ナミビアの砂漠のレビュー・感想・評価
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眺める人生、眺められる人生
ヒロイン・カナのつかみどころのなさに、前半かなり戸惑った。友人を軽くあしらい、二股をかけ、あっさりと堅実な恋人を裏切る。彼女の目的や志向がさっぱり分からず、物語もどこに向かっているのか予測がつかず…。彼女の暴力性も相まって、不穏な空気におののきながらも、なぜか目が離せなかった。
予告もちらしにも触れる機会がなく、タイトルとキャスト以外の前情報は一切なし、での鑑賞。そもそも、タイトル「ナミビアの砂漠」の意味さえも、よくわかっていなかった。時折カナがスマホで眺めている砂漠、エンドロールで延々と大写しになる風景がナミビアなんだろうな…と思いながら、帰宅後にネット検索。ナミビア共和国・ナビブ砂漠の人工池に集まる動物たちのライブカメラ映像が、気持ちが鎮まる、中毒性があるなどと支持されているらしい。では、彼女はなぜ、このサイトにハマっているのだろうか。
後半、スクリーンがぐーっと反転してスマホの画面に押し込められ,カナが自分を画面越しに眺めるシーンが印象的だった。心や体が自分から切り離される、離人症を思わせる描写。恋人との生活がいよいよままならなくなり、仕事からもドロップアウトした彼女は、よろよろとカウンセリングに通う。箱庭にやっと置いた木の下で、顔を合わせるだけの隣人(あの!唐田えりか。ハマり役!)と楽しく歌い踊る。本作の中で唯一、純度の高い幸福なシーンだった。
彼女は縛られたくない、解き放たれたい、と全身で叫ぶ。自分の自由のためならば,周りが傷つくことも厭わない。けれども、縛られず、解き放たれるためには、まずは自分を縛り付ける存在が必要になる。たとえば友人、恋人、仕事。そして、解き放たれるということは、拠り所を失うということでもある。やさしい元彼が作ったハンバーグを、もそもそと咀嚼して消滅させるカナ。滑稽なのか悲壮なのかわからない、ねっとりと残るシーンだった。
人工池に集まる野生の生き物に自然を感じるように、作りものの世の中でうごめく自分を外から眺める、拭いきれないウソっぽさ。自分は眺める側ではなく、眺められる側だった。ならば、値踏みが大好きな人たちに鑑賞される人生から、フレームアウトすればいい。そう気づいた彼女が辿り着く先にあるのは、安堵なのか、失望なのか。…100年経ったら、どちらも大差なし。
今年一番の日本映画
無軌道であぶなっかしく、しかし強かで強靭さもある主人公像が本当に素晴らしい。岡崎京子の作品の主人公のようだ。タフで大胆で人を食ったような強烈な個性とエネルギッシュに現代を闊歩するカッコいい女が存分に見られる作品だ。この作品の主人公にとって、心の傷もまた自分らしさで個性である。現代の消費社会は残酷で傷つけられることもあるが、その傷にひるまない強靭さが全身で体現した河合優実の佇まいがすごい。『あんのこと』ではむしろ、社会の理不尽さに傷つき敗れる繊細な女性像を体現したが、こっちは現代社会を食い破るような強靭さと繊細さも併せ持ったような驚くべき主人公像を構築している。今年はこの2本で完全に河合優実の年になった。そして、山中瑶子の脚本は大胆不敵で見事なキャラクター造形力を見せてくれた。今後、日本を代表する映画作家になるだろう。
根深い男社会への不服を全身で表すカナに、ぐいぐい突かれる痛みと快感
男女平等や多様性尊重の理念が当たり前の語られるようになった昨今の日本でも、男女格差は厳として存在するし、そんな根深い男性優位社会に不満を抱きながらも「自分一人が声を上げたところで何も変わらない」と消極的に現状を容認している大勢(恥ずかしながら私もそう)にとって、カナ(河合優実)の恋人に対する暴れっぷりは、単に目の前の相手だけでなく、優しいふり理知的なふりで女性という存在をじわじわと押しつぶそうとするより大きな男社会そのものへの不服を体現しているように見える。それは自分でも気づいていなかった急所、あるいはツボをぐいぐい突かれるような痛さをもたらすが、その痛みを受け入れることで積年の凝りやこわばりがほぐれ、ほどなく快感に変わっていくのに似ている。
監督・脚本の山中瑶子は日本大学芸術学部の監督コースに通うも、馴染めずに中退。その後独学で初監督作品「あみこ」を制作したというが、型にはまらない作風、小器用にまとめようとせず粗削りでもいろいろ試してみようという意気が映像から伝わってくるのが実にいい。
この「ナミビアの砂漠」を観たことがきっかけで、身のまわりで不満に思いつつも受け流していたことを自分から変えていったり、理解しているつもりで実は勘違いだった言動を改めたりする人が増え、めぐりめぐって社会の古い体質が改善されるなら、それこそまさに“痛快”ではないか。山中瑶子監督にはこれからもその独創性を極める方向で突き進んでほしいと願う。
