「監督が命を懸けたイチジクの種は聖(きよ)く育つか…?」聖なるイチジクの種 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
監督が命を懸けたイチジクの種は聖(きよ)く育つか…?
ある出来事をきっかけに転がる負の連鎖は『別離』、歯車が狂っていく人間模様は『英雄の証明』を彷彿。サスペンスフルなヒューマンドラマ仕立てで、国の情勢も絡めて。160分超えながら、またまたイランから見応えたっぷりの衝撃作が世に問う。
でもなかなかにイラン国内の情勢は日本人には分かり難い。
本作にも大きく関与する事件をまず知っておかないといけない。
2022年、イラン国籍のクルド人女性マフサ・アミニさんが、イスラム教の女性が頭や身体を覆う布=ビジャブの着け方を理由に、イランの風紀を取り締まる道徳警察に逮捕。その直後、不審死を遂げた。
警察は急性の心臓発作などと公表したが、同じく拘束された女性によれば、警察からの暴行があったという…。
これに対し“女性・命・自由”のスローガンで、イラン各地で大規模な抗議デモに発展。
政府当局は武力でデモを弾圧…。
まるで半世紀前の韓国のような…。
ほんの3年前の事件で、世界各国にも抗議デモは拡がり、日本でもニュースで報じられたろうが、ほとんど知らない自分を恥じたい…。
国家公務員のイマンはデモ参加者に処分を下すのが仕事。
勤続20年の真面目な仕事ぶりが評価され、引っ越しも出来、年頃の娘2人にも各部屋を与えられる。そう喜びも束の間、実際の仕事の内容は不当なもので、心身共に疲れ果てていた。
妻ナジメは疲労困憊の夫を心配。娘たちにも父の負担にならぬよう、SNSなどに踊らされないよう言い付ける。
が、2人の娘レズワンとサナは、SNSを通じて今国で何が起きているのか目の当たりにする。さらには、デモに参加していた友人が怪我をし、逮捕され…。
そんな時、家の中から一丁の拳銃が消えた。それは仕事上、イマンが護身用に国から支給されたものだった…。
核開発やイスラエルとの軍事衝突で国際問題の表舞台。
その国の内部も。こんなにも厳しいのか…!
友人の怪我は痛々しい。本来なら病院に行かねばならないが、そうなるとデモに参加していた事が分かる。逮捕により人脈から父の立場も危うくなる。
一歩外に出ればすぐそこで、起きている事にショックを隠せない娘たち。それに父も、しかも体制側で関わっているという現実…。
苦しい立場と体制側の父、そんな父と真っ向から意見がぶつかる娘たち、板挟みの母。そこで消えた拳銃…。
無くした事を知られれば懲罰は勿論、信用すら失う。
当初は自分が無くしたと思うが…、次第に家族に疑惑の目を向ける…。
消えた拳銃の行方を、父・母・娘たちの視点から描く羅生門スタイルになるのかなと思いきや、まさかのキチ○イ展開に…!
イマンの疑心暗鬼は常軌を逸脱。深層心理に長ける同僚に家族を尋問させたり、家族旅行と偽って家族を砂漠の小屋に監禁し尋問。それでも口を割らない家族に遂に堪忍袋の緒が切れたイマンは、同僚から借りた拳銃を家族に向ける…。
『シャイニング』級のホラー。砂漠の迷路のような小路を追い掛け回すシーンは『シャイニング』を彷彿。
ちなみに拳銃は次女が隠し持っていた。母や自分たちに厳しい父を懲らしめたかった。
家族の為に保身を守ろうとした父の気持ちも分からんではないが、何故暴挙に至ってしまったのか…?
マフサ・アミニさんの事件を発端とした虐げられる女性、無いに等しい自由…。
男尊女卑に家父長制…。
イマンの暴挙は国家権力の具現…。
イランという国や個々を蝕む。
タイトルの由来になっている、イチジクが元木に纏わり付き、締め殺して育つ如く。
これまでの監督作でもイラン政府を批判したとして、厳しい処分を下されたモハマド・ラスロフ監督。
本作では禁固8年、鞭打ち、財産没収の実刑に…。
判決前に国外へ脱出。もう祖国へ帰れないかもしれない。
そんな覚悟で作ったであろう本作。母国を批判するだけの作品じゃない。
イランが変わる事を願ってーーー。
監督の思いと訴えに打ちひしがれる。
