「恐るべし作品」あの人が消えた R41さんの映画レビュー(感想・評価)
恐るべし作品
2024年の作品
「小説家になろう」という実際のサイトがあることや「小説版」があることで、この作品は底から来たのかと思っていたが、実際にはこの映画のために作られた脚本がオリジナルだった。
ここにも監督がトリックを仕掛けていたのは間違いない。
この作品はホラー的要素から始まり、コメディタッチな刑事ドラマ、それが大どんでん返しとなり、最後は伏線が回収されるように逆転劇がある。
同時にエンドロールに描かれた漫画は、物語と現実とを曖昧にして、奥深さと余韻と演出している。
まるでトリックのように最後まで「事実」がわからないのと、この作品自体の出どころの隠匿には、監督からのメッセージがあるように思える。
また、
物語の根幹を「ライトノベルズ」として表現することで、気楽に見てほしいという監督の思惑も感じる。
それでいて、設定はかなり手が込んでいて、矛盾だらけのようでいて全く矛盾がない。
設定上、プロットの些細なクエスチョンが「下らなさ」を感じさせるが、その下らなさが最後にしっかりと着地している。
見終えたあとに「してやられた」感が拭えなくなった。
バカにしていた相手が超大物だった感じだ。(寿司屋のネタの被り)
マンションの住人が次々に登場して、それぞれの秘密や人間関係が明らかになっていく様は、宮本輝氏の「人間の幸福」と似ている。
そこに小説のトリックが重なり、ホラーが刑事ドラマに変化する。
このコメディタッチの刑事ドラマはツッコミどころが多すぎて、見たことを後悔してしまうほどだった。
しかし、2024年の邦画でそんなことは絶対にないと思った。
そして「やっぱり」になるが、それでももう一つありそうな気配に、端然と応えてくれた。
やられた感は最後のエンドロール。
作中実際に起きた「怪奇現象」
幽霊という不可思議なものが、もし本当にあるのならば、主人公丸子夢九郎の唯一の夢だったコミヤチヒロの小説「スパイ転生」の中に転生することだったのかもしれない。
丸子はコミヤのネット小説の世界に惹かれ、そのトリックに感動した。
同時に配達先のマンションに住む小宮千尋こそ、コミヤチヒロに違いないと思った。
結果、その小説の内容とトリックが、本当の事実に気づいた。
コロナによって飲食店を解雇された大学生丸子は、コロナによって忙しくなり始めた配達員の仕事を始める。
しっかりした流れだ。
そしてこの流れが刑事ドラマによって突如乱れるが、そもそも配達員丸子の私情が悩ましさを生む。
この丸子の私情がこの物語を紡いでいるが、丸子にとって「スパイ転生」の世界に半分足を突っ込んでしまっているのだろう。
それは、彼自身の人生の終焉であると同時に、現世の彼のつまらない人生から異世界冒険ミステリーの実現に向けた一歩だったに違いない。
やはり「物語は終わらない」のだ。
丸子は次の世界で、「スパイ転生」の主人公となってその異世界で冒険とミステリーを経験するのだろう。
この我々が霊的世界と呼ぶ世界は、必ずしも三途の川を渡りお花畑が続く世界ではなく、丸子のように「自分が思い描く世界」に生きる事ができるのかも知れない。
それがエンドロールに示された「漫画」
実写版の映画の中で、霊界を「漫画」によって表現するというのは、この物語に奥行きを与えつつ、新しい世界はきっとあるはずだという希望にも似た「余白」として視聴者に提供している。
この点に私は「してやられた」
ライトノベルズ的演出には、大いなる真実という「逝かなければわからない謎」の答えが提示されていた。
この作品、恐るべしだった。