新世紀ロマンティクスのレビュー・感想・評価
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中国にて,時の変遷と,ある女性の生き様の描写. 2001 新世紀の...
中国にて,時の変遷と,ある女性の生き様の描写.
2001 新世紀の盛況
2006 三峡ダム建設 大移住
2022 都会化 パンデミック
実際にその年に撮影されたと。20年以上かけて。
主演女優さん 20代→40代。
キャンペーンガール→スーパーのレジ担当。
女優さんは全く喋らないのに、表情と所作で、機微が強く伝わってきます。
長江沿いの街や山の景色、人々の喧噪。
たった20年で超都会化した様子、まるで違う場所のよう。
詩的でもあり、記録映像でもあり、すごい見ごたえでした。
原題は "風流一代" "Caught by the Tides" からは、時の速さを痛感します。
日本語題にも納得を感じます。
p.s.
私的にも、200X年 (20年以上前)、202Y年 (コロナ後) 中国に何度か出掛けました。
20年前は、ごちゃごちゃ、無秩序、カオスそのもの
ここ数年は、都会化、洗練、まだ各地工事中 (ものによっては日本などより遥かに進化した)
ここまでの移り変わり、他所では思い当たらないほどです。
風流
パンフレットがどうしても欲しがった作品
ほんと、こんな作品は観たことがないです。
22年をかけて作られたのか?
それとも繋ぎ合わせたのか?
わからない!
何となく、中国のオリンピック開催決定からコロナまでが日本の戦後復興に重なるような感じもするし…。
全然違う気もするし…。
こんな作品を見つけてくれるなんて、配信会社さんありがとうございます。
「帰れない二人 」からの 帰って来ちゃった二人
中国のふるさとUターンキャンペーン映画?
長江哀歌、山河ノスタルジア、帰れない二人に続くジャ·ジャンク―監督の長江四部作目になるのかな?
チャオ・タオ主演で、帰れない二人と同じく、奉節が描かれる。リャオ·ハンはカッコよかったけど、今度のビンさんは全然冴えない。
二人とも年齢設定に無理がある。
古い昔のフィルムに若づくりしたチャオ・タオが浮いてみえる。
若い頃のチャオ・タオは工藤夕貴かと思った。
ビンさんは長門裕之か?朝まで生テレビの田原総一朗か!
パンさんとビンさんはカタギじゃないし、縄張り争いし対立する間柄なのに、ソープランドみたいな店でわりと仲良くするし、飛行機に乗って、病院を訪ねようとする。
無理にLEGBTを匂わせる。
いつの間にか、ビンさんはびっこひいている。
帰れない二人でも、リャオ·ハンはびっこ引いてた。
教会でインスタントラーメンを黙っていただいちゃうのも、帰れない二人で無銭飲食したり、バイクを盗むチャオ・タオを思い出した。
大同の街には性病の移動検診車が写っているし、重慶でも「男女淋病梅毒」の病院の宣伝看板も。おそらく、モデルやカラオケ歌手のドサ回りで稼ぐチャオが枕営業していることを仄めかせるものだと思うのよね〜
地元の中国の人はこの映画をどうみるのだろうが?そっちのほうがよっぽど気になる。
ちっともロマンチックじゃない。
ノスタルジックはノスタルジックなんだろうけど。マンネリだね。
でも、スーパーマーケットのレジにチャオ・タオみたいな美人さんがいたら、毎日通う😎
蛍光色点滅の腕輪とスニーカー、ジンギスカンは鵞鳥湖の夜でも観た!
