劇場公開日 2024年7月12日

「やはり映画にするのならもう少し旅館の外に出るとか、演じるのも三姉妹の独演会状態から多彩な人物の登場を望みたかったです。」お母さんが一緒 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0やはり映画にするのならもう少し旅館の外に出るとか、演じるのも三姉妹の独演会状態から多彩な人物の登場を望みたかったです。

2024年8月24日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

幸せ

寝られる

 「恋人たち」「ぐるりのこと。」の橋口亮輔の9年ぶりの監督作橋口亮輔監督の新作は、家族の悲喜こもごもを描きます。ペヤンヌマキ主宰の演劇ユニット「ブス会」が2015年に上演した同名舞台を基に橋口監督が自ら脚色を手がけ、CS放送「ホームドラマチャンネル」が制作したドラマシリーズを再編集して映画化。
 3姉妹の旅行での笑いと絆。「お母さんと一緒」ではなく、「お母さんが一緒」という助詞一文字の違いで、後者は自ら好んで一緒にいるわけではない、というような多少の居心地の悪さを感じさせます。
 決してお母さんが一緒にいることを嘆くのではありません。家族の大切さを思い起こさせ、笑えて、心も温まる良作です。

●ストーリー
 舞台は山間の温泉宿。長女(江口のりこ)と次女(内田慈)、三女(古川琴音)が親孝行のため、母親を連れでやってきます。
 成績優秀が取り柄たった長女・弥生は美人姉妹といわれる妹たちにコンプレックスを持ち、美形が売りだった次女・愛美は優等生の長女と比べられたせいで自分の能力を発揮できなかった恨みを心の奥に抱えています。そして予約した宿の文句を並べたてるのです。三女・清美はそんな姉たちを冷めた目で観察し、あきれるばかり。
 母を喜ばせる計画を立てていた3姉妹でしたが、反面「母親みたいな人生を送りたくない」という共通の思いもを持っていたのです。そして、旅館の別の部屋で過ごす母への愚痴を爆発させるうちにエスカレートしていき、お互いを罵り合う修羅場へと発展します。そこに三女が母へのサプライズとして呼び寄せた婚約者タカヒロ(青山フォール勝ち)が現れ、事態は思いもよらない方向へ動き出します。家族の不穏感は一気に頂点ヘ。

●解説
 主な舞台は宿の客室ですが、肝心の母は登場しません。母を要にしながら、3人の個性を際立たせて絡ませます。辛辣な言葉が時に心を刺しますが、誇張されているせいで生々しさが薄れ、皮肉で軽いノリが生まれるのです。そして、達者な俳優たちがまき散らす存在感が画面を弾ませます。切なくも、他人事のように笑って見ていられるのです。
 ほぼ密室での会話主体の構成は「舞台」そのものだが、映像は見事に映画的。細かくカットを割ったり、逆に長回しや長台詞を入れ込んだり。カメラの位置や高さ、動きなど、多彩なカメラワークを駆使して画面を端正に、流動的にします。

 演技面では、お笑いトリオ「ネルソンズ」の一員の青山も含め、俳優陣にはそれぞれ見せ場がありました。互いの関係性が少しずつ明らかになっていくセリフの応酬は見応えたっぷりです。中でも江口が素晴らしいのです。嫌みたっぷりに、悲しげに、美人と言われる妹たちをねたむ長女は観客を笑わせる役割も担い、実力派女優の面目躍如たる熱演を見せつけました。
 3姉妹が衝突を繰り返した末、一夜明けると映像に暖かな光が差し込みます。この母と娘たちに誰も愛おしくなど全く感じさせませんが(^^ゞ、自分のことと比較して「家族、人間ってこんなもの」と改めて思い直されることでしょう。ほっこりしつつ、きっと自分の家族のことも思い出されるはず。

●橋口監督のこだわり
 3人の芸達者による遠慮会釈のない言葉の投げつけ合いは抱腹絶倒ものですが、一方で、飾る必要のない家族という関係性にうらやましさを感じる観客は多いことでしょう。
 「ピンボールみたいに感情があちこちにぶつかっていく面白さを描きたかった。この家族を通して日本社会の問題をあぶり出そうとか、そういう意図は全くありません。社会性ゼロです」と割りきったように橋口監督は語ります。
 これまでの橋口監督の映画作りは重めであったことを、監督は気にしていました。だから本作では、日常の何気ないことを切り取って、重くなりすぎずも、しみじみとした実感が残って、嫌な後味が残らないという向田邦子のエッセーみたいな感じになればいいと思ったそうなんです。
 もちろん「ハッシユー」「ぐるりのこと。」など深い人間観察で知られる橋口監督のことだから、「ああ面白かった」というだけでは、もちろん終わらりません。映画館を出たら、すっかり忘れてしまうような作品ではないりです。観客の胸の奥に、余韻がしっかりとたたみ続けるのです。
 「婚約者を含めた4人の人物を生き生きと描くことだけを考え、ピンボールの会話のやりとりに徹しました。余分な要素は全く入れていません。しかし、映画は□当たりが良いだけでは駄目です。□の中に苦いものを残さないといけない。その苦さこそが『共感』というものだと思います」と橋口監督は語っていました。

●感想
 率直に言って、温泉旅館の客室に固定されてストーリーが展開するのは、原作の舞台劇まんまです。江口ら三姉妹の演技は抜群でも、見ていてシチュエーションの単純さには、空間的な窮屈さと退屈さを感じました。やはり映画にするのならもう少し旅館の外に出るとか、演じるのも三姉妹の独演会状態から多彩な人物の登場を望みたかったです。

流山の小地蔵