ナミビアの砂漠のレビュー・感想・評価
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優しすぎる男と超ワガママ女
優しすぎる男と超ワガママ女の話で、正直、無理〜、という内容でした。
まあ、女は精神を病んでいるんだけど、それでも、やっぱり、無理〜でした。
听不懂。
映画のタイトルは、こっちだったのでは?と思うほどに、どこに何が込められているのか、わからんかった。
「今時の若者は、よーわからん」で思考停止してはいけない、という本能により、作品を遡ってコンテクストや記号などを探る。そして色んな人が色んなことを言ってることも、一旦さらっておく。ただし、わからん。
その結果、考え尽くして、わからんで良いのではと思い始める。
隣の話に聞き耳を立てるとか、友達を置いてお店を先に出る、浮気する、墨を入れてるとこ見て鼻血を出す、中絶をきっかけに病む、暴れ癖がエスカレート・・・そもそもナミビアってどこやねん!
ついモトネタを探ってしまうけど、やることなすこと明確な理由なんてないんだろう(おじさんの知識で、微かに付合するのはカサヴェテスのこわれゆく女ぐらい)。
わからんに、こんなにつき合わされたのか?と思うと少し悔しいけど、わからんで良いようにも思うし、作品を観続けられたということは、結果的に自分にとっては魅力があったということなんだと思う。
邦画の退屈を煮詰めた作品…
深く観れば考えさせられる映画
撮りたい映画になってはいるが
劇場で体験したい新しい感性
新鮮な会話劇と感性を存分に味わえた傑作だった。硬派な社会派作品であり、先鋭的なアート映画でもあるが、随所のユーモアは誰もが楽しめる。
正直、前半はダルい面もある。でも、後半はどんどん面白くなってきて、前半のダルさが意味を持ってくる。
主人公のカナは正直で奔放で、ときに恋人を叩き、物を投げつけ、粗暴な言葉を吐く。ぱっと見はヤバい女だが、考えてみれば多くの男性がやっていることと同じだ。男性なら「しょうがねえなあ」と大目に見られるのに、女性だとメンヘラのレッテルを貼られてしまう。
本作の背景やセリフで描かれる、風俗、エステ、容姿の評価、整形、中絶、DV。全て男性優位社会を基盤として出来上がっている。そんな世間と自分をカナは透徹した視点で見つめている。恋人を叩きまくっている最中も、もう一人の自分が冷静にそれを見ている。
反抗と諦観の狭間で苦しむカナは、普遍的な女性像ではないか。彼女に共感する観客は世代を問わず多いと思う。
オアシスを追い求めて
恋人のホンダと同棲しているカナには別に好きな男ハヤシがいる。ホンダはカナに優しくて食事やら家事やら至れり尽くせりで特に別れる理由もないため、ズルズルと二股の関係が続いていた。カナもホンダには甘え放題、でも彼女はなにか物足りない。頻繫にハヤシと会い逢瀬を重ねる。
クソまじめなホンダは誘われるがまま風俗に行ったことをカナに告白、これを機会とばかりにカナはハヤシに乗り換える。冷蔵庫と一緒に。
ハヤシもホンダほどでないにしろ、女性に優しい今どき男子だ。でもカナはやはり物足りない。仕事で構ってくれない彼に不満がたまりブチ切れてしまう。
激しい喧嘩をした勢いで部屋を飛び出したカナは大けがを負う。ハヤシの献身的な介護によりやがて回復するも、それからというもの日常的に激しい取っ組み合いの喧嘩が絶えなくなる。
常に自分を愛してくれる男性がそばにいる彼女は一見恵まれてるようにも見える。でも彼女の心は満たされない。いつも心は飢えている。
ハヤシに男性としてだけでなく、理想の父親像をも求めている。過去に彼が女性に堕胎させたことを責め続けるのはそんな理想像とかけ離れた行為をしたことが許せなかったからだと思われる。
理想の父親像まで自分に求められるのはハヤシには荷が重すぎる。そんな彼に満たされないカナの感情は常に高ぶり、愛情表現ともとれる取っ組合いの喧嘩が絶えることはない。
彼女の思いは求めても求め得ぬものなのだろうか。広大な砂漠の中で小さな針の先のようなオアシスを探し求めるかのように。彼女の心はいつまでも満たされることはないのだろうか。
いくら砂漠に水を撒こうとも、その水はすぐに干上がってしまう。水をいくら注ぎ続けてもけして潤うことはない砂漠のようなカナの心。生半可な気持ちではそんな彼女の心を満たすことなどできないのだ。それともカナにとってけして水が尽きることのない砂漠のオアシスのような人間が存在するのだろうか。あるいは彼女自身が変わるしかないのだろうか。