中国映画は外国の曲はジンギスカンしか許可しないのかも。
変化に取り残された人々のイマに漂う哀愁。
長江哀歌以来、ずーっと追っかけて作品を観続けている。個人的に、その当時から中国の成長や変化の速さに興味ある。その速さを実現する国家、産業(テクノロジー)、そして国民。思想的ではなく、ありのままを映し取る作品群には、リアルを感じる。
周囲が目まぐるしく変化していく、まさにその只中で変わらない変われない人々。
自らの過去作品を紡ぎ、とある一人の女性を通じて数十年を描くだけだけど、周囲の変化の速さと自らの変化には明らかにタイムラグがあるリアルな描写や、その環境の中でも健気に生きる姿。
想像の域を脱しないが、戦後日本の成長期のストーリーから外れてしまった人々と、同じなんだろうと不思議に共感さえもできる。
歌って踊る。これも万国に通じるコモンセンス。
20年アーカイブ
炭鉱都市大同が、観光都市になるまで。
「6才のボクが、大人になるまで。」の中国版とでもいうのか。
だがあくまで主役は登場する男女ではなく中国都市といったところ。
本作は、監督が22年かけて撮影したフィルムを再構築したもので、本筋の男女の物語においては殆ど台詞もなく、ほとんどの映像はドキュメンタリー未満の記録映像のようだ。おそらく中国の街並みに興味が無ければ眠くなる。二度と見ることのかなわない炭鉱街が廃れていく様子、そして急速に発展していく映像は個人的には興味深く見られた。
主役の女性チャオを演じるのは監督の妻だが、殆ど化粧っけもなく、台詞がほぼ無いこともあいまって演じている感が少ないので余計に物語みがない。別れた男女が数十年後に再会してまた別れるだけの話と言えばそれだけだが、今まで積み重なってきた中国の歴史や様変わりした景色との相乗効果でやたら感動的に見える。この時代を実際に現地で生きていたらもっと迫る物があるのだろう。
しかし毛沢東の肖像画についての説明が出てきたほかは、中国の政治的な側面について殆ど説明が無く、そのあたりを入れればもっとわかりやすくなるだろうと思う反面、やはり検閲が厳しくて無理なのかと邪推せざるを得ない。
ハッ!
2000年以降、急速に発展していく中国の勢いが、ジャ・ジャンクーの映画によく出てくる超絶ダサいダンスシーンに象徴されますが、それが今や謎のおじいちゃんインフルエンサーのジンギスカンとなり、時代の変化を感じます。私もビンと同じく時代についていけず、昔のほうが良かったなあとついつい思ってしまいました。
人も街も社会も変わっていき、変わらないのは宇宙飛行士の像くらいでしょうか。変化することへの寂しさはもちろんありますが、それだけではない、なんともいえない複雑な気持ちになりました。
セリフは最小限に抑えられ、変化していくことのなんともいえない気持ちを表せるのはさすがジャ・ジャンクーだと思いました。
21世紀の中国社会
決して格好いい分けじゃないけど格好いい・・・
断片的で、悲哀に満ち、ノシタルジック、でも偏った社会体制、でも自由気ままに楽しんでそして生き抜いていく人々・・・
正直、壮大で入り組んだ内容に辟易しますが、しっかりとした素晴らしい映像にセンスある音楽が乗せられ格好いい絵つなぎに魅せられて、最後はちょっとセンチメンタルな感じに─
製作期間22年というか、過去の作品を生かしつつ、新しい映像を加えて歴史絵巻のように仕上がっていた印象。
最初は、よく分かんないし、単に撮りだめていいところどりで或いは余ったところをつなぎ合わせた怠惰な作品なのではなんて失礼な思いつきも・・・でも徐々に質や作り込みなんかを噛みしめているうちに、素晴らしいアイデアと創作意欲に満ちた作品なのでは!?と感化されたような気がします。
嫌なくらいに中国らしさを感じつつ、普遍的な人間性も感じることができて格好良くてしかも感動的─。正直まったく面白い作品だとは思えませんでしたが、素晴らしいなぁと思っちゃいました。
抗し難い無常感に激しく感動する
ジャ・ジャンクーが22年の歳月をかけて俯瞰する21世紀の中国🇨🇳。21世紀初頭から現在まで劇的な変貌を遂げた中国🇨🇳を、ひとりの女性・チャオの人生の変遷とともにとらえた。