関心が持てる様なシーンが全く無かった
中年だけどなんかわかる
その映画に共感・理解することは必ずしも「その映画が面白い」ということではない
河合優実演じる主人公のカナの二人の男性の間でフラフラしたり男性の影響でタトゥーや鼻ピしたりする感じは「あぁ、こういう子いるよな」「ああいう子ってこんな感じなんだろうな」と妙に納得するし、急にヒステリックになって暴力的になるところなんて、実際にはやらないんだけどもすごく自分ごとのように感じる。砂漠のオアシスのライブカメラが人気というのは聞いたことがあったし、主人公が何となく観て別の世界に思いを馳せるのもなんだかとても良くわかる。
じゃ、ストーリーが面白いかという別にそういうわけではない。
ただ、河合優実含め役者たちの演技への真摯さや飽きさせない絶妙なゆっくりめのテンポ感で何となく見入ってしまう。
それがこの映画の目指すところなのかどうかはわからない。
よくある小さな邦画の及第点という感じ。
印象に残ったこととしては
●寛一郎と金子大地のセクシーさ
この二人は正統派イケメンとも違うクセのある顔立ちなのだが、なんだか妙に色気を感じる時がある。それがこの映画ではよく出ている。役柄について言えばホンダ(寛一郎)と付き合ってればよかったのに…と思う。仕事も頑張ってるし家事もするしいいやつじゃん。ハヤシ(金子)はちょっとかなへの本気度がわからないな、、と思ってたけどなんだかんだいってカナのヒステリーに付き合ってるのは意外だし好感持てる。穏やかな幸福を得るにはホンダの方が確実そうだけど、現実もカナみたいな子は案外ハヤシとくっついてる方が多いのかもな。
●カナの勤務先がエステ
今若い女の子の就職先でめちゃくちゃ多そうだよなと思う。美容外科の受付とかさ。で、先輩社員がVIOの脱毛について「絶対やらない」と言ってるのが良かった。最近の脱毛必須&マナーみたいな風潮が嫌いなので。このセリフが実際の取材などに基づいているのか、監督の願望なのかは気になるところ。
●河合優実が脱いでる
これは事前情報として知らなかったのでちょっとびっくり。でも以前から、この子ほど良く胸も大きめでスタイル良いよなと思っていたので(最近は年齢のためか痩せてきてそうでもないけど)、しっかり、イヤらしい感じではなく撮ってくれたのは嬉しかった。同性でも綺麗な裸体は観たいのです。監督もそうだから撮ったんだと思うし。
●地元町田!
冒頭で河合優実が走ってるシーンが一番興奮した。
そんな感じ。
1番わからなかったかも。
この無気力は共感できました
意図が余り分からなかった
なんかもったいない
わからない
河合優実の芝居は引力の強さを感じる
昭和、平成、令和のどの時代の女性の役を演じても、その時代のその女性のリアルさを河合優実さんからは感じられる。かなりぶっ飛んでるカナという女性がリアルに感じられるのは彼女の演技力の賜物かと。ストーリーとしては人によって色んな受け取り方があると思うし、個人的には河合優実さんじゃなきゃ最後まで集中して見れなかった可能性は大きい。彼女の芝居は引力がすごい。この女性を生きる河合優実がどういう結末を迎えるか見届けたくなってしまう。
健康な人にはカナがありえない女としか映らないとは思うけど、カナと同じ境遇の人には少し共感できる部分があるかも。カナは他人を傷つけてるようにしか見えないけど、実際のところは自分を大切にできずに自分を傷つけてる。
この監督は絶対才能ある
ティンプトン
荒涼とした生活
こういう女主人公、いるいると思った。
奔放で、自己中心的で、周りをナメてて、暴力的で、芯が通っておらず、本当に迷惑なんだけどなんだかんだ魅力があるから周りが助けてくれて生きていける感じの人。
主演の方の演じ方(と言うのも違和感があるくらい自然)がキャラクターをありありと描いていて凄かった。
物語は全体的に浮遊感があり、どうも掴めない。
ところどころシュールな演出もあり、ますます訳がわからなくさせるけれど、
その意味不明さ、突拍子のなさがカナの頭の中そのものを描いているように感じた。
なぜナミビアの砂漠と言うのかは分からないけど、彼女の生活の荒涼とした感じが砂漠なのかなと思った。
大量の人生が交錯する東京という場所では、砂漠で生きている人もいる。
私はカナのような人と関わる機会はないし、恐らく出会っても距離を置いてしまうので、
そんな人の生活や頭の中を垣間見ることが出来た気がした、そんな作品でした。
聴不憧(ティンブドン)
朝ドラ『あんぱん』で惹かれた河合優実さん
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