「ヒトは走る生き物」ひゃくえむ。 なつ F列さんの映画レビュー(感想・評価)
ヒトは走る生き物
赤色をバックに最速で走る様に横切るOPクレジットを観た瞬間、この作品は勝ち確!と拳を握る。
少年は生徒達を置いてひときわ早く走り、ゴールの前でピタッと止まる。誰も追いつかない壁の前で。
周りはもてはやすが本人は気乗りしない。
本能で早く走ることを知っている、走れてしまうトガシ。
自分の居場所はあるがそれは誰にも理解できない孤立する存在。
その横を明らかにボロボロのゼィゼィで走り倒れる少年。
彼は転校生のコミヤ。コミュ症だ。
体育の時間にビュンと目の前で風を切って走るトガシを見て「すごい…」と呟く。
嫌な事を忘れたいから嫌いな走りをがむしゃらにするコミヤ、彼にトガシは「走り方」を教える。初めて自分の走り方を教え、受け入れられ、共に走れる事に喜びを覚える。
運動会でコミヤはたったひとつの百均の金メダルを欲しがり努力で勝ち取る。ちっぽけな意味。
コミヤは競走をしようとお願いする。いつもの練習場所の河川敷、合図は通過音。ガタンゴトン…心音の様に鳴る音…張り詰める緊張感、ダンッ!速いのはトガシだが、だんだんと追いかける黒い影…作画崩壊を起こしたようなコミヤの顔がスクリーンから飛び出す!そして一瞬追い抜きパタリと倒れる。
じゃあ…と言い足を引き摺りながらコミヤは去り転校しそのまま。初めての敗北。
トガシはスランプの後、陸上を辞めるも急かされて制服で走り出す。風を切る音、流れる先輩の髪、走れる…「すごい…」アサクサが呟く。
走ることへの向き合い始めがリレーというのも良かった。孤立せず、仲間と励み、力を合わせる。1人ではない。
しかし、コミヤはまだ自分が「人より速く走れる」と思っていた。学校でも名も知れて、部の中でも1番速い。
小学生の頃に鼻をへし折ったニカミよりも速かった。
しかし、世界は広い。
全国大会で再会するコミヤ。
彼は努力して努力してイップスを克服しメンタルも整えライバルとして現れる。
雨の降る中、周りにも降っていると錯覚する様な雨垂れに合わせて上下する画面をぐるりと周り映し出される8人の選手。1人ずつ名を呼ばれ挨拶をする様子をしっかりと映す、観客は選手達は見えてもいない様な描写。この一連のシーンは本当に素晴らしく見逃してはならないものを観ていると感じる。足をかけ、ゆっくりと頭を下げる。セット!あとは前だけ!前だけを見て雨の中、風を切って走る。ふ…と横を駆けるコミヤ。トガシの髪に大粒の雫が流れる。立ち尽くすトガシ。雨はいっそう強くなり彼の姿を白く塗りつぶしていく。
彼は再び敗北したのだ。
社会人実業団に話は進み、ギリギリの成績を収め続けるトガシ。社会人実業団では主にトガシ、コミヤ、カイドウ、ザイツの4人がライバルとして走る意味や信念の独白があり、それは成長と共に形を変えて勝敗やお互いに作用されながらも100mの世界へどのように取り組まれているのかをじっくりと話される。
しかし、それぞれの言葉の情報力が多すぎて一言咀嚼しようとしたら、あっという間に置いてかれてしまい、すごくいいこと言ってたのに分からなかった!!という自分の頭の残念さを自覚してしまう名台詞がたくさんだった。これは哲学です。
カイドウの「現実を認めないと逃げられないから目を開いて現実を見ろ」
ザイツの引退時の「極上の10秒を味わえ」など痺れるワードが爆発してたので再度視聴するかな。
作品全体を観てとにかく背景が綺麗でひときわ青空が水彩で塗られた様な爽やかさで街全体も輝かしく描写されている。
反してキャラクターは線がしっかり太く、どっしりと描かれてていて会話シーンなどはどこか不気味さも感じる。自分が追い抜かされた、負けた瞬間、ぐにゃりと世界が曲がっていく。非常にわかりやすく見せつけてくる気満々でやってくる。そして立ち直った際に瞳をキリリと持ちあげるのだ。
動き方も非常にリアルでクレジットを観てこんなに沢山のモデルがいたのか〜とびっくり。
彼らの背景はほとんど明かされず、ただ走ることだけに重点をおいている。削りに削りった作りなのでどのキャラクターにも感情移入しづらいことが逆に走りに人生をかける彼ら全員を応援できる。
世界大会決勝戦の日、肉離れを起こし選手生命が危ないトガシはゆっくりと起き、歩き、列車に乗り会場へ着く。
再び対峙するトガシとコミヤ。
「この世界にはすごく簡単なルールがあるんだ。たいていのことは、100mを誰よりも速く走れば全て解決する」
ただ前を見て走る10秒。2人のその目の先には子供の頃に走った河川敷。コミヤの靴にはガムテープがぐるぐる。
EDの髭団の「らしさ」も良くキャッチーなフレーズを繰り返すので視聴後は、ら〜しさ♪と口ずさみながら100mを目視しつつ帰る方が多いのかもなぁと思いながら自分もそうして帰った。
自分を甘やかすことなく励み、貪欲に勝利を求め勝利の為に考え、時々立ち止まり走る意味を考え、孤独を感じそして己を信じまた走りはじめる。10秒を走ることに人生を捧げ続けるどこまでもストイックな男たちの作品。
子供の頃は足が速い子がモテる時代だったのだ。
有酸素運動でダイエットもできるのだ。
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