2001年、炭鉱産業が廃れ失職者で溢れかえる山西省・大同。2006年、三峡ダム建設のため100万人以上が移住を余儀なくされた長江・奉節。コロナ禍の2022年、マカオに隣接する経済特区として発展する珠海、そしてすっかり都会になった大同。
壊れゆくもの、消えゆくもの、再構築され生まれ変わるもの。その抗し難い無常感に激しく感動する。
主人公チャオを演じたのは監督の奥様、チャオ・タオ。彼女の実際の24歳・29歳・45歳の姿が変わりゆく中国🇨🇳とリンクした。
懐かしのジンギスカ~ン♪
21世紀初頭からコロナ禍までの20年あまりの間で急速な発展を遂げた中国の姿を背景に、1人の女性チャオ(チャオ・タオ)の半生を描いた作品でした。チャオはラストで気合の叫びを上げた以外は、ひと言も声を発しないという面白い設定。彼女ははじめ宣伝モデルをやっていましたが、日除けのためにカーディガンを頭の上に掲げた姿は、何となく鈴木晴信の浮世絵っぽい風情でした。そんな話はさておき、彼女の恋人であるビン(リー・チュウビン)は、彼女を置いて新天地に青い鳥を探しに行ってしまい、取り残された彼女が艱難辛苦を交わしながらも1人で強く生きて行くというお話でした。
そんなチャオの話ではあるものの、注目せざるを得なかったのは中国の発展。序盤に登場する山西省の大同は、まだまだ鄧小平時代を想起させるような風景でしたが、チャオが1人で旅する世界最大の水力発電所である三峡ダムの建設現場は、まさに古き物を壊して新たな物を構築するスクラップ&ビルドの真っ最中でした。そして終盤に再び出て来る最近の大同は、ロボット店員が活躍するショッピングモールが出て来てロボットとチャオがコミュニケーションするなど、序盤に出て来た大同の姿とは雲泥の差でした。
ここだけ切り取ると中国政府の宣伝映画の要素もたっぷりあるという気もするものの、前述の通りビンと離れ離れになってからチャオ自身は1人で暮らしていて、何か国全体の飛躍的な経済的発展ほどに、彼女の経済生活が向上したとは思えませんでした。ただ、青い鳥が見つからず大同に戻って来たビンと出会ったチャオが、一旦後ろ(過去)を振り返ったものの、踵を返して前(未来)を向いてジョギングの隊列に加わって気合の叫びを上げて終わるところは、国は国、個人は個人で別々のベクトルで成長したことを描いていたのかなとも感じたところでした。
あと印象的だったのは都度都度掛かっていた音楽。中国版の懐メロや演歌みたいな歌から、ディスコミュージックやロック調の曲、さらには懐かしの「ジン、ジン、ジンギスカ~ン」まで、選曲のセンスが中々スマートでした。
いずれにしても、中国をメインターゲットにしたトランプ大統領による関税攻撃も、あの手この手で華麗にかわす大国・中国の余裕すら感じられた作品でした。
そんな訳で、本作の評価は★4.0とします。
たぶん、ブラザー・シンのTik Tokの方が面白いと思う
2025.5.13 字幕 アップリンク京都
2024年の中国映画(111分、G)
2001年〜2022年のある男女を追いかけたドキュメンタリーテイストのラブロマンス映画
監督はジャン・ジャンクー
脚本はジャン・ジャンクー&ワン・ジアフアン
原題は『風流一代』で「ロマンティック世代」、英題は『Caught by the Tides』で「潮流に飲まれる」と言う意味
物語の舞台は、2001年の中国・大同
キャンペンガールやモデルで活躍していたチャオ(チャオ・タオ)は、マネージャーの恋人ビン(リー・チュウビン)と共に活躍の場を広げていた
大同は炭鉱で栄えた町だったが、今では採掘量も需要も減り、町は徐々に寂れつつあった
ある日のこと、ビンは「他の町に言って稼いでくる」と言うメッセージを残してどこかへ消えてしまった
映画は、ドキュメンタリーとヒューマンドラマが合体したような内容で、2001年の大同、2006年の奉節、2022年の珠海を舞台にしていた
主要なキャストは20年(キャラによっては15年)の時を越えて再演していて、どう言った趣旨で撮り始めたのかはよくわからない