カナとハヤシがいつものように激しい喧嘩をしている動画をスマホで見ているカナのシーンがある。これは精神療法を受けている彼女がいわゆるメタ認知(自分が思考していることをもう一人の自分がより高次から客観的に捉えて把握し活動に反映させること)のトレーニングをしているシーンと思われる。
しかし動画を見ていた彼女がルームランナーから降りてスタジオらしきところから立ち去る際には砲撃のような爆音が複数回にわたり鳴り響いている。これは高次の客観的な彼女の意識でさえ戦場にいるかのような荒立たしい状況に陥っていることを描いたシーンなのだろうか。だとしたら彼女の状態はかなり深刻ということになるが。
果たして本作で描かれていることは彼女個人の問題なのだろうか。
本作は一見するとただ一人の愛に飢えた女性の激しい愛情表現の日々を描いた作品というように感じられる。その激しさにばかり目を奪われるが、何のことはないカナはごく普通のどこにでもいる女性のようにも思えてくる。彼女はそんな特別な存在ではないと。
心理学者のマズローは人間は生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認欲求、自己実現欲求の順番で五段階の欲求を人間の基本的欲求とした。
戦前とは違い今の日本では普通に食料も手に入り、命の危険にさらされることもないから生理的欲求、安全欲求は満たされている。それらが満たされると次に人間は三番目の所属と愛の欲求を求める。家族や友人というグループの中で愛されたい、異性から愛されたいという欲求は今の平和な日本では当たり前に誰もが持つものだろう。
カナは親との関係に問題を抱えていたという。家族の中で愛されず、この欲求が満たされていなかった可能性がある。だから彼女は恋人に多くを求めてしまう。男性としてだけでなく父親としての自分への愛情を。恋人としてそして父親として常に自分に構ってほしい。自分のことをすべて理解してほしいと。これは程度の差こそあれ、誰もが持つ欲求ではないだろうか。
彼女はホンダにはそれを求めなかった。彼女にとってはホンダでは力不足だと見抜いていたのかもしれない。確かにカナに帰ってきてほしいがために地面に突っ伏して泣いてるようではカナの父親像としてはふさわしくないだろう。
今の社会では4番目の欲求である承認欲求を求める人間も顕著だ。特に今のSNSの時代、皆がこの承認欲求を満たしたいがためにネット上での自己表現に夢中だ。自己顕示欲を満たしたいがために過激な動画で事件まで起こす人間もいたりすることを考えると、やはりカナは現代社会では普通にどこにでもいる女性に思えてくる。
本作の作り手はカナという一人の女性を通して現代社会に生きる愛情に飢えた若者たちの姿を描きたかったのではないだろうか。私なりに本作をそのように解釈した。
この難しいカナという役どころを体当たりで演じた河合優実には脱帽である。話題作ではたいてい彼女の名前を見かけていたが、ここまで見事に主演をつとめるまでに一気に成長した。彼女が今や引っ張りだこなのも納得である。
【“ティンプトン(ワカラナイ)!”男には基本かまってちゃんだが、時にめんどくさくって、平気で嘘もつくけれども、自分の気持ちに正直に大都会で生きるヒロインの姿が、”何だか自由な人だなあ”と思った作品。】
ー 劇中、カナ(河合優実)が、中国人がルーツであることと、父と確執があった事が台詞で伝えられる。
そして、彼女が美容脱毛サロンで働く21歳の女性であることや、自殺した同級生の話を聞いても興味を持たずに、やり場のない感情を抱えて生きて居る姿が描かれる。
「あみこ」もそうだったが、山中揺子監督は、少し変わってはいるが自分の核を持つ人を描くのが、とても巧い方だと思う。-
◆感想<Caution!内容にやや触れています。>
・カナみたいな女性とは、正直一緒に暮らしたくないなあ、と思う。けれども、遠くの方から見ているのは、良いかなあと思う。(勝手でスイマセン。)
観ていて、面白いからである。(で、映画で観るのが宜しい。)
・カナは男にはかまってほしいが、優しすぎる男(寛一郎)には飽きちゃうし、次のクリエイターの男ハヤシ(金子大地)にもかまってちゃんだが、かまって貰えないと臍を曲げてしまう。
で、喧嘩する。クスクス。
・けれども、カナは彼女なりの生き方がしっかりと有って、遣りたいことはやる!と言う自覚無き心があると思う。
それを、一番象徴しているのが、あの鼻ピアスだと思う。フツーは、あそこまでのピアスは付けない気がするのだが、彼女はそれを平気でして、しかも似合っているのである。ウーム。
・二番目の男に、前の彼女との間に出来たと思われる胎児の写真を見つけたカナが、激烈に怒る姿が良い。”クリエーターとか、言ってる前にお前がチャンとしろよ!”
