ナミビアの砂漠のレビュー・感想・評価
全250件中、1~20件目を表示
眺める人生、眺められる人生
ヒロイン・カナのつかみどころのなさに、前半かなり戸惑った。友人を軽くあしらい、二股をかけ、あっさりと堅実な恋人を裏切る。彼女の目的や志向がさっぱり分からず、物語もどこに向かっているのか予測がつかず…。彼女の暴力性も相まって、不穏な空気におののきながらも、なぜか目が離せなかった。
予告もちらしにも触れる機会がなく、タイトルとキャスト以外の前情報は一切なし、での鑑賞。そもそも、タイトル「ナミビアの砂漠」の意味さえも、よくわかっていなかった。時折カナがスマホで眺めている砂漠、エンドロールで延々と大写しになる風景がナミビアなんだろうな…と思いながら、帰宅後にネット検索。ナミビア共和国・ナビブ砂漠の人工池に集まる動物たちのライブカメラ映像が、気持ちが鎮まる、中毒性があるなどと支持されているらしい。では、彼女はなぜ、このサイトにハマっているのだろうか。
後半、スクリーンがぐーっと反転してスマホの画面に押し込められ,カナが自分を画面越しに眺めるシーンが印象的だった。心や体が自分から切り離される、離人症を思わせる描写。恋人との生活がいよいよままならなくなり、仕事からもドロップアウトした彼女は、よろよろとカウンセリングに通う。箱庭にやっと置いた木の下で、顔を合わせるだけの隣人(あの!唐田えりか。ハマり役!)と楽しく歌い踊る。本作の中で唯一、純度の高い幸福なシーンだった。
彼女は縛られたくない、解き放たれたい、と全身で叫ぶ。自分の自由のためならば,周りが傷つくことも厭わない。けれども、縛られず、解き放たれるためには、まずは自分を縛り付ける存在が必要になる。たとえば友人、恋人、仕事。そして、解き放たれるということは、拠り所を失うということでもある。やさしい元彼が作ったハンバーグを、もそもそと咀嚼して消滅させるカナ。滑稽なのか悲壮なのかわからない、ねっとりと残るシーンだった。
人工池に集まる野生の生き物に自然を感じるように、作りものの世の中でうごめく自分を外から眺める、拭いきれないウソっぽさ。自分は眺める側ではなく、眺められる側だった。ならば、値踏みが大好きな人たちに鑑賞される人生から、フレームアウトすればいい。そう気づいた彼女が辿り着く先にあるのは、安堵なのか、失望なのか。…100年経ったら、どちらも大差なし。
今年一番の日本映画
無軌道であぶなっかしく、しかし強かで強靭さもある主人公像が本当に素晴らしい。岡崎京子の作品の主人公のようだ。タフで大胆で人を食ったような強烈な個性とエネルギッシュに現代を闊歩するカッコいい女が存分に見られる作品だ。この作品の主人公にとって、心の傷もまた自分らしさで個性である。現代の消費社会は残酷で傷つけられることもあるが、その傷にひるまない強靭さが全身で体現した河合優実の佇まいがすごい。『あんのこと』ではむしろ、社会の理不尽さに傷つき敗れる繊細な女性像を体現したが、こっちは現代社会を食い破るような強靭さと繊細さも併せ持ったような驚くべき主人公像を構築している。今年はこの2本で完全に河合優実の年になった。そして、山中瑶子の脚本は大胆不敵で見事なキャラクター造形力を見せてくれた。今後、日本を代表する映画作家になるだろう。
根深い男社会への不服を全身で表すカナに、ぐいぐい突かれる痛みと快感
男女平等や多様性尊重の理念が当たり前の語られるようになった昨今の日本でも、男女格差は厳として存在するし、そんな根深い男性優位社会に不満を抱きながらも「自分一人が声を上げたところで何も変わらない」と消極的に現状を容認している大勢(恥ずかしながら私もそう)にとって、カナ(河合優実)の恋人に対する暴れっぷりは、単に目の前の相手だけでなく、優しいふり理知的なふりで女性という存在をじわじわと押しつぶそうとするより大きな男社会そのものへの不服を体現しているように見える。それは自分でも気づいていなかった急所、あるいはツボをぐいぐい突かれるような痛さをもたらすが、その痛みを受け入れることで積年の凝りやこわばりがほぐれ、ほどなく快感に変わっていくのに似ている。
監督・脚本の山中瑶子は日本大学芸術学部の監督コースに通うも、馴染めずに中退。その後独学で初監督作品「あみこ」を制作したというが、型にはまらない作風、小器用にまとめようとせず粗削りでもいろいろ試してみようという意気が映像から伝わってくるのが実にいい。