2022年はコロナ禍での撮影で、近年の中国を語る上では外せない状況だったと思う
それでも、感染源とかではないし、それが趣旨ではないので、あくまでもコロナ禍の中国のとある町はこんな感じだった、と言うテイストで描かれていた
ドラマ部分としては、恋人同士の別れと再会を描いていて、2001年時点で二十代と三十代ぐらいに見えたのが、2022年では四十代と六十代以上に見えるように思えた
実際の年齢だと、チャン・タオは48歳だが、リー・チュウビンは年齢不明で、彼は当初は撮影スタッフの一人だったとのこと
ドキュメンタリーとして撮り始めたものにドラマを加えたので、実は2022年パートは老けメイクをしていたりするのかな、と思った
映画は、ドキュメンタリーの内容に興味が持てないと爆睡必至の内容で、前半約1時間はドラマと言うドラマがない
予告編でも登場するチャオをバスから降ろさないビンのやり取りが、実際には10回ぐらい同じことをしていたのは笑ってしまった
2001年の段階なのでおそらくスタッフと女優と言う関係だと思うのだが、ちょっとコミカルに寄りすぎているように思う
あの状況がどうやって生まれたのかと言うのがわからず、何かしらのパフォーマンスの後にあんな感じになっていたので、「こんな仕事をやりたくない!」みたいに脳内補完していた
ちなみに2022年パートで登場するおじさんインフルエンサーは本人役で、ブラザー・シン(下六兴哥)と言う人だった
ガチのインフルエンサーで、2024年の段階でフォロワー120万人(映画の時は125万人だから減ってる?)いたりする
音楽分野のTik Tokerのようだが、アプリを入れていないので、持っている人は動画を楽しんだら良いと思う
いずれにせよ、中国の大同とか三峡ダム、それらの歴史について興味があると面白いかも知れないが、個人的には「ふーん、そうなの」ぐらいで流す感じになっていた
北京五輪とか、主席が変わるとかはその時代を生きた人ならわかるのだが、今の体制の弊害みたいなものはまったく描かれないのは逆に不気味だったりする
この辺りは検閲も含めて色々と映せない部分があったと思うので、そう言った意味では貴重な映像なのかも知れません
“薄幸顔”チャオ•タオのチャーミングな笑顔に注目 ジャ•ジャンクー監督の渾身のアクロバットに刮目せよ
私は’00年代の頃に仕事の都合で何度か中国に出張したことがあります。この作品の前半部分と時代が重なりますが、舞台となっている3地域を訪れたことはありません。行ったことがあるのは日本人の一般的な出張地である上海、北京、深圳あたりですが、行くたびに彼の地のスケール感や変化のスピード、日本の常識が通じないところ等を感じ、いろいろと面白かったです。朝食前にホテルを抜け出して散歩に出かけたら、近くの公園で年配の方々が集まってとても楽しそうにダンスしているのが見えました。高層ビルが立ち並ぶ深圳のビジネス街、そのうちのビルのひとつで会議してたら、突然、原因不明の停電が起き、トイレが窓のないエリアにあったので携帯電話の灯を頼りに用を足すハメになりました。何が言いたかったというと、庶民には生活の中にささやかな楽しみを見い出すぐらいの余裕ができたけれど、高度経済成長下にあるとはいえ、中身はハリボテみたいに脆かった、そんな時代だったということです。
さて、本篇はそんな’00年代の始め、新世紀が始まるあたりから、コラージュというかモンタージュというか、皆が歌ったり、踊ったりしている映像の貼り合わせみたいなものを見せてスタートします。その踊りのシーンで目を引く若い女がいます。やがて、その女チャオ(演: チャオ•タオ)が故郷の山西省大同から、男を追って当時の大国家プロジェクトだった三峡ダム建設現場のある長江•奉節に移るという形で物語が展開してゆき、チャオはずっとこの作品を引っ張ることとなります。