カナは、自分の気持ちに正直で、正義感もある事が分かる。
序でに言うと、美容脱毛サロンでお客さんに正直に”こんなところに来ないで、医療系の所でキチンとやって貰った方が良いですよ”などと言ってしまい、首になる所とかね。
・けれども、そんな自分を”ちょっと、オカシイのかな”と心配になって、心療内科に相談するところなども、可愛いし、面白い。
<そんなある意味、自由人であり、破天荒なカナを河合優実さんが、実に大らかに演じている。注目されている女優さんと言う事が良く分かる演技力である。
近作「あんのこと」の演技と比較しても、その演技の幅広さや、豊かさが良く分かる。
今作を観た人の中には、今作のラストで彼女にTV電話で掛かって来る中国の親類にカナが言った“ティンプトン(ワカラナイ)!”と思う人も居るかもしれないが、私は”了解了‼”だった作品である。>
<2024年10月6日 刈谷日劇にて鑑賞>
女性監督の良さ悪さ
このご時世に性別を踏まえるのも適切でない自覚はありつつ、女性監督らしい作品を観たなあという印象でした。有名どころの名前を挙げさせていただくと、西川監督、河瀬監督、またエンタメ大作のラストマイルの塚原監督であっても同じことを感じるのですが、メッセージありきの画作りがちょっと過剰かつそのメッセージ自体は集中して画面を見て頭を回している私にとっては凡庸と感じる部分が多いです。ただし、その一方で恐らく監督がそんなに深く考えていないであろう部分で物凄く印象なシーンや役者さんの演技を見る機会が多く、この映画に関しても例に漏れずという感じでした。これは決して悪く言っているわけでなく、すぐ忘れる大作を見るくらいなら、一瞬でも忘れられない瞬間を見ることが映画だと思うので私は女性監督の作品というだけで価値があると思っています。すいません、全体としては好みの作品ではありませんでした。
山中遥子×河合優実による新風!
冒頭、河合優実演じるカナのキャラクターの解像度を上げていく演出がなされていき、
共感できる人ではないなと感じます。
友達と話していてもどこか上の空でヒトゴト。そこに共感する人もいるかもしれませんね。
カナと同棲している寛一郎演じるホンダは、カナに優しく接しながらカナのことは何でもわかっているつもりだけれど、
全然わかっていない悲しいヤツだったりして、そこから逃げ出すように金子大地演じるハヤシと付き合うようになるものの
カナとの生い立ちや育った環境が全く異なるハヤシとの生活は徐々にすれ違っていき、
カナは双極性障害になる程、精神的に追い込まれていきます。
自身がおかしくなっていることに気づき医者に診てもらう判断をするカナは
自身を客観視できるほどの冷静さを持っており、しかも、状態を良くしようと善処していくことに
人間的な強さを感じるものの、ハヤシへの暴力はやまなかったりして、なかなかに大変な状況になっていくのですが、
そういう演技をできる河合優実は本当にすごいと思います。
今作で体当たりの演技を見せてくれていますが、今後ますます活躍することでしょう。
最後半のキャンプやエアロバイクを漕ぐシーンなど、現実なのかカナの妄想なのかわからなくなりますが、
それでも生きていくカナに勇気をもらいました。
それにしても山中遥子×河合優実のケミストリーがハンパなく素晴らしい。
今後にも期待しています。
壊れていく
2024年。山中瑶子監督。仕事も順調で優しい彼氏もいる21歳の女性主人公。しかし、やりたいことがあるわけでもなく、人の欠点や社会の理不尽さはやたらと目についてしまい、満たされない日々を送っている。そんな中、彼氏とは別の男に徐々に惹かれていき、、、という話。
後半に精神科医やカウンセラーが出てくるように、徐々に壊れていく主人公(壊れていくことを自覚していく主人公)を描いている。恐ろしいのは、特にきっかけがなくても、普通に生きているだけで人は壊れていくという筋で展開していくこと。カウンセラーにも指摘されるように、主人公は内面化した理想を相手にぶつけ、自分にもぶつけて壊れていく。
そんな主人公が時々スマホで呆然と眺めているのが「ナミビアの砂漠」の水飲み場に集まる動物たちのようだ。生きづらい人間の世界と対比されているのは間違いない。
