「「100mを誰よりも速く走れば全部解決する」人たち」ひゃくえむ。 かばこさんの映画レビュー(感想・評価)
「100mを誰よりも速く走れば全部解決する」人たち
陸上競技の100m走に取りつかれた、「100mを誰よりも速く走れば全部解決する」な男たちの話。
たった10秒の中に、それぞれの人生が凝縮されている。
ほんの一瞬で終わる世界なので些細なことが大きく影響する。メンタルの調整は大きな課題だ。早く走りそれを維持するために、知らず知らず自分の「真理」を模索している。こうやってもがくのは、一流アスリートであればこそ。真剣だからそうなるのだ。
たびたび哲学的格言が飛び出すが、どれも「普遍的真理」ではない。
あるとき「これだ」と思っても、すぐに通用しなくなる。真理は常に流動的で、その時々、コンディションで大いに変わったりもする。
迷走して、人の受け売りを真理と思い込もうとしたり、見当違いだったりもする。
もがきつつ「真理」を求めているうちに、老いに追いつかれる。
そして、現役を退いたら、もう真理を追究することはない。
「100mを誰よりも速く走れば全部解決」しなくなる時が必ずくるのだ。
重々分かってはいるし、それを受け入れた時が引退の潮時。だが、それは今ではない。
それが彼ら。
「結論から言うと、不安は対処すべきではない」と「現実が何かわかってなきゃ、現実からは逃げられんねぇ」という、海棠の言葉になるほどと思いました。これは100m走に限ったことではなく、広く一般に通用するものだと思う。
シビアな世界で長く生き延びている人には、それを可能にした哲学があるのだろう。
バカでは長生きできませんね。
「生まれつき足が速い」ことで幼いころからヒーローだった男たちなので、みんな表向きの表情はなかなかスタイリッシュ。だが、中身はしょせん「人間」、実は見栄を張っていたり偉そうにしているだけだったり、卑屈になったりと、内面は普通にかっこ悪かったりするのを描いている、かと思えば、小宮のようになりふり構わず、他の一切を断ち切っているものも。深い。深掘りしてないけど。日本の漫画ってすごいなと改めて感心した。
大会準決勝で、常に自分の後塵を拝し続けており見下していたお年寄り海棠の背中を見た。そればかりか他の選手にも抜かれて決勝に残れない、いわゆる惨敗を喫したカリスマ・財津がその場で引退を発表したのは、カッコ悪すぎていたたまれなかったからじゃないかと思ってしまった。挫折したことがないので超打たれ弱かったのかも。天才だっただけで、さほど競技に思い入れがなかったのかも。贅沢だけどこういう人もいるんだろう。
トガシと小宮が主人公のようだが特に肩入れされるでもなく、どちらかというと群像劇。
キャラクターが個性的でひとりひとり面白い。
個々を深堀りしないので、100m競技に取りつかれた男たち、というテーマがぼやけない。
アニメなのに顔芸がスゴイわ。
人物の動きがものすごくリアルで、特に競技の直前のスタート地点の選手の細やかな動作が自然すぎて素晴らしいと思ったら、ロトスコープという、実際に撮影した映像をトレースしてアニメーションを制作する手法を使ったとのこと。まるで実写、というよりベースが実写だったんですね。
トガシと小宮の勝負の結果を見せないラストは、予想できたがそれでよかったと思う。
100m、わずか10秒の勝負に憑りつかれた男たちの、本気の熱量がひしひし伝わってくる映画でした。
面白かった。原作未読。