この「ナミビアの砂漠」を観たことがきっかけで、身のまわりで不満に思いつつも受け流していたことを自分から変えていったり、理解しているつもりで実は勘違いだった言動を改めたりする人が増え、めぐりめぐって社会の古い体質が改善されるなら、それこそまさに“痛快”ではないか。山中瑶子監督にはこれからもその独創性を極める方向で突き進んでほしいと願う。
役者陣の演技が冴え渡る
「あんのこと」に引き続き、話題作ということと、今を時めく河合優実主演作品ということで鑑賞。
色々と考えさせられる作品だが、本作は主演女優の迫真の演技に尽きるのでは。とにかく最初から最後まで彼女の一挙手一投足に目が離せない。「あんのこと」の役柄ではそこまで感じなかったが、本作での彼女の演技は好き嫌いは別にして尊敬に値するほど上手い。そしてその演技を巧みに支える「ホンダ」「ハヤシ」も観どころだ。
ただ、ストーリーとしてはどうだろう。どう観れば良いのかよくわからない。もちろん観方は人それぞれなのだろうが、個人的にはあまり楽観視できないほど重くとらえてしまった。
いずれにしても役者陣の演技が強く印象に残る作品だ。
ところで、始まって45分でのタイトルコールはどんなねらい!?
暗い
ストーリーが面白いかと問われると、なんとも言えないが、作品から演者...
めんどくさい奴では無い
まず「ナミビアの砂漠」は一切出てこない。 なぜこんなタイトルになっ...
私たちが住む乾いた世の中に憩いとなるオアシスはあるのだろう?
ある意味「砂漠で生きている」とも言えるZ世代への応援歌でもあると思う。
「飽食の時代」とも言われて久しい時勢に生を受けて、物質的にも不自由することなく育ってきた世代にしてみれば、ある意味では「自ら求めなくても与えられてきた」世代を生きる者として、その生き方の「方向性」を自らでは規定できないという意味では、砂漠のなか迷子になっているようなもだと言えるのではないかと、評論子は思いました。
その意味であれば、本作の題名は、それはそれで「名は体を表している」と言うのか、「言い得て妙」と言うのか、本作の製作意図を如実に体現しているのではないでしょうか。
そして、そのように理解することができるとすれば、本作で描かれているようなカナの暴力性は、とりも直さず、彼女の内面の鬱屈(うっくつ)が外面に析出したものだったことも、疑いのないことだろうと思います。
この点、レビュアーの皆さんの評では、カナはメンタルを病んでいるという見方が多いようですけれども。評論子的には、カナの「迷い」・「鬱屈」の徴表と受取りました。
「何でも手に入る時代に生きているのに、何を手に入れて良いのかが分からないという、その「迷い」「鬱屈」とでも言うべきでしょうか。
本作のトレーラーによれば、本作は、いわゆるゼット世代の現代社会での有り様を描いた作品との能書きでしたけれども。
200年の長きにわたり鎖国政策が採られていたこともあり、東洋の小国・ニッポンは「遅れた国」「貧しい国」であったことは、間違いがないと思います。
(そのことは、別作品『35年目のラブレター』にも描かれていたとおり、評論子の子ども時代の昭和40年前後には、義務教育制度が既に施行されて星霜を重ねていたにもかかわらず、経済的な理由などから就学がかなわず、文盲のまま社会に出てしまった大人が、珍しくはなかったようです)
そして、そういう時代のわが国には「一生懸命に働いて経済的に豊かになる」という明確な生きるための基軸が、自ら考えなくても、社会環境から他律的に与えられていたと言えるのだろうと思います。
翻(ひるがえ)って、令和のこの今、別作品『35年目の…』のような文盲の大人が、果たしてどのくらい存在するものでしょうか。高度経済成長を経験し、経済的にはそれなりの成長を遂げた今「一生懸命に働かなければ食べられない」という階層は、社会の中では、少なくとも大勢ではなくなっているようです。
(令和のこの今でも、そういう所得階層の方々も、世の中には現にいらっしゃることを、評論子は否定するものではありません)
本作の場合、現に、カナは、脱毛サロン(=生活に必需な業種ではなく、生活の質を高めるための、いわばプラスアルファの産業)に職を得て収入があり、生活状況に照らしても、経済的にそう困窮しているという設定ではい様子です。