大共感
カナと同種の人間すぎて、前半の壊れる前のカナのシーンは、なんだか自分も落ちうる地獄を観ているようなしんどさがあったが
一度壊れてしまった方が、映画の世界にぐんぐん入っていけてある種の心地よさと、笑ってしまう感じでこの映画のことが愛おしくってしかたない。ってなりカナとどこまでも落ちていけるような気持ちになった。
映画はカナとゆうどこにでもいる女の子が緩やかな放物線を描きながら落ちる、そして緩やかな回復の間口に立ったところで終わる回復の映画だと思った。
タイトルにあるナミビアの砂漠の様に(映画のタイトルで私もずっと観てたあのライブ配信チャンネルじゃんって思っていたけど、そのものずばりだった。このチョイスもなんだがすごく現代的だなと思った)傷つき、動けなくなった人も、砂漠の水溜りに集まって休んで癒される野生動物の様に逞しさをもって生きていけるよ。と背中を押してくれる作品だ。
カナは暴力も振るうし、口も悪いし、無気力だし、優しい彼氏も大事にできないし、ほんとうに褒められた人間じゃないけど
だからこそめちゃくちゃに共感してしまった。
河合優実ちゃんは主演3本目かなと思うけど、彼女の歩き方、ものの食べ方まで作りこむようなその人にしか見えない演技力の高さが遺憾無く発揮されてるのもファンとしては嬉しい。
ハヤシの何喋ってもムカつく感じとかも、なんかいそう〜こんなやつ〜〜〜って思ってすごかった。
他人から見ると絶対優しくて大事にしてくれて、浮気もしない(?)ホンダの方が絶対に良いんだけど
自分を大事にできていない人間は、自分を大事にしてくれる人とは付き合えなくって、だからこそハヤシに対しては感情をぶつけられるし、喧嘩ができるのも分かる気がした。
ホンダの風俗行っちゃったくだりも、子供を降ろした嘘(ここもほんと酷い)のとこもホンダの純粋さゆえのおかしみがあって好きなシーン。
カナのキャッチに罵られてキレるのも、会ったこともない女性が降ろしたかもしれない子供について怒りを爆発させるのも、私としてはめちゃくちゃわかる〜
知らない女だとしても、自分もなりうる最悪なことを目の前の男が原因の一旦を担ってて、忘れてたわとか言ってたらね、最悪じゃんね。
ぶん殴りたいよ分かる。何がクリエイティブだよ?悪影響振り撒くなよな。
その怒りもカナ自体が破綻してるから、説教くさくない純粋な怒りとして映画に存在するのがいい。
濱口監督組の俳優がいっぱい出ていたけど
どの役者さんも、最高の働きをしていてめちゃくちゃ良かったなぁ
特にクズ界の新生だと思ってる(もちろん役として)中島歩のとこは声出して笑いそうだった…何?あのエジプト背景。
カウンセリングのシーンも良かったし、唐田さんの理解してくれる他者としての存在感とかよかったなぁ…
焚き火のシーンは邦画界に残る名シーンだと思った。
ハヤシと取っ組み合いしても、普通に買い物言ったり、でもそのあとボコボコに殴ったり
そんで脳内世界に飛んで、あーなんか疲れたな〜ってなんなの、この映画はすごい最高だった。
エンディングも良い。
人って単純じゃないよね
人って単純じゃないよね,人一人でも複雑なのに二人,三人…,と関わる人が増えていったらそれはそれは大変なことになりますよ.Complicatedですよ.っていうことを河合優実演じるカナを通して客観的に見ることができました.
人っていろんな顔を持っていると思うんですけど,カナって特にいろんな顔を持っていて,しかもそれがオセロみたいに正反対だったりします.ホンダの前ではワガママで自由奔放,ハヤシの前ではかわいいくて理解ある彼女,職場では無愛想・淡白,映画後半ではバイオレンスで躁鬱な一面も見られました.文章で書くと,この性質全部備わっているカナってやばくない?って思うかもしれませんが,全然そんなことなかったです.人によるとは思うのですが,私はカナのこの性質が好きです.普段は真面目に過ごしているけど,知らない場所で自由奔放に歩き回ったり,バイトでは無愛想だけど,就活では愛想良く振る舞うとか,いろんな顔をひょこひょこ取り出しては仕舞って,自分を生きやすくしたり生きづらくしていることに心当たりがあるな〜って人もそこそこいる気がします.私も心の中にカナがいます.
