「印象操作の方向性によって、事件は思わぬ方向へと逸れていくもの」マミー Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
印象操作の方向性によって、事件は思わぬ方向へと逸れていくもの
2024.9.11 京都シネマ
2024年の日本映画(119分、G)
1998年に実際に起こった「和歌山毒物カレー事件」を「冤罪ではないか?」という視点で描いていくドキュメンタリー映画
監督は二村真弘
物語は、事件が起きて27年が経ち、死刑判決も出ている事件について、「冤罪の可能性」を追求するというテイストで作られている
監督の二村真弘は、ある日、林眞須美の息子・浩次(仮名)の講演を傍聴し、その内容に衝撃を受けたと言う
それによって、この事件には深い闇があるのではと考え、取材を行うようになった
裁判の判決文もなかなか入手できず、そんな中で、眞須美が誹謗中傷などに対する裁判を起こしていたことを知り、その裁判を調べていく中で、いくつかの事実に辿りついていく
それは、判決そのものの正当性と信憑性に真っ向から挑むもので、冤罪を訴える団体の検証なども含まれていた
判決では「目撃情報」「使用されたヒ素と同じものが眞須美の家と本人から検出」「これまでの余罪」などを含めて、状況証拠で死刑を確定させていることがわかり、事件の動機は「未解明」で、冤罪の可能性がずっと指摘されている案件だった
これまでにも何度も再審請求が行われてきたが全て却下されてきていて、2024年2月になってようやく和歌山地裁に受理されるに至っている
映画は、ジャーナリスト片岡健の視点、浩次から見た母親像、健治による余罪の告白などで構成され、死刑判決が妥当なのかどうかを真正面から訴えている内容だった
あまり知られていない知人男性I氏のことも詳細に登場し、彼が共謀した10件近い保険金詐欺事件の内幕まで登場する
そして、彼の背景となる家庭環境、林家へとつながりを持つことになった経緯、その印象などが語られてくる
その方が今どうしているのかはわからないが、裏読みすれば、いろんな思考が読み解けてくると言う感覚もあった
この映画は「冤罪である」という目線で描かれているので、少々のバイアスがかかっているとは思うものの、この内容が本当ならば、死刑を確定させるのは難しいのではと言う印象を持ってしまう
メディアスクラムで露出した眞須美の印象と、それを利用した世論誘導による判決が行われていたのは事実で、証言の信憑性なども不透明な部分は多い
一般人が知り得る情報は少ないのだが、パンフレットに掲載されている「判決文」を読めば、それだけで想像以上に異常な判決が出ていることがわかる
それゆえに、興味のある人はパンフレットを購入して、いろんな情報をあたってみるのも良いのかもしれない
語られていない動機を想像して嵌め込むと言うのは裁判の根底を揺るがすものであり、自白や決定的な証拠がなければ基礎すらできない案件だと思う
これまでに「自分の利益のために死者を出さない程度の詐欺事件を起こしてきた眞須美」が、いきなり「無差別テロ」のような事件を起こすのは不自然だと言う声も納得できる
実際に、彼女の周りで何が行われていて、どのような人間関係が構築されていたのかは当事者以外知り得ないのだが、亡くなった方が自治会長と自治副会長と二人の子どもというところも違和感があると思う
この事件は本当に無差別だったのか?という疑念もあって、色々と考えさせる事件だなあと感じた
いずれにせよ、かなり扱いの難しい作品であり、よく世に出たなあと思う
普通に生きていれば犯人扱いされることは稀に思うが、司法が狂っているのは国民も承知の事実で、メディアがおかしいのも誰もが知るところだろう
そう言った国に生きているという実感を持ち、いつ何時当事者として巻き込まれるかわからないということを念頭において生きていくしかないのかもしれません