そして、そういう社会になってみると、生きるための基軸というものは、自ら自律的に求めなければ、社会から他律的に与えられるという時代ではなくなっているのでしょう。
本作のカナは、果たして、そのことに気がついていたのでしょうか。
否、そのことに気がついていない…否、気づけていないという彼女の無意識の鬱屈が、外面的には彼女の暴力性として析出していたというのが、本当のところだっと、評論子には思われてなりません。
本作のトレーラーによれば、本作は、いわゆるZ世代の若者の姿を浮き彫りにする一本ということでした。
上記の意味では、彼ら・彼女らが抱える社会的な「立ち位置」を浮き彫りにした一本ということになるのでしょうけれども。
しかし、反面、令和の今は「生きるための基軸は自律的に求めなければ、他律的には与えられない」ということを教示しようとする反面教師的な意味合いでは、いわゆるZ世代に対する「応援歌」になっていると受け止めることも、あながち評論子の管見ではないようにも思います。
充分な佳作だったと、評論子は思います。
憂うつな訳は…
考察できる人ならばきっと素晴らしい作品
このシーンの示すところが、こういった考察ができるといった考察が私はあまり得意ではありません、、、
映画を見終わった後に、ネットで考察している方の記事を拝見してなるほどと思いつつ、確実にそうとも言い切れないよなぁと思いました!
きっと色々な考察が楽しめるという意味では素晴らしい作品なんだと思います!
一つ一つのシーンに意味があるとすると私はミスリーディングしてしまったようです、、、
ハヤシの虫がいるシーンは、ドラッグ禁断症状によくある行動だとか、、、
よくわからないがなんか見てられる
自分には必要のない映画でした 読みが浅いんだろうと思いますが、率直な感想です
ちょっといい女の話ですから
恋愛偏差値の低い人間とは人種がちがう
だから、何が不満なのかさっぱりわかりませんし、永遠に交わることの無い異世界の話です
たかが21歳で何も無くて、生きづらいって
もうちょっと生きてからにしてもらいたい
持ってる物の価値もまだわからんでしょう
自分がどれだけ恵まれているか
その持ってる物にあぐらをかいて何もしてこなかったんでしょうが
って思うだけです
彼女を見てると、何がやりたいのか?何が好きなのか?サッパリわからない
ただ生きてるだけ
人生って意外に短い
20歳超えると加速するように歳をとっていく
なんで、このご時世に男に頼ろうとするんだろう
彼女が魅力的に見える要素は皆無です
世話を焼いてくれるけど、退屈な男
でもズボラなあんたには必要不可欠でしょう
退屈なら自分で面白くすればいいのに
カッコイイ男に乗り換えてみれば、ダンボールのトマトを腐らすようなお坊ちゃん男
ズボラ同士がひっつけば、ゴミ屋敷になりますよ
同棲ならいいけど、親に紹介するくらいだから、結婚前提?
大丈夫かなあ?
暴力振るわれてもガマンする男には見えないけどね
そのうち耐えきれなくなって別れるでしょう
更年期障害のヘレンさんを、優しく見守った旦那の西川きよしはエラいと思うよ
会話が空虚だって?自分が人の話を聞かないのに、今さら相手してくれというのも虫が良すぎる
ただのワガママな子供ですやん
まあ21歳ゆうたら子供かな
突然、唐田えりかが出てきて、誰でもわかっているような、あたりまえの事を、さもいい事のように語って出番が終わりました
一体なんだったんでしょうね
で、結局、精神の病気ですか
なんでも病名付けたら満足なんですね
これ、病気の話なの?
カンヌで賞をとったそうですが、あちらの人の評価はどうだったんだろう?
別にどうでもいいけど
ナミビア砂漠は何も無い砂漠の意味もあるとか
ほんま、何も無い映画でした
これをいい作品という人はリア充なんだろうな
羨ましいよ
河合優美が、もてはやされている
まあ、最近にはいない、エロさのある24歳ですね
といって、まだ彼女が出演しているから観ようというほどでも無いけど
ダンスも得意なうえ、英語もペラペラらしいので、さっさとハリウッドに乗り込めばいいのに
いつまでも日本にいたら、あっという間に旬を過ぎてしまうよ
全250件中、1~20件目を表示