登場人物の性格と関係性も面白いなって思いました.性格は,カナは体たらく,その場しのぎ,調子良い,頑固,ホンダは面倒見良い,家事する,几帳面,弱気,ハヤシはボンボン,チャラい,高学歴,亭主関白という感じがしました.そしてカナとハヤシはそこそこ対等で,カナとホンダはカナの方が上みたいな力関係に見えました.だからカナと付き合えるのか〜と,カナに惹かれる男性二人の気持ちもなんとなく理解できるのもまた面白いですね.
夜明けのすべて
「サマーフィルムにのって」で認識して「愛なのに」で虜になった河合優実サマ。いまやドラマでもバリバリご活躍されて嬉しいやら少し寂しいやら苦笑
「あんのこと」に続いて難しい役どころ。というか「そろそろ少し纏めて休んでは如何?」と思う位に際際なキャラクターを演じる事が多いですよね。そこが素敵とも言えるのですが、ガス抜きもしっかりして頂きたいと思う次第でございます(何様?笑)
映画本筋の物語よりも「脱毛」に関するアレコレがずっと頭の片隅から離れない作品。なんならずっとその会話メインで展開してくれてたらめっちゃ好きだったかも笑 それじゃあ何も纏まらないでしょうけども。ファンタジーな男子が二人出てきますが、後々思ったのが「この作品の視点てずっとカナの心象風景なのかな?」という点。そうするとなんだか奇妙な人物像や展開の繋がりなんかも彼女の"脳内"と捉えられなくもないわけで。そんな感じで、観た時の感想と日々思い出して出てくる感想が変わっていく"自分の脳内映画"として楽しめる側面もあるのかもしれません。わかりませんけども笑笑笑 インディーズ映画調なので取っ付き難さはありますが、触れて、考えてみるのも一興だと思える作品でした。
タイトルなし
河合優実が素晴らしい俳優という事。cmで歌も歌っていますが下手でホッとする。投手休んでる大谷翔平ぐらい「良かった。この人も人間なんだ。無理な事あるんだ」って感じる。
最近ずっと共感できて理解しやすい恋愛もの、青春ものの邦画しか存在しないようなので、
なんだか理解しきれないけどわかるような気がする、器の大きい、規格外の表現、つまりTVではなく「芸術」、「映画」らしい映画
がまだ完成できた事を幸運に思うべきかも。濱口竜介と三宅唱に並べていい程度には才能がある監督だと思うし、こういう作品が海外の賞に関係なくホイホイ形になるような邦画界であってほしい。
じゃないと地味に「日本で、映画が映画じゃなくなってる」
映画じゃないなら作らなくていい。
邦画が死にかけてるからなあ。
まあよくわからなかったけど。
女の子の日常って、本人が思ってるほど面白くないんだよなあ。生き物って大変。
ナミビアに行ってほしい。
ナミビアの砂漠って映画なのでナミビアって何処?と調べると、アフリカ南西部にある国であり大西洋の海岸線沿いに広がるナミブ砂漠が有名。さまざまな野生動物が生息しており、中でもチーターの数が多いことの事。河合優実が鼻ピアスしてるし、きっと彼女は何らかの理由で「ナミビア」に行くんだろうなぁ〜と思ったが、全くそんな話ではなく、全編を河合優実にフォーカスしたドキュメンタリー風の群像劇だった。
映画を見た頃は「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」の再放送を観てたので、私の中では河合優実はちょっとドジだけどどんな困難も明るく真っ直ぐな気持ちで克服する七実ちゃんだし、その前の「あんのこと」では、とんでもない境遇から必死に抜け出そうともがき苦しむ杏ちゃんだった。しかし今回のナミビアの砂漠は真逆のキャラクター。
カナは心優しいホンダの気持ちを振り切りちょいカッコいいクリエイターのハヤシの元に走るものの、カナに対し特段悪いこともしてないハヤシが癇に障り大喧嘩をして階段落ちの大怪我をしたにも関わらず、更に喧嘩を仕掛け、遂には少し精神も病んでしまう。
こんな女嫌だ〜の典型なのに、何故か憎めない。
多分、地頭は良いのだろうから、ホンダも振り切り、ナミビアに行ってチーター並みの俊敏さでビジネスでも始めたら成功するんじゃない?とかも思う、。
監督・脚本の山中瑶子さん、カンヌで賞も取った若手。本格的長編映画の第1作。面白い映画ありがとうございます。次回作も期待してますよ!
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