の攻防と家老の政治とのバランス、エンタメとドラマとのバランスですよね。砦の攻防は迫力も見応えもあり「十一人目の賊軍だー」のラストの殺陣、それぞれの生き様と散り際、仲野大賀さんの進む演技と山田孝之さんの逃げの演技など見どころがたくさんありました。家老の政治も藩がドタバタする中での阿部サダヲさんの静の演技、そして因果応報と盛りだくさん。もう少し絞っても良かったかな。
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