「ラストの涙は悲しみなのか赦しなのか」新世紀ロマンティクス カール@山口三さんの映画レビュー(感想・評価)
ラストの涙は悲しみなのか赦しなのか
新世紀ロマンティクス
目のアップになった時、直ぐには涙なくフェイドアウトすると思っていたら上手に溢れました。
えっ、赦しですか?ビンと頼りを戻すのか?
また、AIロボットに何度も何度も相談します。
涙は別れの悲しみか?とおもったら公園のランニングコースにビンが付いてきてる!
あっ、ここで赦しの抱擁かと思ったら、チャオは靴紐を結び直して上げる。
ここで立ち上がったときに抱擁か!と思ったら、レジ袋をビンに差し出す。
やばい、ビンがレジ袋ではなくチャオの手を握ったら、彼女は達崩れる!
ビンはレジ袋の端を握り袋を貰った。
すると、彼女は何か吹っ切れたように身嗜みを整えて夜行燈を点けてランニング集団に消えていった。
いや、見事なラストでした。
三峡ダムの別れの時に、決めた!と言ったので、寄りを戻して欲しくなくてモヤモヤしてました。
あの頃は、
江沢民の「社会主義市場経済」の導入で中国を事実上資本主義国化へ進んだ時代だ。
この頃には、誰も人民服を着ていないが、道は未舗装の泥道、街も農業と錆びた工場が日本の1960年代の風景だ。
それが、20年もすると、田圃も畑もなく舗装道路にビル街に一気に様変わりし、三峡ダムの田舎から帰郷した者には浦島太郎だったろう。
社会が変わり、文化風習生活が全く変わってしまって、昔の記憶、よしみ等では軋轢が多過ぎて、また、別れが予想される。
風に吹かれて去って行った彼と同じ様にチャオも変わらないと浦島花子になるのだろう…
見事な長いラストでした。
好啊 好啊
スタンディングオベーションしたくなりました。
(^_^)
新世紀ロマンティクス
中国の名匠ジャ・ジャンクーが製作期間に22年をかけ、21世紀初頭から劇的な変化を遂げた中国の街を、ひとりの女性の人生の変遷とともにとらえたドラマ。
2001年、炭鉱産業が廃れ失職者で溢れかえる山西省・大同。2006年、三峡ダム建設のため100万人以上が移住を余儀なくされた長江・奉節。コロナ禍の2022年、マカオに隣接する経済特区として発展する珠海と、すっかり都会となった大同。チャオは大同を出て戻ってこない恋人ビンを探して奉節へ向かい、ビンは仕事を求めて珠海を訪れる。時は流れ、ふたりはまた大同にたどり着く。
主人公チャオ役に、これまでもジャ・ジャンクー監督作で主演を務めてきた妻チャオ・タオ。同監督の過去作「青の稲妻」「長江哀歌」などの本編映像や未使用映像、ドキュメンタリー映像なども使用しながら、実際の24歳・29歳・45歳のチャオの姿と共に、変化していく街の景色を映しだす。2024年・第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。第25回東京フィルメックスでオープニング作品として上映。
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