そのチャオ•タオですが、日本の往年の名女優 吉行和子さんに少し似てるなと思いました。吉行さんを少し地味めにして、幸せが薄そうな雰囲気を身にまとわせた感じ。夫である監督のジャ•ジャンクーの演出もあるかもしれませんが、彼女はほぼ全篇に渡って幸せが薄そうな顔をしています。ところが、彼女の笑顔はとてもチャーミングなんです。予告編に出てくるロボットに向かってマスクを外して笑顔を見せるというのもなかなかいいのですが、特に幸せの薄さが強調されている感のある長江•奉節編で2度ほど笑顔を見せます。たぶん若い頃に撮ったものを使っていると思われますが、薄幸顔と笑顔の差にドキリとしました。
さて、チャオは経済的成功を夢見て自分のところを去って行った男ビン(演: リー•チュウビン)を追いかけて奉節に行くのですが、結局は別れを決意します。このあたりのドラマ部分をジャ監督はあまり描き込みません。これ以上描き込むと陳腐なメロドラマになってしまって、この20年ほどの中国の変化を見せるという主題から外れてしまうからだと思います。かと言って、ドキュメンタリー方向にも行きません。物語の舞台に三峡ダム建設の地、長江•奉節を選んだ時点で「ははぁ、なるほど」なのですが、ジャ•ジャンクーは三峡ダム建設プロジェクトや政府の成長優先の経済政策について懐疑的だと思います。ダムの建設により、百数十万人が移住を強いられたことや長江の美しい自然の一部が失われたことなどはドキュメンタリーだと十分に表現できると思うのですが、そこは中国、当局の検閲によって日の目を見ないなんてことになったりしたら、元も子もありません。そこで物語の力を借りて、という流れになったと思います。経済的成功を夢見て奉節に行ったビンはそこそこの成功をしてカネも稼ぎますが、裏切りにあったりして身も心もボロボロになって足を引き摺りながら、故郷 大同に戻って来ます。これは経済成長を優先したために払ったとても大きな代償の暗喩だと思います。
一方、チャオのほうは、男を追う女から男をあきらめた女になったわけですが、故郷に戻り、新たな生活を始めます。身も心もボロボロの老けたビンより、断然、若々しく、笑顔もチャーミングです。そして、故郷で再会したビンを「赦す」のです。チャオの人としての大きな成長が分かる瞬間だと思います。
また、ロボットにマーク•トウェインを引用して笑いの効用を説かせるジャ•ジャンクーは、経済成長期によくあった拝金主義を批判して、カネで買えないものの価値を説いているのだと思います。例えば、文化とか、芸術とか、そういったもの。確かに経済成長は必要だったのかもしれないが、そのために大きな代償を払った、そろそろ、もっと心を広く持って文化とか芸術とかに思いを寄せていったらどうかという、映画作家ジャ•ジャンクーの提案が見えるような気がするのですが。いずれにせよ、ドラマとドキュメンタリーのバランスを取りながら、ちゃんと中国国内での公開が可能な作品に仕上げ、かつ、メッセージはそれとなく伝わり、映画的興趣もそれほど損なわれていないーーこの作品はジャ•ジャンクーのアクロバット的な力技の結果だったと思います。
最後にラストシーンの件。未来に向かって歩を進めようというポジティブなメッセージがあるように思いますが、あなたはひとりではないという意味もあり、日本人の集団主義的な考え方と共通点があるのかなと思いました。欧米だと個人主義や多様性の方向に向かうと思いますが、やはり、東アジアの農耕民族同士、いつもは常識がまったく違うと言っておきながら、こんなとこに共通点があるんだと感じられて面白かったです。
予習して下さい
ジャ・ジャンクー監督の作品「青の稲妻」(2003)以降の作品が時系列でピックアップされて、ヒロインたるチャオ・タオの人生と21世紀四半世紀の中国の変遷を重ね合わせた稀有なる作品です。
1977年生まれの一人の女優に「夫を探し続ける」(「長江哀歌」の設定)という役を20年に亘って背負わせ、若い時代(22、23歳)から現在の40代に至るまでを「記録」し続ける執念。
だからラストのコロナ禍、スーパーマーケットでロボット相手に微笑んで、マスクを外してその年輪を刻んだ顔をアップで見せるのです。
ラストのマラソンは習近平体制の波に呑まれていくしかないのか、という現状を示唆しています。
ドキュメンタリー+劇映画
全45件中、21~40件目を表示











