「たった10秒のために人生を捧げる男たちのドラマ」ひゃくえむ。 といぼ:レビューが長い人さんの映画レビュー(感想・評価)
たった10秒のために人生を捧げる男たちのドラマ
ピカソの逸話にこんなものがあります。
ピカソの人気絶頂だった30歳の頃、とあるマーケットでピカソは見知らぬ女性から「この紙に私の絵を描いてください」と依頼された。ピカソは30秒程度で簡単なスケッチを仕上げた後に「この絵は100万ドルです」と言った。女性は驚き、「たった30秒程度で描いた絵なのに?」と問うと、ピカソは「いいえ、私はこの絵を描くのに30年と30秒掛けています」と返答した。
この映画はまさにそんな映画でした。100m走は時間にして僅か10秒。そのたった10秒のために、これまでの人生、そしてその後の人生までも賭けようとする。自分の人生の全てを、その10秒のために注ぎ込む。そこまで熱中できるものを見つけることができた彼らを羨ましいと思うと同時に、彼らのような生き方をしてみたいかと問われればNOと答えるだろうと思う。
普通のスポコン漫画とは一線を画した、魚豊先生にしか描けない哲学的なスポーツ作品を完璧に映像化できていたと思います。
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生まれつき足が速く、その才能から友人や居場所に困ることは無かった富樫(松坂桃李/種﨑敦美)は、小学校のクラスの中心人物だった。ある日、ひょんなことから転校生の小宮(染谷将太/田中有紀)に走り方を指導するようになるのだが、つらい現実から逃避するためにがむしゃらに走り続けていた小宮は、富樫の指導もあってみるみるうちに成長していく。親の仕事の都合で小宮が転校してから会えなくなった二人だったが、高校進学後、トップアスリートとして全国大会で再開を果たすこととなる。
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100m走をアニメ化する。これ、下手にアニメ化したらどのレースも同じような映像で退屈になってしまう気がします。サッカーや野球みたいに試合の中で劇的な展開があるわけでもなく、言い方は悪いですがただ走るだけのスポーツです。しかしこのアニメ、そのただ走るだけの映像が身体の芯まで熱くなるくらい盛り上がるし面白いんです。これは本当にすごいことです。
個人的に痺れたレースが2つあります。
一つは、高校生になった富樫と小宮が再会して決勝戦でぶつかる高校全国大会のシーン。盛り上がるBGMが絶妙なタイミングで差し込まれ、レースが始まる前の準備のシーンから長回しでじっくりじっくり丁寧に見せてくれる。レースが始まるまでが結構長いのに、レース自体は本当にあっさり終わってしまう。これが100m走という刹那的な競技の魅力を端的に表現していて素晴らしかった。
そしてもう一つが、ダークホース小宮が財津の大会記録タイで優勝した北九州大会。まさかの「走っている選手の姿を一切映さない」という演出。澄み渡る青空と、選手たちがスタートしてから10秒後に鳴り響く地鳴りのような歓声。歓声の大きさからとんでもない記録が出たということが察せられる素晴らしい演出だったと思います。
現役陸上選手の方が本作の感想として「具体的なタイムを明示していないのが良かった」とおっしゃっていました。私には無い視点です。私の記憶では100m走のタイムが明示されたのは半年引き籠ってた仁神が久々に100mを走って出た「12秒」というタイムだけだったと思います。陸上に詳しい人なら、具体的なタイムを示されると現実の陸上選手と比較してしまいます。それはアニメの没入感を阻害し、現実に引き戻される行為です。本来100m走とタイムは切り離せない存在のはずなのに、映画を没入して楽しむためにはタイムはノイズになってしまうんです。その感想を聴いた時、私には無い発想だったので「なるほど」と膝を打ちました。こういう自分に無かった着眼点を知れるのが、他の人のレビューを見る一番の楽しみですね。
とても面白く、色んな人と語り合いたくなる素晴らしい映画でした。オススメです!!!!
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